人攫いの魔族 11
あるいは、再生が追い付かないほどのスピードで切り刻むとか。
「こいつら、胴体から真っ二つにした場合、二体に分裂すると思うか?」
殴りかかってきたトロールの腕を弾き飛ばしたシュロスに尋ねられ。
「あまり考えたくはありませんが、トロールには雄と雌がいると習った覚えがあります。ならば、単為生殖、つまり、自己分裂での増殖はできないということでしょう」
トロールの知能がどれほどのものかわからないけれど、それができるのなら、地上はとっくに、トロールなどの再生できる魔物で溢れかえっているはずだ。
「つまり、どこかに再生をつかさどる器官があるってことだな。大抵、そういうのは脳か心臓、魔物の場合は核ってこともあるか、まあ、そのあたりの器官だって決まってるもんだ」
あるいは、細胞全体がそういう働きを持っているという可能性もあるけれど。斬り飛ばされれば、その部分の細部は死ぬわけで、それならそこから再生しない理由も説明がつくし。
たとえば、スライムみたいに、核の位置が定まっていない(流動する身体であるため定められないのだろう)魔物もいるけれど。
シュロスは先程斬り飛ばされた腕のほうを見やる。
魔族とは違い、トロールは魔物なので、斬り飛ばされたからといって、粒子になって消えたりはしていなかった。
とりあえず、腐臭を放ちだす前に《炎を操る魔法》で焼き尽くしておく。
「シュロスはトロールと今までに相対したことはなかったのですか?」
「いや、あるけど、いちいちそんな身体のどこから再生するかなんて考えたりしないだろ? とりあえず、換金のためには魔物の一部の判断できる部分があればいいわけだし。トロールの場合は、あれを核って呼んでたっけか?」
よくそんなに曖昧な知識でこれまでやってこられたな。
「なんだよ、ルシオン。いいだろ、べつに。とりあえず、細切れにしちまえば問題ないってことなんだから」
まあ、学院の授業というわけでもないし、シュロスの言うとおり、目の前の脅威に対応できる力があれば、名称とか、働きとか、そういうのはどうでもいいのかもしれない。
手間が省けるというのであれば、知っておいて損はないとも思うけれど。
「談義は後にしてください」
クレアに叱咤され、僕たちはトロールに向き直る。
まだ、腕一本を斬り飛ばしただけで、生命力としては顕在している。
「ルシオン。時間を」
「わかっていますよ、クレア」
要するに、再生を許さないほどのスピードか、再生を妨げる程の威力で生命力を奪ってしまえばいいということだろう。
そして、魔法において、威力を上げるためには、高い集中力、つまり、時間を要する。
「まあ、おいしいところは姫さんに譲りますかね」
シュロスと僕は、クレアが集中するための数秒を稼ぐため、前に出る。
威力は小さく、トロールを仕留めるには至らないけれど、痛みを感じるトロールを牽制するくらいには十分な威力をもっている。
薄暗い洞窟内で暮らしているというのであれば、視覚以外の感覚器官も優れてはいるのかもしれない。あるいは、この程度の薄暗さなど問題にならないくらいに視力に優れた魔物なのか。
いずれにしても、試してみる価値はある。
そう僕が思ったときには、シュロスは、なんと、トロールの腕を足場にして、その顔面に攻撃を仕掛けていた。
横薙ぎに振るわれた剣が、トロールの頭部を両断し、鼻の半分から上の部分が斬り落とされるが。
「脳じゃなかったか」
僕たちの目の前で、頭の上半分の再生を始めたトロールを見るに、そこが急所ではなかったようだ。
ただし、動きは鈍くなっている。
視覚と、おそらくは嗅覚、聴覚を失えば、魔物と言えども、動きは鈍る。
僕もすかさず、なぜ筋肉のついた状態で再生されるのかはわからないけれど、そういうものなのだろう、今しがた、再生したばかりの腕を《空気を刃に変える魔法》で斬り落とす。
「ルシオン」
クレアからの声が届き、直後に僕は。
「シュロス。こっちに」
「はっ?」
僕がクレアの下に駆け寄った理由がわかっていないのだろう。実際、戦闘とは直接関係のない理由だし。
「今日を気持ちよく終えたいのなら、急いでください」
シュロスは眉を顰めたけれど、戦場での仲間の言うことは信じることにしているようだ。
シュロスが近くに寄ってきたので、僕はクレアとシュロスも一緒に包み込むように防御魔法を展開する。
魔法を使うのに、障壁の有無は関係ない。たとえ障壁の内側からだろうと、障壁の外側だけに作用する魔法を放つことは可能だ。
ただし、魔法師の力の元である魔力を温存するという考えから、普段、こういう風に魔法を使うことがないというだけのことだ。
ただし、今は僕とクレアの二人がかりで分担できるため、こういう利用もできる。
「《炸裂させる魔法》」
クレアの魔法は僕の張った障壁の外側で、トロールだけに作用した。
再生をつかさどる器官がどこにあろうが、すべて散り散りになってしまえば関係はない。
ようやく目の前のトロールの魔力抵抗を破るだけに弱らせていたため、クレアの魔法で内部で魔法を炸裂させられ、トロールは再生の余地がないくらい、バラバラの肉片になって砕け散った。
後に残ったのは核だけだ。
「《浄化する魔法》」
そんな肉片だらけになった場所を歩きたくも、留まりたくもなかったため、僕とクレアで洞窟内を綺麗にする。
一応、探知魔法に反応がないため、二体目、三体目と、続けて戦闘に入ることにはならずに済みそうだ。もちろん、他の魔族や魔物とも。
「とりあえず、この核はクレアが預かっていてください」
念のため、水でも洗って綺麗にしたから問題はないはずだ。
とはいえ、《収納する魔法》は鞄などに仕舞うのとは違う作用を起こしているため、一緒に仕舞っていたとして、他の物が汚れる心配はないはずだけれど、まあ、気持ちの問題だ。
クレアに持っていてもらうのは、万が一があった場合、先立つものが必要だろうから。
トロール一体分程度では大した換金額にはならないけれど、それでも、なにも無いよりはましなはずだ。
「わかりました。預かっておきますね」
とはいえ、まだトロール一匹倒した程度。
僕たちの本来の目的は、村で人を攫っていた魔族を倒すことなので、油断などとんでもないことだ。
「反応がないということは、まだ帰ってくることはない、ということでしょうか?」
さっきまで休んでいたはずだけれど、しっかり休めていただろうかとクレアを見れば。
「わかりません。こちらの探知を掻い潜る手段がるのかもしれませんし。まだ、魔族に対してそこまでの見識を持っていないので、なんとも言えませんが」
シュロスには必要なかったことだけれど、僕とクレアは魔力の気配を隠し、岩陰に潜む。
「とりあえず、丸一日くらいはここに潜んでみましょう。もしかしたら、ここはいくつかある根城のひとつに過ぎないという可能性もありますが」
一応、僕たちのことは、村の人を攫っている相手にはばれていないはずだ。
もっとも、そいつが今日も僕たちが出た後に村を訪れていた場合、僕たちの存在くらいは知られているかもしれないけれど、まさか、今ここにいるということがばれているとも思えない。
もちろん、油断はできないけれど、僕たちが相手を知らずに探知魔法が使えないように、たとえ、魔族であろうとも、僕たちのことを知らずに探知魔法を使えたりはしないはずだ。
僕の提案に、クレアとシュロスも頷いて。
「では、次はシュロスかルシオンのどちらかが休んでくださいね。もちろん、有事の際には起こしますから」
クレアは有無を言わさない表情を浮かべていた。




