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最強の敵 WE

 膝から崩れ落ちて地べたに座り込んだ俺の目の前に、ARウィンドウが開く。ネモからのチャットだ。

 

<ネモ:シオさん、大丈夫?>


 言うことを聞かない足は、使い物にならない。喋るのは、無理だ。

 さっきから、息が度々(たびたび)詰まって、口を開いても声が出ない。だからこそ、チャットはありがたい。まずは、思考をまとめなくてはいけない。

 俺は、視線入力ができることを感謝しつつ、チャットに文字を打ち込んでいく。

 

<シオ:ごめん。助かる。大丈夫じゃない

 ネモ:そっか。ごめんね。でも落ち着くの待ってられないんだ

 シオ:分かってる

 ネモ:よし。それで、なんとかお姉ちゃんとテルヒロさんを助けないと

 シオ:分かってる。今考えてる。

 シオ:ネモ、テルヒロとニュウを回収できる?

 ネモ:無理、だと思う。お姉ちゃんはテルヒロさんが逃げてくれたら一緒に着いてきてくれるだろうけど。

 ネモ:テルヒロさん、なんであんな意固地になっちゃったんだろ?

 シオ:判らない>

 

 本当に、わからない。何で、WEに立ち向かわないことが、俺を助けられないことに繋がるのか。ネモは、顎に手を当てて少し考える素振りを見せるが、すぐに切り上げたようで、話を再開した。

 

<ネモ:了解。じゃあ次。WEの被害を止める方法ないかな?

 シオ:それこそ無理だ。あれがアイネトだったら、例え最初のWEクエだとしても最後の(最終形態)フユフトの6割位のステ(能力)だ。この街の戦力じゃ、絶対に倒せない

 シオ:いや、待って。そうだ、アイネトだ

 ネモ:どういうこと?

 シオ:アイネトだったら、なんとかなるかも>

 

 ――そこで、一つ思い当たる節があったんだ。

 そもそも、何故フユフトなら"大丈夫"で、アイネトでは"ダメ"なのか。その前提が、勝利の鍵だ。

 WEは、メインシナリオに一切関わらないものの、腐っても大々的なチェーンクエストに関係性を持つ、()わば最初期から存在する裏ボスのようなポジションだ。周回も可能な部分もあり、一方で何度立ち向かっても同じ強さを相手にする作業感に対する、システム的な補正が存在するのだ。

 それは、討伐回数による()()()な強化だ。

 このゲームは、パーティを組むのにレベル的な制約は存在しない。だいたい同じく位の強さのメンツでしか冒険できない、なんてことはないんだ。

 そのため、パワーレベリングがやりやすい。もし何度も挑める依頼のボスの強さが一定であれば、どんな低レベルでもWEの討伐ができてしまう。それは、同じレベルでもプレイヤースキルによる大きな差ができてしまう。ただパラメータでごり押すような、俗に"地雷プレイヤー"と呼ばれるプレイヤーの量産に繋がり、それは必然コンテンツの衰退を加速させる要因となる……と、言われている。

 一説には、WEをデザインしたスタッフがそれを納得できなかったと噂されているが、それが嘘か真かはともかく、WEには全ユーザーの討伐回数に応じた能力の補正がかかる設定があるのだ。

 後に公開されたインタビューでは、"本来のペースであれば"、結果的に徐々に強くなっていき、コンテンツが続いていくに従って一定ラインを超えてから、上級者が初心者の手を引くクエストになっていくコンテンツなる予定であったらしい。

 しかし、あるユーザーの行動がその予定が狂った。クリエイターの想定を変え、結果的にRBDの一つの時代を築いた、とあるプレイ動画が投稿された。

 後に「ソウルトーカー爆誕事件」と呼ばれたそれは、内容としてはシンプルなものだ。すなわち、WEアイネトのノーダメージ()()撃破である。

 アイネトには回避不能の攻撃も存在するので、死亡前提でタンク2のアタッカー1、ヒーラー1の構成が基本だった。

 しかし、そのユーザーはチェーンコンボを駆使して無敵時間や攻撃タイミングを潰したりを繰り返し、ノーダメージの撃破を成し遂げたのだ。

 それから、かのユーザーを真似たアイネトの討伐がブームになり、ノーダメージこそ達成できなくとも、驚異のボスと呼ばれたWEの討伐数が、一気に加速化してしまった。勿論、見てすぐ真似のできる内容ではなかったが、絶対に真似のできないという内容でもなかったからだ。

 そうして討伐数が加速化したことで、結果的にアイネトは超強化されてしまい、下手なレベルでは普通に倒すことすら難しい性能に成長してしまったのだ。ちなみにこの時点で、第2サーバーは増設済みであり、第2サーバーのWE「ツヴァイト」とアイネトの強さに大きな隔たりが発生した。

 この、サーバーによって同じクエストで難易度が全く違うボスが居るという状態がクレームとなり、開発側に矛先が向いてしまった。大量に「バグではないのか」との連絡が送られたのが、この事件の概要になる。

 ちなみに事件の名称は、動画のコメントで「コツはないのか」という質問があった時に、件のユーザの解答「練習あるのみ。タイミングは魂が教えてくれる」と言ったことから、このアイネト討伐が加速するきっかけになったユーザーにちなんだ事件として「ソウルトーカー爆誕事件」と呼ばれることになった。

 そして事件の結果、WE討伐イベントに大きな修正が入った。それは、アイネト戦のみ特殊な討伐条件が追加された。それが「30分間生き残る」かつ「一定()()のダメージしか与えていない」というものだ。この2つの条件を満たすことで、WEが再度封印される演出とともに消滅し、報酬こそ少なくなるものの、依頼完了となるのだ。

 後付設定ではあるが、理屈としては「WEの封印は、その身から放たれる魔力を糧に動作している」というバックグラウンドにより、一時的な封印の解除に過ぎない邪教団が行った儀式のカラクリが無効化されるのだ。……というイベントが追加されたのである。

 だからこそ、あれが「本物のアイネト」であれば、再封印イベントが存在する可能性がある。

 

<シオ:30分だ。30分持ちこたえられれば、アイネトは消滅する

 ネモ:ちょっと長いけど、手があるなら足を破壊して動きを止めるとか?

 シオ:待って。でも、ダメージを与えるのは極力控えないといけないんだ

 ネモ:どういうこと?

 シオ:条件は、30分生き残ることと、一定以上のダメージを与えないこと。ダメージに関しては3割だから、30分間攻撃していれば、多分達成できちゃうダメージ量だ。

 シオ:あと、シチュエーションを合わせる必要があるかもしれないから、足止めは街の広場でやる必要があると思う>

 

 ようやく落ち着いてきて、俺はネモと向かい合いながら、それでもチャットで説明を続けた。俺の追記に、ネモは思わず顔をしかめて腕を組む。

 

「広場で30分……アタイとテルヒロさんで耐えても5分持つか?なんとか30分保つ方法……冒険者ギルドに援軍を頼むとか」

<シオ:冒険者ギルドの援軍は期待できるかわからない。どういうわけか、WE出現条件の依頼で、調査団が全滅したらしい>

「く、人手が足りないな……アイネトは進行方向が既に広場に向かっているから場所は問題ないね。後は、なんとか、アイネトの攻撃を30分耐える方法を考えないと……」

「話は聞かせてもらったぜ、姉御」

 

 不意にネモの背後から声をかけられ、ネモは振り返り、俺は彼女の肩越しにその人物の姿を目に止めた。

 

「ボング!それに、ホッソイとフティ!」

「あの化け物を30分足止めさせてりゃいいんでしょ。簡単な話だぜ」

「足止めするのは広場についてから、ってことでいいんですよね。へっへっへ」


 それは、ラカーマの街で出会った山賊もどきの冒険者三人組。まぁ、どうも前身はネモの部下だったみたいだから本物の山賊だったようだけど。

 彼らは既に武器を抜いており、やる気は満々のようだ。

 

「あ、アンタたち何で……?」

「決まってるでやしょ。恩返しでさ」

 

 そう言って、ボングの取り巻き二人が飛び出し、俺たちを抜き去って日の壁の中に飛び込んでいく。そんな彼らを見て、ネモが声を荒げる。

 

「あんた達じゃ無理だ!アタイでも、難しい相手だぞ!死ぬ気か!?」


 しかし、ボングはネモの怒声を笑って受け流す。

 

「いやいや、それですがね。聞きましたぜ。姉御の『ヘルパス』(クラン)、壊滅したんですってね」

「……それが、どうした」

「がっはっは!ってこた、俺たちゃ本当は、その時に死んでいたんですなぁ!」

 

 一通り笑うと、ボングは、ふと優しい表情でネモを見た。

 

「不思議なもんですわ。姉御に追い出されたトンマな俺達が生き残り、腕の良かった聞き分けのねぇオノマスの兄貴達が死んじまったってね。

 ――姉御。俺たちを……いや、兄貴達もクランから追い出そうとしてたのは、将来クランが壊滅するのが分かってたんでやしょ。

 自分から誘っておいて、いきなり追い出そうとしたのは俺にはわかりませんがねぇ……多分、そこの嬢ちゃん辺り、理由ってことで」

 

 ボングは、そう言ってゆっくりと俺たちの側を通り過ぎていった。

 

「姉御。死んでた命、上手く使わせてくだせえ。時間稼ぎで逃げ回るくらいなら、いつも逃げ回ってた俺達ならいい仕事できますって。

 やってみる価値はありますぜ」

 

 ネモは、通り過ぎたボングに振り返らない。俺にも背を向けたまま、立ち尽くしている。

 ボングは、俺の側を離れる時に少し足を止めた。

 

「嬢ちゃん。初心者だと思って声かけたけど、あの半人前(テルヒロ)をここまで連れてくる一級品だったんだなぁ。そいつぁ、俺とは住む世界が違うわなぁ。

 ――姉御のこと、頼みますぜ」

 

 彼はそう言って、取り巻きを追って炎の壁へと姿を消した。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 ちなみに本来であれば、フォウニーの街に出てくるWEは本来のステータスの2割程度、推奨レベルは25程のプレイヤーが4人のパーティです。

 フォウニー到達直後のプレイヤーは15程、フォウニーから出る時に20過ぎ程度なので、次の街で余裕が出てきた頃のプレイヤーが集まって装備を整える依頼という感じです。

 そこに同じ4人パーティであれば、推奨レベル70の敵が出てくるわけですから、とてもヤバイ。

 なおNPC勢の基準は、ラルドさんでレベル35ほどです。


 ……明確に数値を出すと、インフレ加速するか、矛盾が出そうなのですごく曖昧にしていますが。

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