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彼女の決意

 ぞっとするような笑みを浮かべるゼロゴに、俺は何も言えなかった。

 

「……そろそろ、ご飯の時間だ。作ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 ゼロゴはそう言うと、部屋から出て行った。きっちりカギまでかけて。

 俺は、と言うと。不意に恐怖に狩られたおかげで緊張しきった体から力が抜けて、その場にへなへなとへたり込んでしまっていた。そんな俺の脳内には、先ほどのゼロゴの表情がこびりついてしまっていた。

 そこから俺の考える結論は一つ。


 ――やべぇ。あいつ


 現実にいたら間違いなくストーカーとかそういう類の奴じゃないか?

 下手に「元の場所に帰してほしい」なんて言おうものなら、どうなるかわかったんもんじゃない。と言うかそうだよな。……そもそもまともな思考なら、いくら何でも邪教団に入ろうとか思うわけがない。

 というかアイネト間違えて召喚して、死にかけたんだろ、あいつは。だったら、邪教団の教えとかに疑問持っていいんじゃないか?かろうじて生き延びたようなもんなら、ひっそり息をひそめるとか、大手を振って邪教団の活動なんてしないよなぁ……。

 あー、あー。やべぇ。少し気が抜けてた。自分と"同じタイプ"だからって、すんなり気を許しすぎた。おかげで反動がやばい。安心からの緊張感のマックスを振り切った揺さぶりで、呼吸すらうまくできない気がする。

 息が苦しくて、動悸(どうき)がすごい。答え一つにも判断を間違えてたら、果たしてどうなったかわからない恐怖が、俺の視界を埋め尽くす。まるで、光が消えたような。まだ明るいはずの部屋の中も、暗闇に一人蹲(うずくま)っているような錯覚を感じる。

 ……いや、いやいや。まだ、早合点するな。ゼロゴのあの口調とかは癖みたいなもんで、本当に親切で、ここをシェルターとして提供してくれただけの可能性もある。勝手に期待して、勝手に恐怖して、勝手に落ち込むなんて、失礼だろ。うん。

 食事を作る、って言ってたな。少なくとも、客として扱う気はある、ってことだ。

 よし、よしよし。落ち着け、落ち着け俺。まずは情報を集めるんだ。

 一つ、ゼロゴの目的。

 一つ、俺の処遇。

 一つ、これからの活動予定。

 ……こんなところか?

 ――どれくらい、頭を悩ませていたのか。再び扉の鍵が開いたことで、俺の自問自答が、実は結構な時間を経(へ)ていたのだと気づいた。

 

「お待たせ。一応それなりのアビリティを持ってるから、変なものはできてないよ」

 

 扉から出てきたゼロゴは、料理を載せた台を転がして部屋に入ってきた。よく、高級なレストランなどで給仕が手押してくるようなワゴンだ。

 どこにあったんだそんなもの。

 俺の視線から疑問が判ったのか、ゼロゴは苦笑しながら答えた。

 

「同僚に、元執事がいてね。もう居ないんだけど、そいつが使っていたのをちょっと拝借したんだよ」

「もう、居ない?」

「ああ。任務中に死んでしまったんだ」

 

 こともなげにそんなことを言われて、俺はひゅ、と息を飲んだ。この世界では、蘇生ができないというのは聞いている。つまりそれは……ってことは、これは遺品……?

 俺が緊張したことを見て取ってか、ゼロゴは笑みを浮かべて言った。

 

「ああ、気にしないでくれ。彼は、元の世界に戻(・)れ(・)な(・)い(・)ことをずっと悲しんでいたから。

 俺たちの助けになるなら、と死んだんだ。あの時もみんな、覚悟の上だった」

 

 懐かしむように目を細めるゼロゴに、嘘を言っている節は見られなかった。だからこそ。

 ――俺は、信じられない言葉を聞いて、表情を固めた。

 元の世界に、戻れない……?

 俺は、その言葉が信じられなくて。今までの俺たちの苦労が、無駄なものだったといわれたような気がして、思わず口をはさんでしまった。

 

「そんな馬鹿なことない!も、元の世界に戻る方法は、きっとある!それを探して、ずっと……」

 

 俺は。俺たちは。ここまでやって来たのに。それとも邪教団は――ゼロゴは、それを確信する何かを知っているのだろうか?

 俺が思わず席を立って声を荒げると、ゼロゴは。表情を無くしたように、俺を見据えてきた。その眼力に、思わずひるんでしまう。

 

「……期待しない方が良い。真実を知らない方が良い。そして、元の世界に戻れると思わない方が良い。傷つくだけだ」

 

 ゼロゴは、そう言って皿を一つ取って、部屋の机に置いた。

 

「まだ、気持ちが落ち着いてないんだね。今日は別々に食事をとろう。

 そして、僕が言ったことをよくよく覚えておくんだ。それが、きっと幸せだから」

 

 ゼロゴはそう言って、部屋から出て行った。出ていく間際に、「食べ終わったら、皿は扉の覗(のぞ)き穴から外に出してくれたらいいから」と言って。

 俺は、ゼロゴが出て行ってからも、茫然(ぼうぜん)とゼロゴが出ていった扉を見ていた。

 ……何かを、知っているんだろう。きっと。でもそれが、例えば真実だったとすれば。俺は、何のためにこの世界に来たんだ。

 ――諦めねえぞ。

 俺は、諦めない。絶対にテルヒロを元の世界に戻すんだ。

 考えろ。考えるんだ俺。

 ここから連絡を送ることはできない。場所とイベントから、クランバインさん達ならこの場所を特定できるはず。その間に俺ができることは何だ。

 時間稼ぎか?

 違う。俺がやることは、戦闘以外――この世界の知識を使いこなすことだ。

 思い出せ。このイベントを。何かが引っ掛かる。ゼロゴの様子と、このイベントと。何か、紐づけがある。

『忘れられた遺跡』は、メインシナリオに絡まない一連のイベントだ。バージョンアップで追加された閑話シナリオの一つで、最もメインシナリオに絡んでくる設定を説明してくれるストーリーになっている。

 その内容は、邪教団の計画をくじき、彼らの本懐(ほんかい)を知る、というもの。――そう、本(・)懐(・)を、だ。

 邪教団というのは、その名の通り邪教を信仰する集団だ。ではそもそも彼らが信仰する邪(・)教(・)とは何か。すなわちワールドイーヴィル――邪神の信仰に他ならない。邪教団は、この大陸に眠るワールドイーヴィルの完全な復活をもくろんでいる集団だ。

 しかし、メインシナリオだけを見れば、邪教団がどういう目的でワールドイーヴィルを信仰し、復活をもくろんでいるかの説明が不足していた。そのための回り道イベントなのだ。

 ちなみに、この話を終わらせると、メインシナリオのワールドイーヴィルは強くなる。

 そう、弱体化するわけではなく、強くなるのだ。これがまたおいしいドロップを落としてくれるようになるのだが、今はそれは置いておこう。

 なお、メインシナリオのワールドイーヴィルは、フォウニーの町であったワールドイーヴィルとは関係ない。メインシナリオ――つまり、サーバーに依存しない、世界共通の大悪魔。俗な言い方をすれば、RBDのラスボスだ。

 なぜワールドイーヴィルと呼ばれるのかは、邪教団がその大悪魔を『世界を滅ぼす大魔神』と呼称し、このラスボスの攻撃パターンに本来のワールドイーヴィルの攻撃パターンが散見できるからだ。

 一部の考察では、本来のワールドイーヴィルの姿、あるいは周回できるワールドイーヴィルの本当の姿、あるいは親玉だと言われている。だとしても、上位の方が弱いのはどういうことなんだ、とは思うけど。

 今はそういうことを考えている暇はない。今さっき、自分で思い返していて気付いた。

 そうだ、ここでは邪教団の目的を知ることができる。この邪教団の棟の地下には、邪教団が集めた蔵書が存在する。ゲームでは、それらの設定資料はゲーム内で触れられる場所や、プレイヤーが読める書物に関して限りがあった。そりゃそうだ。実際に読めるとしても、膨大な資料のほんの1ページ1ページずつ、すべてを読み解くなんてことはシステム上にもリアルの手間を考えても、そんなことはできない。

 つまり、プレイヤーは書いてある内容ではなく、システムが用意した概要を見る事しかできなかった。

 しかし、今なら?

 つまり、ゼロゴを含む邪教団に入ったプレイヤーは、そ(・)こ(・)で何かを見たんじゃないか?元の世界に帰る手段、元の世界に帰れない理由、この世界の深淵……。

 で、あれば。

 もしこの後すんなり助かったとして。それから何事もなくてなお、ショートカットという手段を取ったおかげで、目的の闇界の洞窟に侵入できるまでのチャートに、巻(・)き(・)が必要になっているのだから。

 ――今や戦闘を、テルヒロだけに任せることはできない。全て任せたツケが、今のこの散(・)々(・)な(・)状況だ。まんまとさらわれて、テルヒロの重荷になっている。

 それは、ダメだ。これからも、その危険性を考え続けないといけないのは、チャートの邪魔にしかならない。

 俺の目の前には、ゼロゴが作った飯。パーティでもなければフレンドでもない彼のアイテムは、俺の【鑑定】レベルでは中を見ることができない。まして、邪教団はプレイヤーのエネミー扱いなのだから、アビリティの成功には確率が存在するのだ。

 つまり。

 俺は、ふぅ、とため息をついた。

 

「――よし」

 

 俺は覚悟を決めて、料理を凝視する。

【鑑定】……失敗。やっぱレベル高いな。クールタイム中に【エネミーサーチ】発動。敵の反応、なし。範囲を拡大すると、ゼロゴに感づかれそうだから、部屋の中にとどめておこう。

 お、クールタイム終了。【鑑定】……失敗。【エネミーサーチ】は使えないから、椅子に【修復】……げ、失敗した。良い木材使ってんなあ。

 他に使えるアビリティは……【自然魔法:熱】を発動、範囲を手のひらに絞って【自然魔法:冷】でそれを冷まして打ち消す、と。これは連続発動しておこう。

 余った時間でポイントを確認して、必要なアビリティを片っ端から取る。よしクールタイム終了からの【鑑定】。お、レベル上がったな?ポイントを確認……あ、これとこれも同時に発動。

 ――うっ、気分悪くなってきた。MPだかスタミナ切れてきたか。アビリティの使用を止めて、【瞑想】、瞑想……うぐぅ、気持ち悪いけど、我慢……ふぅ、少しはマシになって来たか。じゃあ【鑑定】、と。失敗。次、レベル低いのはどれだ……――。

 

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。


【鑑定】

 【鑑定】アビリティで発動できるスキル。【鑑定】アビリティのレベルと、スキルの対象の鑑定難易度で成功率が変動する。

 成功率の最低は0であるが、スキルを使用した際の【鑑定】アビリティに入る経験値は0ではない。

【エネミーサーチ】

 【気配察知】と【魔力操作】のアビリティを覚えることで発動できるようになる魔法。一定範囲の動いている物を、ステータスから開いたMAPに表示する。効果時間は30秒、リキャストは1分。

【修復】

 木や石といった自然物でできたオブジェクトの耐久度を回復させるスキル。武具の修復ができないため、【香魔法】の一つとなっている。クラフト系のアビリティに均一に経験値が入る。

【自然魔法:熱】

 【自然魔法】アビリティにより使えるようになるスキル。魔法未満の効果でしかなく、寒い場所で凍えるデメリットを解消する程度の効果しかない。

【自然魔法:冷】

 【自然魔法】アビリティにより使えるようになるスキル。魔法未満の効果でしかなく、熱い場所で体力を余計に消費するデメリットを解消する程度の効果しかない。

【瞑想】

 魔法系のアビリティを覚えることで自動的に身につくアビリティ。静止している間、MPの回復速度が一定時間倍になり、魔法系スキルのコストが1割減る。

 ただし、スキルの発動を行わないといけないうえに、効果は5分間、リキャストに10分かかるため、死にスキルとして認知されている。

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