彼の価値
このシチュエーションを描きたかったんです。
いくつかの夜を超えて、気付いたことがある。
視線を巡らせれば俺以外の『帰還の標』は、いずれも何かしらの"強み"を持って騎士団の面々と話を弾ませていた。
テルヒロはその活躍で。ニュウは、初々しい反応ながらも、その縦横無尽な働きで。ネモは、さばさばした態度と破壊力で。
騎士団内で後方支援が全て賄われている現状――そして、それはこれから向かう王都でも変わらないだろう。
オンラインゲームでは、不変の理がある。それはプレイ時間が長いほうが、ゲーム内スペックは高い、ということだ。やればやるほど、財産は増える。俺は、絶対に彼らには手が届かないのだ。
だとすれば、俺が同行したところで、何の価値があるのだろうか。
だってもはや、テルヒロは俺の助けを必要としていない。俺は――そうだな、王都で引きこもっていた方が良いだろうか。事務仕事をして、情報を集めて、精査して。
そうやって、前線の連中の補助に回るのだ。
テルヒロは――もちろん前線に出るだろう。しょうがない。アイツはそれだけの力をつけているし、そしてそれは、今なお成長中だ。
俺を庇ったり、守ることはあいつの成長を阻むことになる。
「……ふぅ」
考えれば考えるほどに、気が沈む。思わず、ため息が漏れた。
なにせ、テルヒロはアイネトの時から目まぐるしい成長を遂げている。……いや、いずれはこうなる運命だった。それが俺の想定より早かったというだけだ。
「隣、良いですか」
「――うぇっ!?」
晩飯のシチューをちびちび食べていると、不意に声をかけられた。顔を上げると、そこにはヴォルテさんが湯気の立つシチューを片手に立っていた。
俺の座っていたのは、3号車の馬車の縁だ。当然だが、他の面子は目の前の野営場で騎士団に囲まれている。
そこから離れて、俺は一人で飯を食っていたのだが。なんでわざわざここに来たんだろう?許可を得るまでもなく、そもそも馬車は騎士団の所有物であるからして、特に断りを入れることはないと思うのだけど……。
そういえば、フォウニーの街で出かける前に、クランバインさんとヴォルテさんに関しては、俺が対人恐怖症であることをテルヒロから伝えていた。
それで、一度断りを入れてきたのかな?
まぁどういうつもりかわからないが、俺がそれを拒絶する理由が今はない。目的が不明すぎて怖いが、今は了承しよう。断る理由がないし。
俺は、一度頷いた。
「ありがとう」
ヴォルテさんは、ほどほどの距離を取って、同じく馬車の縁に座った。隣に座らないのは、彼なりの配慮だろうか。
「先ほどまで書類仕事をしてましてね。ようやく夕餉に在りつけた所ですよ」
聞いてもいないのに話し出すヴォルテさん。
いかんな。これはいかん。すごく、陽キャの気配がするぞ。俺の苦手なタイプの気配だ。
俺が反応するでもなく、ヴォルテさんはシチューを息で冷ましつつしゃべりながら箸を進めていく。
「今も各所から情報が来ているのですよ。進展在り、空回り、イベントの経過中……。
この世界はイベントが多いですから。当然知らないイベントに当たったりすれば意見を求められるのですよ。それを確認して、伝えて、纏めるのはすべて私の仕事なんです。
いや、やり甲斐はありますが、毎日忙しくてたまらないんですよね」
はぁ。それを俺に言ってどうするんだ。
「……なぜこんな話をするのか、疑問ですか?」
やべっ、顔に出てたか?
視線がこちらを向いたような気がした。俺は顔を合わせられないので、うつむいてシチューを食べているだけしかできないが。
「クランリーダーのテルヒロさんは、常にあなたに意見を伺っているようなそぶりを取っています。どうも、あなたとは立ち位置的にお仲間の気がしてならなくてですね」
……ああ、確かに。俺が近くにいる時、テルヒロは判断に困ると俺に確認を取る。どういう意味なのか、どうすればいいのか。
ヴォルテさんは、それの大クランバージョンなのか。なるほど。そういう繋がりね。
――だからそれを俺に言ってどうするんだ?
「だからこそ聞いてみたいことがありまして」
俺が反応を返さないことに、しびれを切らしてしまったのか、不意にヴォルテさんは質問を投げかけてきた。
「この世界を、どう思いますか?」
俺は、スプーンを動かす手を止めた。
この世界――現実化したRBDの世界。
俺は。
「……ちぐはぐです」
「ほう、ちぐはぐ」
そう、ちぐはぐだ。
ステータスウィンドウや、魔法、アビリティ、レベルアップ、ポイントでの強化……正にゲームだ。この世界は、正にゲームの中の世界だ。ハイクオリティなVRゲームだと言っても過言ではない。
しかし、その中に、明らかにゲームではない要素がある。
システムではない存在がいる。この世界に住まう人々も、魔物も、確かに生きている。生きて、それぞれの生活を営んでいるのだ。
それが、この世界が確かに存在することをアピールしてくる。
しかし一方で、どうしようもなくこの世界が"作られている物"であることを見せつけてくる。イベントの強制力が、最たるものだ。生き生きと動いていた人たちが、いきなり無表情で動くような。
彼らがNPCであり、世界は決まった歴史を歩むように作られている。
この世界は、なんなのか。
全く一貫性が見いだせないのだ。全然、訳の分からない世界。
だから。
「だから、早く地球に帰りたいと思います」
これに尽きる。
この世界に来たのも、この世界を攻略するのも。全てはそこに集約する。
怯えてられない。俺には俺の出来ることをしなければ。
「ヴォルテさん」
「はい」
「王都に行ったら、俺はクランの事務の方に回してもらえますか」
俺の申し出に、ヴォルテさんは「ふーむ」と唸った。
「それを私の一存では決められませんね。まずはそちらのクランで話し合ってはいかがでしょうか」
……それも、そうか。
「意見が一致したら、もう一度話を聞きましょう。
それでは、私は食べ終わったので戻ります」
ヴォルテさんがどういうつもりで、何を聞きたくて俺に近づいたのかわからないが。彼はそう言って空の器を手に腰を上げた。
再び一人になっては、すっかり冷めたシチューをスプーンでかき混ぜる。粘り気のある白い液体は、ゆるゆると円を残す。
塊が緩くなったところで、ちびちびと口に運んでは、無意識の内に噛み、喉下する。
「はぁ……」
クランで意見を一致させる。それは、俺がクランで役立たずであることをつまびやかに明らかにしないといけないということで。
気が重い。俺は役立たずです、なんて誰が言いたいのか。特に理由はないがあのしまいには言いたくないなぁ。ネモをがっかりさせてしまうかもしれないし、ニュウは……どうだろうな。
思わず深いため息が出る。
とりあえず、テルヒロにまず話を通すか。と思ったところで。
「おーい、シオ!」
件のテルヒロが駆けよってきた。
……ちょうどいいか。この際、王都の身の振り方も合わせて話をしよう。
「テルヒロ、あのさ」
「シオ、頼む!助けてくれ!」
俺の言葉を遮り、テルヒロは両手を合わせて頼みんできた。何だ何だ何事だ?
俺がテルヒロの勢いに気圧されていると、こいつはずっか、と俺の真隣りに座り、ステータスを開いて俺に見せつけてきた。
ツン、と鼻をテルヒロの汗の臭いが刺激してくる。
「これ!ポイント溜まっててさ!騎士団の人はパラメータ振るかアビリティ取るかで好き勝手やんややんや言われてさ!
俺もうよくわかんなくなっちゃって!シオ、お前ならどうする?」
……ああ、もう。こいつは。
「はぁー。えっとな。これから行く場所とか、ショートカットとか考えると……」
ふと、口が止まった。テルヒロは前線。俺は後方。もう、俺と連携とる必要はないじゃないか。
「っていうか、俺の意見でいいのか?」
「え?何が」
「いや、一緒に戦うのは騎士団の人だろ。それに、お前もスキル使えるようになったなら、そっちの連携考えた方が良いんじゃないか?」
俺は確かに目的があってテルヒロのパラメータを割り振っているが、それはかなりピーキーな構成だ。普通に連携を考えれば、戦闘職同士で似合うアビリティを選んだ方が良い。
俺がそう言うと、テルヒロはきょとんとした顔をした。
「いや、シオが何か目指してるのはなんとなくわかるよ。ポイントの温存とかもその類だろうし。でも、それって俺が一番合うと思ってやってることだろ?
俺は、そこまで深い話とかは慣れてもないし分からないしさ。だったら、最初の計画のまんまで振った方が良いじゃん。
それに、俺はお前が選んだやり方が一番いいよ。合ってる。フォウニーの街で、付け焼刃の戦いやって、やっぱりなんか違うなって思ったしよ。
連携って言われても、俺とコンビでやってきたのシオじゃないか。じゃあ、連携考えるのはシオじゃん?」
……。お、おう。
「――し、ょーがねぇなぁ。とりあえず今のポイント見せろ」
「おう」
俺たちは、顔を突き合わせて構成を強化していく。
口の端に、妙に力が入っていたのは、多分、気のせいだ。
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