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ガーゼ越しの運命


「お先に失礼しま――す!」

 広い体育館内で自分の声がこだまする。

 靴箱へ向かうと、副主将が弓道着のまま突っ立って誰かと話している。

「お――、遠野。もう帰んの? なんだ、またミキティーとデートか?」

「野木先輩! その呼び方やめて下さいって! ミキさんは年上なんですから……それに言いましたよね? まだ付き合ってませんて……」

 振り返った野木先輩の向こうに、栗色のパーマがかった小さな頭が見えた。

 菅原先輩だ。

「あ、菅原先輩。どうも……」

 すると僕からわざと目をそらす様に靴箱の方を見つめたまま、頭を軽く縦に振る。

「シノ先輩って優しいし可愛いよね――」って同級生はみんな言うけど、何だか僕に対してだけ態度が違う気がする。

 何故だろう。

 夏休み中、あんなに見舞いに行ったのに。

「男女共に人気急上昇中のホープが年上女に片思いかよ、勿体無ねえ。俺がデートしてやろうか? ミキちゃん忘れさせてやるぞ――」

「や、やめて下さいよ!」

 ニヤニヤと悪戯に笑う顔を睨む。

 野木先輩、いつもは真面目なのにどうして菅原先輩の前だと、こうやってホモネタを言ったりするんだろう。

 ほらみろ。菅原先輩が殺気のこもった目で僕を睨みつけてるじゃないか。

 そういう男同士とかのネタは冗談でも嫌いなんだよ、この人は。

 気持ち悪がるのは言い出した野木先輩の方にしてくれよ。

 野木先輩もどうして菅原先輩の異変に気付かないのか不明だ。

 

 そもそも、この二人の関係性が未だもって僕には謎だ。

 夏休み中の部活終わりのしんどい時に無理やり菅原先輩の見舞いに同行させられたと思ったら、病室でも二人は殆んど話さない。

 変なホモネタで野木先輩が僕をからかってくるので、菅原先輩の機嫌がやたらと悪くなる。

 相当嫌われていると思っていたら、僕が一人で病室に寄ったりするとニコニコして好きな人の話なんか聞いてくるし、丁寧に相談にも乗ってくれる。そうかと思えば、僕が一人で見舞いに行ったと知ると、今度は野木先輩の方の機嫌が何故か悪くなる。見舞いに行っても、大して喋らないくせに。

 お互い面倒な表面上の付き合いなのかと思っていたら、今日みたいに菅原先輩が野木先輩の部活が終わるのをずっと体育館の玄関で待っていたりする。

 何なんだよ、あんた達。訳分からない。

 何でもいいから、僕を巻き込むのはやめて下さい。

 今僕はそれどころじゃないんです。

 

「じゃあ、お先で――す」

 菅原先輩の痛い視線を受けたまま、体育館から逃げるように飛び出た。


 もう夕方の六時をまわっているのに、外はまだ明るくむしむしとしている。

 一度家に帰って私服に着替えてから、また急いで蒸した空気の中に飛び出る。


 しばらく歩いて、見慣れた病院へ辿り着く。

 道路の向かいにある花屋でいつも通り小さな花束を買ってから、病院のエントランスへ入る。



 夏休み中、それほど面識の無い先輩の見舞いは面倒で仕方なかったが、そのおかげで僕はここで運命的な出会いをした。


 東棟と北棟を間違えて、個室の並ぶ廊下に迷い込んだ僕は、半分開いたドアの向こうから誰かに呼び止められた。

 声がした個室を覗くと、ベッドで寝ている患者がうなされたように誰かを呼んでいる。

 ユウキ? ユキ? よく聞き取れないが、女の名前を呼んでいる。

 中へ入って顔を覗き込むと、表面殆んどがガーゼで覆われていて分かりにくかったが、若い男だということは分かった。眠ったまま眉間に皺を寄せ、苦しそうにしている。

 人を呼ぼうとナースコールに手をやると、僕の腕を包帯でグルグルの手が掴んだ。


「……ユーキ。 ごめんな……」


 そう言って、その人は泣いていた。

 いつのまにか開いていた瞼から、溢れる透明の膜に覆われた暗色が、宝石の様に美しく、悲しそうに覗いた。


 制服姿の男子高校生なんかを、何故女と間違えるのだろうと思った。

 

 でも僕はどういう訳か、それ以来その人から離れられなくなってしまったのだ。



 ノックをしてから部屋の中へ入る。

「三木さん?」

 名前を呼んで近づくと、ガーゼが取れて露出した整った顔立ちがいつものように寝息を立てていた。

 三木 聡。どうやらこれが、僕の運命の人の名前らしい。廊下のプレートにそう書いてあるから間違い無い。

 三木さんは夕食後の薬のせいで、部活終わりに僕がここに来たときには大抵眠っている。


 起こさないように、静かに花瓶の傍へ行き、洗面所で前回僕が飾った花を捨てて、新しく買ってきた花を飾る。

 一ヶ月以上通っているが、この部屋には全くと言っていい程見舞い客がいない。

 一度だけ若い男が二人来たらしい。「ねえ、今日来てた人達って三木さんの親戚? あの格好良い金髪の人も?」と、興味深深に看護師に聞かれた。

 僕の事を知っても不信がらなかったらしいので、三木さんの身内では無いのだろう。

 だから僕が「遠い親戚で、三木さんの家族から身の回りの世話を頼まれました」と嘘を言っても誰も疑わない。

 何度か僕の前で目を覚ました三木さん自身も信じているようだ。と言っても、薬のせいでぼんやりしているので殆んど喋ってくれないが。

 せっかく目を開いても僕が制服のままだと、何故か僕の事を「ユウキ」と、見舞いにも来ない薄情な女の名前で呼ぶので、絶対家に帰って着替えてから来るようにしている。


 眠っている指先に古い新聞紙が置かれていた。

 またこれを読んでいたんだ。

 新聞を拾い上げて、気になる小さな記事に目をやる。

『三木衆議院議員の別荘が全焼』

 一ヶ月以上前の新聞で、ベッドに掛かるプレートの入院日と同じ日の火事の記事が載っている。

 三木衆議院議員……三木さんとどういう関係なんだろう。

 手の甲に残る酷い火傷の痕といい、この記事の内容と無関係とは考えにくい。

 ただ新聞には『別荘は誰も使用しておらず、人的被害は無かった』と書かれている。


「聡さん……」

 椅子に座ったまま三木さんの顔の横に頭を倒して、肩に腕を回し、上半身だけ添い寝をする。

 顔の先数センチで聞こえる吐息が心地よい。いつも通り、このまま面会時間終了までの限られた時を過ごす。

 今、三木さんの意識が戻ったら、どんな反応をするだろう。

 きっと気持ち悪がられるんだろうな。

 それでも僕は三木さんが好きだ。

 三木さんが元気になるまでの間だけでも、近くで支えてあげたい。

 

 本当はあんな風に恋人同士みたいな事したいけど。



 僕は一昨日の放課後、すごい光景を目撃した。

 忘れ物を取りに廊下を歩いていると、横目で通り過ぎようとしている教室の中に人がいるのがわかった。

 ふとそちらに目をやると、夕焼けの逆光の中で誰かが机で勉強している。

 ところが、その勉強している誰かの影と、前に立っているもう一人の背の高い影の、顔の部分が繋がっている。

 何故あんなに顔が接近しているのだろうと不思議に思って、足を止め、目を凝らした。

 

 どう見ても、キスをしていた。

 

 それも、椅子に座ってキスされている方の顔に見覚えがあった。

 眼鏡が反射して表情が読み取れないが、よく野木先輩や菅原先輩と一緒にいる人だ。

 名前は黛? だったか、とにかく頭が良いっていうのだけは知っている。

 

 机の前で屈みながら先輩の唇の感触を確かめるように何度も口付けする顔が、誰だかよく確認できない。

 スーツを着ている。教師か? 確実に男なのは確かだ。


 男同士のキスなのに全然気持ち悪いと感じず、扉から左目だけで覗いて、盗み見してしまった。

 完全に僕の方が変態だ。

 

 間もなく二人の影が離れて、なんだか僕がホッとする。

「アツキ……」

 小さな高音が響く。

「学校では先生だろ?」

 深みのある重低音。

「はい。せんせぇ……」

 甘く切ないテノールに上から溜め息を漏らし、スーツの男が先輩の眼鏡に手をやった。

 カチャリと音を立てて、眼鏡が机に置かれた。

 熱に浮かされたような表情で、ウットリとしたまま半分閉じた瞳で男を見上げている。

 黛先輩って、あんなに色っぽい顔してたっけ。


 また屈みこむ男の正体が何となく分かった。

 確か新しい数学の先生だった気がする。自分は授業を受けた事は無いが、たまに校内ですれ違う。

 生徒と教師が、それも男同士で、こういうのって有りなのだろうか。

 

 黛先輩が何かを待つように静かに瞳を閉じると、また二人の影が重なった。それも、さっきより深く。

 先生の右手が先輩の後頭部にかかり、どうどんと影の重なる面積が増す。

 先生の左手の指が、机の上の先輩の手の甲をスッと撫でる。

 

 有りだな、これは。 


 夕方の赤い陽の中で、その神聖とも思える二人の影が僕の目に焼きついてしまった。

 ドキドキしながら見入っていると、一瞬先生の薄く開いた目がこちらをギラリと睨んだ気がして、怖くなって逃げた。

 

 今日一日ずっとあの重なった影を思い出して、のぼせていた。

 職員室前の廊下であの先生と出くわして、顔を見た途端、意味不明に反対方向へ走って逃げた。

 野木先輩や菅原先輩は二人のことを知っているのだろうか。

 いや、冗談でも男同士のそういう話に嫌悪感を示している菅原先輩が、そんな事を知って黛先輩と一緒に居たりするはずがない。

  



 僕も三木さんといつかあんな風に、夕焼けの教室の二人みたいになれたら、どんなにいいだろう。

 ユウキなんて女より、ずっと支えてあげられるし、ずっと隣にいてあげられるのに。

 目を覚まして僕のことを好きになってくれないかな。


 次、三木さんが目を覚ましたら、この感情を口に出してしまいそうで怖い。

 それが怖くて、三木さんが起きている時間帯にはわざと来ないようにしている。

「キスしてもいいですか?」

 いきなりそんな事を言って病人を驚かすのは良くない。

 でもそろそろ、サラリとした硬い素肌に直接唇で触れてみたい。


「三木さん……」

 包帯越しの首筋に囁く。


 三木さん。

 僕がずっと傍にいるから。

 どれだけ時間をかけても、三木さんの傷を完治させてみせる。

 心の傷も、身体の傷も。

 きっとこれは運命なんだ。

 このために僕は生まれてきたんだから、もう離れられない。

 三木さんが僕のこと好きにならなくても、ずっと傍にいるから。

 だから

 だから、いつか

 ちゃんと僕の名前を……


 面会時間終了を伝えるアナウンスが流れる。

 目を開けると、窓の向うがいつの間にか真っ暗になっていた。


 クーラーの効き過ぎを心配して、起き上がってから布団を三木さんの肩まで上げる。


「おやすみなさい」

 

 眠る運命の人を想いながら、いつものように頬のガーゼにキスを落とした。




                       (完)

 

ご無沙汰しております。

気が付けばブログのカウンターが1000ヒット超えておりましたので、ささやかなお礼と致しまして、番外をこちらにも一本アップさせて頂きました。こちらからブログに飛んで下さった方も多いようなので┏O)) アザ━━━━━━━ス!

時間軸は夏休み明け、シノと野木が付き合い始めた頃って事で……(←適当)

突発的に急いで書きましたので、いまいち浅いストーリーですが。

更に主人公、誰だよお前は……。そう言うなかれ。初の純粋少年でござ――い。

書く人間の性格が歪みきっているせいか、純粋な人を書くのって難しい。

私だったら……私だったら、今がチャンスと寝ている人間を襲いますが、何か?



新連載のプロット作りを何とかお盆中に仕上げるため頑張っています。

少し間があきますが、恐らく17日か18日スタートになると思います。

お付き合い下さいますと幸いです┏○ペコ 

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