彼女の価値
「ちょっと、付き合って」
道程も半ばを過ぎて、明日か、明後日にはついに王都と言う頃。
野営の準備中に、俺はブロッサムから声をかけられた。
ちなみに他の面子は、夕食の材料を狩りに出かけている。今日はテルヒロが当番に入っていたのだ。ネモは、宿の設営。馬車で待ちぼうけの俺の周りには、誰もいなかった。
俺はフィジカルの低さから、キャンプの設営にも力が貸せなかったせいだ。
「え、でも」
「……チ、いいから!」
勇気を振り絞って言葉を出そうとするが、彼女は苛立たし気に俺の手を取って歩を進めた。声に苛立ちがあり、手を引っ張る強さもあって、俺は体がすくんで声も出せず、動かすこともできなくなったのだ。
結果、俺は断ることもできずに、彼女の後をついていくことしかできなかったのだ。
*--
腕を引かれるままに連れてこられたのは、キャンプ地からほどなく離れた森の藪の中だった。
そこで、ブロッサムは思いっきり手を振るった。当然、その手に繋がれていた俺も遠心力に従って振り回される。
手を離されれば俺は、無造作に生えた大木の一本に、思い切りたたきつけられるしかなかったのだ。
「ぐふっ」
背中の衝撃に、思わず肺から溢れた息が喉を突いた。
せき込みながらも顔を上げれば、ブロッサムはやはり能面のような顔で俺を冷たく見下ろしていた。その、何とも言い難い圧に、俺の体は恐怖の声を上げる事すらできずに、ただ震えて縮こまるしかなかった。
「役立たずは、ここから消えなさい。これは、命令よ」
有無を言わさぬ、という空気で、冷たく言い放ってきた内容に、俺は目を見開いた。
なんかとんでもないこと言いだしたぞこいつ。
「言わなくても分かるでしょ。あんた、邪魔なのよ」
……いやいや、全然わからん。
彼女がテルヒロに向けて恋心か何かを抱いているのであろう事くらいは、流石の俺でも察しが付くが、排除の手段としては最悪だろう。状況が無理やりすぎる。ましてなぜ今、こんなことをするのか。これが判らない。
俺が理解できない色々と理由はあるが、なにはともあれ、もし俺がここで失踪すれば、護衛任務の失敗だ。
俺とテルヒロは、騎士団に同行させてもらっている体であるが、同時に護衛対象でもある。
俺を追い出したのがブロッサムであれば、それは彼女の所属するギルドにとっては大打撃になる。そもそも、王国騎士団からの召集の道中に、王の目の前に連れてくる予定の人間が消えたら、誰にとっても大問題だろう。
何からツッコミを入れたものかわからず、俺が言葉もなく口をパクパクと動かしていると、ブロッサムは「はぁ」深く長い溜息を吐いた。
「全く、これだからグズは嫌いなのよ」
「……――ガうッ!?」
瞬間。俺は吹き飛び、別の木へ叩きつけられた。
数瞬遅れて、ほほにジンジンとした痛みが生まれる。目の前から消えたブロッサムの姿を追えば、その足元にえぐれた地面の跡が見えた。
俺は、彼女に蹴り飛ばされたのだ。
「バカでグズで無能なあんたに懇切丁寧に教えてあげるわ。
アンタじゃ、テルヒロくんの隣にふさわしくないの。おわかり?」
腰に手を当て、まるで教師が生徒に教えるかのように話し出すブロッサム。
「戦いも駄目、守られるだけ、キャンプの手伝いもしないで、ヘラヘラしながらテルヒロくんの邪魔しかしない。
あんたみたいなのがテルヒロくんの近くにいるから、テルヒロくんが私の近くに来れないじゃない。邪魔ものしてるのが、まだわからないの?」
……いや、何言ってるんだ。こいつは。
俺は、頬の痛みもしびれてきて、傷を抑えることもなくただ、茫然とそいつの垂れ流す講釈を聞いていた。
テルヒロが俺を邪魔に思ってる?どこを見て、判断してるんだ?
――お前に何が分かるっていうんだ。
と、がさがさ、と草むらが音を立てた。俺とブロッサムは、二人してその音がする方向を見た。
その草むらから出てきたのは、ニュウだった。既に臨戦態勢を整えている。
助けか。そりゃそうだ。戦闘が怒っているわけでもないのに、俺のHPが減ったら、異常だと誰でもわかる。ARウィンドウには、クランはともかくパーティを組んでいればHPゲージは目視できるのだ。
ブロッサムが俺を排除しようとしたのはわかるが、何を思ってこんな杜撰な計画が上手くいくと思っていたのか。
俺は助かった、と息を吐いた。
「……え?」
しかし、俺の期待とは裏腹に、ニュウは武器も抜かずにブロッサムの隣に立った。俺を助けることもせず、ただ、彼女のそばで俺に顔を向けた。その表情は、少なくとも騙されているとか、もう分けなさそうにしているとか、そんな感じじゃなくて。
まるで、それが当然というように。
「助かったとでも思ったの?バッカじゃない?で、どうなの?」
「こっちは私の担当にしたから、まだしばらくは見つからないはず」
ブロッサムが事もなげにニュウに尋ねると、彼女はブロッサムに他の面子の動向を話した。
……ああ、そう。つまり、彼女たちは共謀しているということだ。
ブロッサムはそれを聞いて、にんまりと、本当にうれしそうに顔を歪めた。
「――そういうわけだから、とっとと今すぐクランから抜けなさい。で、ここから消えて」
心底バカにしたような口調で、俺に命令してくる。……いや、バカにしたいのはこっちだ。
この場でクランを抜けるなんて、そんなことできるわけがない。追放しようにも、俺はクランのサブマスターだ。サブマスターをクランから一方的に除外する権限を持っているのは、クランマスターだけだ。
つまり、彼女たちが何を言おうと俺が自分からクランを抜けない限り『帰還の標』からシオというキャラクターは消えない。
……もし、この愚行が一日早かったら、ひょっとしたら俺は自分からクランを抜けていたかもしれないけどな。
でも。今はこんな役に立たない俺だけど、テルヒロの力になれるってわかった今なら。
絶対に、こんな奴の言いなりにはならない。
……それにしても、ニュウはなんだってこんな奴の言いなりになってるんだ?
一向に思い通りに動かない俺に業を煮やしたのか、先ほどまでのニコニコした薄気味悪い顔とは一転、激しい烈火の形相でブロッサムが吠えた。
「何をグズグズしてるのよ!――もういいわ。アンタ、とっととこいつを森の奥に連れてって!」
しびれを切らしたのか、ブロッサムは命令の矛先をニュウに変えた。
しかし、ニュウは驚いたように狼狽えた。
「え、でも、そんなことしたら死んじゃう……近くの村に置いてくるだけじゃ」
「このグズが言うこと聞かないから仕方ないでしょ。こんな役立たずが死んだところで、どうってことないわよ」
「えぇ……?」
渋るニュウに、目を細めるブロッサム。
「アンタもアタシの言うことが聞けないの……?」
「あ……そんな……やめ――ガァッ!?」
怯えた表情で一歩後ずさるニュウだったが、不意に首に赤い魔法陣が浮かび出ると、ニュウは急に苦しみだして崩れ落ちた。
「ぎゅぃ……っ、く、ぐるじ……あがっ」
首元を押さえて悶える彼女を見て、俺は気づいた。
【レッドマーク】――犯罪者に対する処罰の魔法だ。この世界ではNPCは犯罪者プレイヤーの名前が赤くなっている、などと言うメタな部分で他の人を判断していない。それに、犯罪者を捕まえたからと言って、手錠や物理的な手段で抑えるわけでもない。
犯罪者になった物には、ギルドから処罰の印が刻まれる。一旦ギルドに捕まった犯罪者は、構成するまでこの呪いから逃げることができないのだ。
そうだ。ニュウはまだ【レッドマーク】が取れているわけじゃない。あくまで【更生労役者】に転職して、贖罪中だ。当然、この間に犯罪行為をすれば再び【犯罪者】となる。システムで管理されていないこの世界でそのフラグは、【レッドマーク】が残っていることで判断されているようだった。
ネモもそうではあるが、恐らく見た目や性格的に仲間に引き入れるの避けたんだろう。一方で、ニュウにはギルド権限で呪いを発動することで、支配下に置いたんだ。
下種だ。下種すぎる。弱いものに強く接する、俺の苦手――嫌いな人種だ。こいつは。
こんな奴に、テルヒロの隣を渡すわけにはいかない。
何よりも、テルヒロの隣でにこやかに取り繕うこいつの姿を幻視するだけでも、俺の腹の中に黒い鉄球が生まれるようだった。もやもやと、ずん、と重い何かが、俺のしびれた体に力を与える。
それに、このまま時間稼ぎしていれば、ニュウが戻ってこなければ、その方向で何かがあった、と気づくはずだ。
今、ブロッサムはニュウに処罰を与えるために注意力が逸れている。
俺は、視線入力でチャットを開いた。今の内に連絡すれば、時間稼ぎも短く済むだろう。
テルヒロに、いや、王国騎士団パーティ全員向けのメッセージを送る。それだけで、少なくともテルヒロはこちらに来てくれるはずだ。場合によっては、クランバインさんも。
いくらギルドの人間とはいえ、この不祥事はもみ消せないだろう。ざまぁみろ。
そう思って、チャットを開いて。
入力を受け付けないことに愕然とした。
ばかな。
いったい何が起こっている?システムに介入?なんで?どうやって?
ちがう。チャットに入力して、エラーメッセージ。
<イベント中はパーティチャットは使えません>
イベント?
王都近くの森。馬車。王国騎士団。森の中にプレイヤーが……――あっ。
「んぐっ」
不意に。何かが口を押え、それだけで俺の意識は闇に閉ざされた。
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そんなわけで、今章はシオくんの話です。彼女の成長を、ご期待ください。




