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崩れるフォウニーの街

「あれが、ワールドイーヴィル『フユフト』……」

 

 テルヒロが固い口調で言葉を漏らした。でも、俺はテルヒロの袖を掴んで首を振った。

 なんで、あいつが出てくるんだ……!?

 

「違う……あれはまずい」

「え?」

「に、逃げるぞテルヒロ。あ(・)れ(・)は、勝てない!」

「えぇ!?」

 

 声を荒げたのはニュウだ。

 

「だって、あれと戦うために準備してたんじゃないの?じゃあ、私達なんのために訓練してたのよ!?」

「違うよ!アタイ達、あれと戦うためなんて考えてなかった!」

「え……えぇ?」

「……とりあえずここを出よう。離れたほうがいい、んだよな?」

「あ……ああ!」

 

 彼女の言葉に反論を反したのは、俺と同じく顔を青くしたネモだ。俺たちの反応にテルヒロも只事ではないことを理解してくれたようで、俺の手を掴んで確認してきた。

 俺は、頷いて全員連れ立って外へと急いだ。

 

「あ、司書さんも早く!」

「は、はい!」

 

 テルヒロは、同じく呆然としていた司書さんにも声をかける。司書さんは、テルヒロの言葉に我に返ったようで、道中、感謝の言葉を言っていた。

 

 *--

 

 図書館から出ると、なおさら街の混乱が見て取れた。振り向くと、WEがゆっくりと立ち上がっているところだった。

 眉間から伸びる真っ赤な角は、稲妻状にギザギザの形状で、その両脇から乱雑に枝を伸ばした歪な威容を示している。全身は黒く滑った光沢も相まって、見た目は骨だけの翼が生えた四足歩行――今は後ろ足で体を起こしているので二足歩行の体だが――のナマズのような姿だ。

 間抜けな姿に見えるが、"それ"を知っていれば、今の低レベルのプレイヤー――俺やネモのような――は恐怖に震えるしか無い。

 WEはかぱり、と口を開くと、その口内に稲光を放つどどめ色の光が灯る。あれは、確か周囲にも反動が有る……!

 

「伏せろ!……うわ」

 

 俺が叫ぶ前からニュウの頭を抑えて飛び伏せるネモ。俺が叫んだことでか、テルヒロが背中から覆い被さられて倒れ伏す俺。そういうことじゃないんだが!?もっと自分を大切にして……ち、近い近い……!

 俺が思わず硬直した数瞬後、"圧"が来た。

 ゴウ、と音がして風が巻き起こっているのが分かる。ガガガガ、となにか硬いものがぶつかる音と、衝撃。地面が揺れて、地震の最中に居る気分だ。

 体感で5分は軽く経って、ようやく落ち着いた。いや、実際に5分も攻撃続いたらクソゲーなのでそんなことはありえないんだが。確か、あの攻撃演出は3秒くらいだった気がする。

 

「ぐ、終わったか……?」

「……て、テルヒロ。重い……」

「あ、すまん」

 

 落ち着いたところで、とりあえずテルヒロをどかして、俺は立ち上がった。テルヒロが立ち上がると、ホコリや瓦礫がパラパラと音を微かに立ててこぼれて行く。

 周りの様相は、思っていたものよりもひどい状況だった。揺れと風で、周りが吹き飛ばされているのかと思っていたけど、周りの建物の影は意外に残っていた。影、といったのは、それが影しか見えないからだ。

 火の粉が舞う空間で、建物は骨組みを残して炎上している。NPCの一般人が逃げ惑い、叫び声と怒声が溢れている。炭のニオイが立ち込めて、周りが赤いのに血の匂いもしない。

 ……なんだろう。これ。

 目の前にはえぐれた地面。そこを、地響きを立てながらゆっくりとWEが通り過ぎていく。……何度見ても、ありえない光景に俺は目が離せない。

 

「シオ、あれはフユフトじゃないのか?」

 

 呆然としていると、背後からテルヒロが話しかけてきた。……ああ、そうだ。それを、話さないと。

 

「一番わかり易い説明だけするぞ。前提として、WEは"サーバーの番号"だけ角が生えてるんだ。だから、『フユフト』は角が5本生えていないといけないんだ」

「え……じゃあ、あれは……」

「第一サーバーのWE、『アイネト』だ」

 

 俺は、我に返るとテルヒロに向き直って改めて言った。俺は、ごくり、と1つツバを飲み込むと、テルヒロに向き直った。表情が硬直しているのが自分でも分かる。

 

「あれ(アイネト)は、想定外だ。俺の予定では、あれと戦うための準備はできてない。

 テルヒロ、ここは逃げよう。今なら、街から出られるはずだ」

 

 NPC達も街の門へと逃げている。本来、逃げられない戦闘では有るが、今アイネトは目の前を悠然と通り過ぎていった。俺たちはターゲットされていない。もしくは、元々のバトルフィールドの広場に行くまではノンアクティブなのかもしれない。

 少なくとも、アイネトから離れることができるようだ。で、あれば正面切って戦う必要はない。逃げなきゃ。

 しかし、テルヒロは身動き一つしない。何だ?

 

「シオ、WEが討伐できなかったら、その街はどうなるんだ?」

 

 え……?何を聞いてるんだ?俺は、テルヒロが真剣な表情で動く気配がないので、記憶を探ってとりあえず答えることにした。

 

「え、と……そうだな。確か、依頼を受けた一定期間、店売りアイテムが値上がりする。あとは、何人かNPCと会えなくなるな。もう一度クエスト始めれば復活するけど」

「そうか」

 

 とりあえず、WE討伐依頼が失敗した時のデメリットを話すと、テルヒロはくるりと踵(きびす)を返して俺に背を向けた。

 

「え、テルヒロ!?」

「……シオは、先に逃げてくれ」


 ――何、言ってんだこいつ。

 

「戦う気か!?無理だって言ってるじゃん!分かってるのか!?

 死んだら、死んじゃうんだぞ!」

 

 自分で何言ってるか、もうわからないくらいに、テルヒロを止める。だって、ここでテルヒロが死んだら、俺は何のためにここに来たんだ?わざわざ、死地に向かわせるつもりはないのに、話を聞いてくれない。

 ……どう、説得すればいいんだ?っていうか、何でこいつこんなにやる気なんだ!?

 

「テルヒロ!やめろよ!ここは逃げるんだよ!」

「ごめん、シオ。でも、ここで、見捨てたら」


 テルヒロは振り返って、俺を横目に見る。火事の炎の照り返しとか鎧のパーツとかで、上手く顔は見えなかったけど。

 困ったような、悲しそうな、この世界に来てから見てなかった、見たことのある顔。

 

「――お前を助けられなかったことに、なりそうだから。ごめんな」

 

 そう言って、一足飛びに黒煙と炎の中へ飛び込んでいった。

 

「……え?」

 

 俺は、その姿を呆然と見送るしかできなかった。テルヒロの言った言葉と、その姿に。

 理解が、追いつかなかった。

 テルヒロが言ったことは、何の話をシているのか。そして、テルヒロの消えていったその姿は、まさしくアクティブアビリティの【ショートレンジ・ダッシュ】を、低空ジャンプの状態から発動することでその移動距離を伸ばすチェーンコンボ。

 そう、チェーンコンボを発動して姿を消したのだ。俺は、テルヒロがアクティブアビリティを使っていることに、脳の処理が追いつかなかったのだ。

 

「ああ、もう!逃げたいなら、とっとと逃げなさいよ!テルヒロさんのこと見捨ててさ!

 ……テルヒロさん、待って!私も!」

「あっ、お姉ちゃん!?」

「ネモ!貴方はシオを連れて行きなさい!町の外で会いましょう!」

 

 俺が呆然と立ち尽くしていると、ニュウが苛立たし気に声を上げて、テルヒロの後を追って炎の壁の中に飛び込んでいった。

 そうして残されたのは、俺とネモだけだ。

 

「シオさん!なんとか、ならないのかな!?このままじゃ、お姉ちゃんも……!」


 ネモが、焦った口調で問いかけてくる。でも、俺の様子を見て口をつぐんだ。

 俺も、気づいた。俺の体の異常に。

 ――炎の壁の中を見つめて、思う。俺が、この世界に来た理由。何としてでも、テルヒロを助けたい。あいつがアイネトを追っていくなら、あいつが逃げられるように考えて、考えて、考えて、なんとか一緒に逃げ出して。

 でも、アイネトの強さを知っている。この、目の前の被害が、あいつの力の程を示していて。

 俺の膝は、面白いくらいにガクガクと震えていた。

 ……怖くて。足が、動かなくて。どうしても、テルヒロを、追うことが、できなかった。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 今回の話はコンボが話のテーマの一つになります。また、不明点があれば感想などで指摘していただければと思います。


 出番なくなったフユフト=サンは、今後出てくる予定は……ないです。姿は考えてはいるんですけどね。

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