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いけにえの石像

 俺の目の前で、シオは連れ去られてしまった。

 炎に()まれ、消え去るシオの姿を、俺はなにも掴めなかった腕の先を、呆然と見ていることしかできなかった。

 

「……テルヒロ、手伝え。彼女たちを回収する」

 

 きっと、クランバインさんにそう言われなければ、俺は何時までも虚空を見続けていたんじゃないか。今でも、そう思う。

 俺とクランバインさん、そして応援に駆け付けた何人かの騎士とともに、石化したサクラちゃんとニュウを馬車へと運び込んだ。

 

「お姉ちゃん!?なんで……!」

 

 石化したニュウを見たネモは、そう言って泣き崩れていた。

 ……突然のことだった。視界の端、パーティメンバーの内、シオのHPバーに赤い部分がいきなりできたのだ。料理で間違えて指を切ったり、転んで擦りむいたくらいではHPは減らない。あくまで、戦闘行動でのダメージがなければHPが減らないのだ――と、シオは言っていた。

 つまり、シオが戦闘に巻き込まれているのだ。

 何故?

 シオは、キャンプ地に居るはずだ。そこには、護衛の騎士たちがいるはず。シオがダメージを受けるような奴が、キャンプ地を襲ったのか。

 

「クランバインさん、キャンプで何か起こってる!」

 

 その危険な事態に、俺はクランバインさんに状況を説明した。彼はすぐにキャンプ地へと状況を確認したが、クランバインさんが連絡を取った限りでは何も異常はないという。

 なんで俺が異常事態だと判断したかの詳しい説明を求められたので、シオのHPが減ったことを教えると、すぐにシオの所在を確認してもらった。すると、なぜかキャンプのどこにも――馬車の中にすらいないと言うじゃないか。そして、同時にサクラちゃんも。

 トラブル発生が確認され、その日の狩りは切り上げることになった。すぐにキャンプへ戻り、シオとサクラちゃんの捜索に入った。

 そして、結果はこれだった。

 鳴いて蹲るネモを見守っていると、誰かに肩を叩かれた。振り向くと、それはクランバインさんの補佐をしているヴォルテさんだった。

 

「集まってくれ。この事態の対応と、これからについて話し合う必要がある」

 

 是非もなく、俺はネモと共に――シオがいない今、俺のゲーム知識のサポートを頼まないといけないからだ――クランバインさんのキャンプへ向かった。

 キャンプの中では何人かの騎士が既に集まっており、テーブルの上には石化したサクラちゃんがいた。

 

「来たか、『帰還の標』。座ってくれ。

 ……では、まずは現状の把握だ」

 

 言われるままに席に着くと、ヴォルテさんが口を開いた。

 

「今回発生したのは、恐らく『いけにえの石像』でしょう。チェーンクエストの『忘れられた遺跡』の始まりです」

 

 その話に、クランバインさん含め、何人か――ネモもだ――が(うな)る。

 何事かネモに尋ねてみると、彼女はため息をつきながら答えた。

 

「このイベント、クリアが面倒なんだよね」

 

 と言うことらしい。なんでも、イベントを進めるために世界各国の手がかりをそれぞれクリアしていかないと、ボスのいるダンジョンまでたどり着けないのだとか。

 王都を中心に、おつかい作業――おつかいの作業ってなんだ?――をしないといけな上に、イベントの進行に日数の経過が必要なうえ、特にゲームのシナリオ振興にもかかわっておらず、必須なものではないため途中で中断するプレイヤーも多いらしい。

 ヴォルテさんが話を続ける。

 

「イレギュラーなのは、登場人物が"全員プレイヤーだということ"でしょう」


 その言葉に、騎士の一人が手を上げた。彼もまた、プレイヤーの一人だ。

 

「待て。全員ってどういうことだ?」

「邪教徒()プレイヤーの可能性がある。フォウニーの街で『帰還の標』が遭遇している」

「マジか……どういうつもりで」

「不明だ。本人に聞くしかあるまいな」


 他には?とヴォルテさんが視線を巡らせるが、他には特に質問がないらしい。それを見て取って、話が続く。

 

「本来、いけにえに選ばれるのは近隣の村人だ。しかし、実際はこの通り、ギルド職員(ブロッサム)冒険者(ニュウ)が犠牲になっている。しかも、両方プレイヤーであり、さらには追加で一人被害者、プレイヤー(シオ)がさらわれているという事態だ。

 つまり――既にイベントの設定やスケジュールはガタガタだ。果たして、元々のイベントの手順でクリアできるかも不明だが、少なくともこのブロッサム嬢とニュウ嬢を救うために、尽力せねばならない」


 クランバインさんは、ヴォルテさんの言葉が一区切りすると、周りを見回して口を開いた。


「まして、さらわれたシオ嬢に関していえば、彼女は王前に連れてくるのがそもそも我々の仕事だからな。道中さらわれたが、王都を離れる予定期間が過ぎてしまうから仕方ない、などと見捨てるわけにはいかん。

 そもそも、彼女はおそらく、我々の強い味方になる人材だ。絶対に助ける」

 

 クランバインさんが、シオを助けることを強調してくれる。何とも力強い。

 しかし、そこでふと思ってネモに尋ねた。

 

「でも、これって石化しているだけだろ?確か、【石化】ってフィジカルの状態異常だから、ポーションで二人は治らないのか?」

 

 あー、と驚いたような、忘れてたことを思い出したかのような声を上げるネモ。それに答えたのは、ヴォルテさんだった。

 

「……そうだな。判らない者もいるだろう。この石化はイベントのものであり、設定上イベントが終わるまで石化を解けない事情がある」

 

 彼はそう言って、サクラちゃんの顔についた、痛々しい傷跡を刺す。

 

「この、石化してなお赤く残った傷は、【魂喰い刃(ソウル・イーター)】による傷だ。設定上では、傷つけたものの魂を奪う能力のあるイベント装備だ。

 現状で石化を解いても、魂を抜かれているので体しか残っていない状態では廃人同然――ということになる。だから、これを治すためには【魂喰い刃】を壊したうえで、石化を解かなければいけないのだ」

 

 そうなのか。それなら確かに、今石化を解くわけにはいかないな。

 俺が納得いったことを把握してくれたのか、ヴォルテさんは一つ頷くとクランバインさんを見た。

 クランバインさんは立ち上がると、手を振って騎士たちに命令を出した。

 

「既に各地のメンバーに、イベント攻略の手順を進めるように連絡してある。我々も3部隊に分け、近くのイベント攻略を進める。今は、イベントの同時進行が可能だ。その強みを生かして、最短で進めていく。

 1部隊はここに常駐し、彼女たち――いけにえの石像を守れ。

 ヴォルテは一足先に王都へ向かい、状況の説明を」

「承知しました」

 

 騎士たちも、その胸に手を当てて了解の意思を示すと、席を立ってバラバラにテントを出ていった。

 残るのは、俺とネモ、そしてクランバインさんだけだ。

 

「我々は、一足先に主犯の元へ向かうぞ」

「主犯の元?」

「イベントのラストバトルの場所だ。邪教徒との対決はそこで行う。つまり、シオ嬢もそこに連れ去られた可能性が高い。

 ……もっとも、事前イベントがすべて終わらなければ、侵入することもできないが」


 つまり、突入時期は他のメンバーの頑張り次第で変わる訳か。なんにせよその前に、俺たちは一足お先に目的地の前で待機しておくということだ。

 俺はネモに視線を向けると、俺の聞きたいことが解ったのか、一つ頷いた。

 

「場所は、イベント名の通り、忘れられた遺跡――王都から離れた場所にあるインスタンスダンジョン『邪教徒の塔』だよ」

 

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 お使いイベントって、人によって、ゲームによって苦痛だったり、楽しかったりしますよね。

 同じところをぐるぐる回るのと、新しいところを紹介される差かな、と思っていますが、皆さんはいかがですか?

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