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人攫いの魔族

 ◇ ◇ ◇



 久しぶりの屋根の下でぐっすり眠り、翌朝。

 そういえば、寝泊まりしたのは宿屋だったと、癖になりつつある、朝食の準備として火を出そうとして思い出した。

 寝ている間、この部屋に張り巡らせていた《探知する魔法》に引っかかった気配はなかったので大丈夫だとは思うけれど、ベッドに寝ているクレアとシュロスに目を向ければ、二人の布団は規則正しく上下していて、顔もきちんと見えていたので、ひとまずは安心だったと、小さくため息を漏らした。

 普段――すでにこれが日常になりつつあるけれど――であれば、ただ宿でひと晩を明かしたというだけのことで、そこまで警戒する必要はないだろうけれど、相手の魔王、およびその配下がどれほどの力を持つのかということは、いまだに未知数であるため、警戒を怠るほうが馬鹿というものだろう。結果、なにもなかったとして、生命の保証には代えられないのだから。

 とりあえず、クレアが起きる前に《汚れを落とす魔法》で衣服の汚れを浄化しておく。

 宿には、水浴び(湯あみ)のできる部屋も整えられていて、こんなに早朝に使用している人もおらず、僕はとりあえず、身綺麗にしておいた。

 魔法で汚れを落とすのは最低限にしておいたほうが、いざというときのための魔力の節約にもなるし、なにより、実際に湯あみをしたほうが気持ちがよく、さっぱりもするものだし。

 

「おはようございます、ルシオン」


 部屋に戻ったタイミングで、丁度、クレアも目を覚ましたらしく、もうひとつのベッドでもシュロスがすでに起き上がっていた。


「おはようございます、クレア、シュロス。ええっと、失礼かとは思いましたが、先に目が覚めたため、僕はすでに湯あみを済ませてきました。とりあえず、この宿内であれば、安全そうですから、クレアも済ませてきてくれて構いませんよ」


 問題は、湯あみにまでは同席できないということだけれど。

 直前に僕が使用させてもらった際には、魔族の気配だとか、そういう危険そうなものは――この宿からは――感じられなかったけれど、いつ現れるとも限らないわけだし。

 また食べるときにおいしくないからとかいう理由で、水浴びをしている最中を狙っていた、なんてことも、ありえないとは言い切れない。


「念のため、部屋のすぐ外で番をしていますから、なにかあれば、すぐに呼んでください」


「ありがとうございます、ルシオン。それでは、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 クレアが湯あみをしている最中、なんのかんのと言いながら、僕を丸め込んで覗きを働こうとするシュロスを――さすがに魔法を使ってまでという事態にこそならなかったけれど――留めつつ、三人とも身綺麗にした後。


「おや、もう出発するのかい」


「ええ。昨夜はお世話になりました」


 クレアがおかみさんにお礼を告げ、僕たちも頭を下げると。


「急ぎの用があるみたいだね。どこへ行くのか聞いてもいいかい?」


「近くに薬草の群生地があるらしいので」


 シーロンという薬草だ。

 薬草としては一般的なもののひとつで、学院の授業でも習ったことがあるし、実際に僕も収集したことがあるため、判別は難しくないだろう。修行の旅をしていたシュロスが見たこともないわけはないだろうし、クレアも城の図書館などで読んだり見たりして知っているということは、すでに確認済みだ。

 おそらく、この村でも一般的に使用されている薬草だろうし、それほど、難しい場所にはないはずだ。

 しかし、おかみさんの表情は多少険しくなり。


「どうしても急ぐというのでないのなら、今日はやめておいたほうがいいかもしれないよ」


 なにやら、深刻そうな理由のありそうな表情で、尋ねてみれば、なんでも、昨日、そちらのほうに向かって、帰ってこなかったうちの子がいるらしい。

 そういう情報は、たとえ自分の家のことではなくとも、あまり大きくない村だからこそ、すぐに伝わるのだという。


「迷子ということでしょうか?」


 それならば、家族が、あるいは知り合いでも、探知魔法で探すことができるのでは?

 まさか、完全に孤独に暮らしていて、知り合いが全くいないというわけでもないみたいだし。少なくとも、村でいなくなったことに関して情報が出回るくらいには、交流もあったということだろう。


「いいや。それが、村の魔法師に探してみてもらったところ、どうやら、反応が探れないみたいでねえ。私は魔法師じゃないから、よくわからないのだけれども」


 僕とクレアは目配せをする。

 当然、僕たちはそのいなくなった子との面識はないため、僕たちにその子を探すための探知魔法は使えない。

 魔法師の腕が上がれば、探知魔法の精度も上がるのだけれど。

 探知魔法にひっかからない可能性として考えられるのは、探知魔法に対抗するための魔法を使っている、特定の作用を及ぼす結界の中にいる、術者の腕が足りていない、魔法が効力を及ぼす範囲外だ、など、いくつか考えられるけれど、もっとも、一般的に知られているのは、その対象者がすでに死んでいるということだろう。

 当然、死んでいる生き物に対して《生物を探知する魔法》では反応を得られない。特定個人に対しても同じだ。

 まあ、ある程度は絞ることもできるのだけれど。そうでなければ、そのへんに咲いている花や、虫などにも反応してしまって、まったく探知できないからな。

 もちろん、まだ推測の域を出ないけれど、このことを女将さんに伝えてしまうのは、少し待ったほうがいいだろう。

 仮に、魔族に襲われていたのだとしたら、この村の近くにも侵攻の手が伸びているということになるし、自衛手段があれば良いけれど、そうでないなら、いたずらに恐怖を煽るだけの結果になる。

 もっとも、直接この村を襲って来ない理由はわからないけれど。

 僕たちがいるから? しかし、先日の魔族の反応を見るに、シュロスが増えたとはいえ、三人程度を警戒するとも思えない。それとも、同族をやられて、少しは警戒したとか?

 なんにせよ、とりあえず、協会には手紙を出しておいたほうがいいだろう。魔法で飛ばせば数時間もかからない。


「その子はシーロンの群生地へ向かうと言っていたのですね?」


「ああ。いつものことでね。こんなに小さな村だからね。薬草でも、食料でも、村の共有財産みたいになっているのさ。まあ、言ってしまえば、巨大な家族ってところかね」


 なるほど。

 それで、どこそこの子がいなくなったということも、すぐに情報が出回るというわけか。


「わかりました。僕たちが向かったついでに、その子のことも探してみます。特徴を教えていただけますか?」


 念のため、この村の魔法師という方のところにも話を伺いに行く。

 この村にいる魔法師の方は一人だけで、高齢、とはいかないまでも、中年は軽く通り過ぎているだろう年齢の方だった。

 山の中を分け入って探すのについてきていただくことは難しそうだ。


「一応、覚悟はできております」


 集まっていた村の人たちも険しい表情になる。

 おそらくは家族なのだろう、顔を覆った女性の肩を男性が支えている。

 食人鬼など、人を食う魔物も存在している。この村の近くにいるのかどうかはわからないけれど、そういう可能性もある――むしろ、高い――ということだ。


「私たちも、最善を尽くします」


「よろしくお願いいたします、姫様」


 当然と言えば当然だけれど、クレアの正体はとっくに――あるいは、ひと目で――ばれていたらしい。

 まあ、こんなに目立つ銀の髪、そうそう見られる相手ではないからな。

 王都からは多少離れているとはいえ、ここだって神聖アステーリオ王国国内。自国の姫、それも、大層美しい相手となれば、噂程度には届いていることだろう。


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