人攫いの魔族 2
◇ ◇ ◇
シュロスが先頭を歩き、クレアを真ん中に挟んで、最後尾を僕。
前衛であるシュロスが増えたことで、クレアの安全に対して配慮することができるようになった。
直接そう言うと、きっとクレアは過保護だと眉を寄せるだろうから言えないけれど、この三人の中ではクレアが一番年下で、唯一の女の子であることには変わりがないのだから。
一本に結わえられた、月の光を束ねたような銀の髪が、僕の目の前でクレアが歩くのに合わせて、背中でゆらゆらと揺れる。
当然、その奥には、細い腰や、小さなお尻が見えるわけで、あ、いや、もちろん、クレアはスカートとタイツを履いているけれども、まあ、その、年頃の男子としては、非常に目のやり場に困るわけで。
周囲を警戒するためにと見回しても、当然、これだけ近い距離にいるのだから、視界の端には常に映りこんでいる。
いざというとき動きやすいからと、ズボンを履くことを提案してみようか? いや、それだと、僕がスカートに注目していたことが露見してしまうわけで、決して、意図して見ているわけではないとはいえ、今後の行脚に差しさわりが出そうだ。クレアが気付いてくれないことを祈るばかりだ。
「……なんというか、もうすこし、ゆったりとしたものはなかったのかな」
もちろん、ふわりと広がるような感じのものだったり、長すぎたり、余計な装飾が付き過ぎているものだったりすると、行動に支障が出るため、機能性を重視すればこれが快適だということはわかるけれども。
あるいは、ズボンとか。
いや、結局、女性もののズボンだと、身体のラインが出てしまうのは一緒か。どうしろというのだろう。慣れるしかないのか?
「ルシオンはそちらのほうが好みですか?」
こちらを振り向いていたクレアには、どうやら僕の声が届いていたらしい。
小さな声でも届くことは、仲間に合図をするうえで重要なことだけれど、余計な独り言まで届いてしまうというのは、いかがなものだろう。もちろん、僕が声に出さず、頭の中だけで思っていれば良かったことなのだけれど。
もっとも、すでに声に出してしまっていた以上、いまさら取り消したりはできないので、開き直るべきか。
「いえ。好みとか、そういうことではなくてですね。草木で引っかけて破けてしまうかもしれませんし、余計な広がりは行動しにくかったりするのではないかと思っただけです」
とはいえ、余計な荷物はできる限り少なくしたほうがいい旅の途中、クレアが気にしないというのであれば、今から買い足すとか、そういうことまではする必要もないと思うけれど。路銀だって、余裕があるというわけでもないのだから。
「……まあ、個人的なことを言えば、女性はスカートのほうが可愛らしいとは思いますが、衣服だけでその人の魅力が変わるわけではありませんので」
どんな服を着ていても、クレアはクレアだ。
それに、クレアがスカートに慣れているというのであれば(どちらかといえば、ドレスという感じだけれど)それが一番だと思う。
そんなどうでもいい話をしていると、シュロスが手を横に伸ばして進路を塞ぐので、僕たちもそれに倣って足を止める。
「ふたりともいちゃつくのは構わないが――」
「いちゃついてはいません」
狙ったわけではないけれど、僕とクレアの声が被り、シュロスは処置なしとでも言いたげに肩を竦めた。
「はいはい。それより警戒だ。どうも、人の声が聞こえた気がする」
僕とクレアは顔を見合わせ、どちらも首を横に振る。僕も、クレアも、その声は聞こえていなかった。
しかし、おそらくは、戦士として肉体的な感覚においては僕たちよりも優れているだろうシュロスの言うことだ。
魔法師は探知魔法や探査魔法など、知覚系の魔法が使えるために、肉体的な能力では、戦士や騎士などといった、己の肉体と武器を力とする者と比べて、劣る傾向がある。
もちろん、僕たちだって、身体的な鍛錬を欠かしているわけではない。しかし、魔法を訓練しようという場合、やはり、武器や徒手などと比べて肉体的な鍛錬の時間が短くなることは否めず、純粋な戦士や、もちろん、武闘家と比べても、スペックで劣ることは否めない。
つまり、五感を強化する魔法を常時使ってはいないため、『聞こえた』などという場合には、シュロスの感覚のほうが正しい場合が多そうだ、ということだ。
「人の声、ですか? それは、先程聞いていた、子供のものだということでしょうか?」
迷子になって、知人の名前を呼びながら歩くのは、小さな子にはありがちだ。
この辺りは、あの村の人たちにとっても、薬草の入手などでよく訪れる場所らしいし。
「さすがにそこまでは。ただ、その可能性もなくはない、だろ?」
今の段階で聞こえる程度の声では、判別は難しいということだろう。実際、気がする、という程度なわけだし。
「そうですね。それに、帰り着いていないというその子のことも気になっていましたから」
クレアが僕のほうへ振り返る。
「ルシオン」
「わかっていますよ、クレア。ひとりの子供を見捨てるようでは、到底、国など救えるはずもありませんから」
大義の前の小事だと言う人もいるかもしれない。
困っている人はこの国のどこにでも――もしくは、国を問わず、背景を問わず――いるけれど、その人たち全員に手を差し伸べて回ることは、現実的には不可能だ。
しかし、だからといって、目の前、手の届く範囲にいる困っている人を、見向きもせずに放っておくことなど、できようはずもない。
「ですが、気付いていると思いますが、注意してくださいね」
そう促せば、クレアは小さく頷いた。
「注意するって、どういうことだ?」
僕とクレアは魔法師だけれど、シュロスは魔法師ではない。当然、魔法に対する感知能力はほぼゼロだろう。
「探知魔法を広げてみたところ、たしかに、人の気配はありました。ただし、彼――彼女かもしれませんが――は魔法師です」
引っかかった相手からは、魔法の気配がする。
先程の村の人たちの話では、迷子になった子は、魔法を使えたわけではないということだ。
魔法は大抵、産まれたときから、使える、使えないが決まっている。遺伝で決まるわけではないらしいけれど、詳しい話は僕にはわからない。学院とか、城の図書室でも調べたなら、そういう資料もあるのかもしれないけれど。
もしかしたら、強引に途中で魔法師にする方法があるのかもしれないけれど、そんなことができるのであれば、大抵の人がそうするだろうし。余程ひどい副作用があるのでなければ。
まあ、今のところ、アステーリオではそういう話は聞いていないので、無理ということになっているのだろう。もしくは誰も試していないからわからないとか。
とはいえ、先の村の人たちに、そういうことをしたという雰囲気は皆無だった。村ごと集団催眠を受けているとか、クレアでも見抜けないくらいに、嘘をついたりするのが得意だったのでなければ、だけれど。
「魔族や魔物が擬態している可能性もあるってわけか」
シュロスが剣を引き抜きながら問えば、クレアも静かに頷く。
とくに魔族の生態に関しては、いまだ謎だらけ、というより、わかっていることがほんのわずかしかない。
たとえば、人を食べることだとか、衣服をおいしくないというものがいるということとか、基本的に魔法に関して熟達しているとか。
「ルシオン。余計な事を思い返していませんか?」
恐ろしい勘の良さである。
ここで、クレアとのことはすべて大切な思い出ですから、などと言ってみたら、問答無用で平手打ちを喰らうだろう。そこまでの深い関係になっているわけではないし、今後もなるかどうか、いや、それはもちろん、年頃の男子として――。
「ルシオン、集中してください」
「すみません、クレア」
僕はそのことに関する思考を中断して、慎重に二人の背中を追って歩く。




