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頼れる姉御

 宿をチェックアウトをすることなく、俺の部屋にテルヒロを、ネモの部屋にニュウを放り込んだ後、俺とネモは二人連れ立って冒険者ギルドへと向かった。

 ネモは、まだクランメンバーとして身請(みう)けされていないので、一人では出歩けない。外を出歩くなら、保護観察として俺かテルヒロの同伴が必要だったりする。システムの制約があるのか、自動的に他のNPCに止められるのかはわからないが。

 ちなみにこの状況は、ネモにとっても宿屋でずっと待機させられることもなくなった、ということで丁度良かったみたいだった。久々の都会、だったりするんだろうか?周囲の光景に、興味深そうにキョロキョロと視線を巡らせている。こういうところは年相応な感じがして微笑ましい。

 俺?俺は硬直した表情で前だけ見てますが、なにか。……テルヒロがいない、しかも俺だけじゃない状況って、なんか久々で緊張してるんだよ!悪いか!?

 フォウニーは、最初の街であるラカーマより、どちらかと言うと緑が多い街だ。乱暴な言い方をすれば田舎じみた風景と言っても良い。

 しかし、この(さび)れた街がゲームの中では第二の街であり、新しいコンテンツを開放する街なのだ。

 理由としては単純で、王都により近いからだ。一つネタバレをすると、これはメインシナリオの流れが関係している。

 プレイヤーはまず、ラカーマの近くのストーンヘンジに異世界からの訪問者としてやってくる。ちなみに、この時点でプレイヤーには目的がない。何故異世界に呼ばれたかの説明もない。

 全ての謎解き、つまり本当の意味でRBDのメインシナリオが始まるのは王都に入ってからであり、それまでは全てがチュートリアルのようなものなのだ。

 だから、まずは王都に近づくにつれて、順々にゲームの機能が開放されていく本筋にあまり影響のない話が展開されていく。

 フォウニーは、クランを設立し、登録するための場所なのだ。地理的には、王都の冒険者ギルド本部とつながるギリギリのラインに存在する。だからこそ、この寂れた街でもクランを立ち上げることができるのだ。

 ただし、この世界の住人から見れば、ただの田舎のひとつであることは変わりない。道中は市場こそ賑わっているものの、ラカーマほどの混雑もない。

 つまり逆に言えば、ここはクラン設立以外する必要のない街なので、必要最低限の環境しか用意されていない、というわけだ。

 実際、冒険者ギルドもラカーマよりひと回り小さい。中もガランとしており、絡んでくるような人間も見当たらない。

 実に、よろしい。

 さて、クランの設立担当はどこだろう?とキョロキョロあたりを見回していると、ネモがスタスタと受付の一つに直行した。

 

「クラン設立はここかい?」

 

 姉御モードで受付に話しかけるネモの姿の頼もしいこと。皆さん、どうですか?彼女、8歳児なんですよ。俺20歳超えてるんですよ。

 ……はぁ、情けねえ。そんな無力感を抱きつつ、ネモの後追いで受付にたどり着く俺。

 一応、ギルドの共通の間取りの関係上、3つ有る受付の内、ネモが選んだのはケモミミの生えたオジさんだった。シルバー系の色の髪をしたオールバックのダンディなオジ様だ。イケオジさんだ。耳の種類で動物の種別はつかないが、とりあえず狐系だと思います。

 ふんふん、ネモさんよ。貴方、こういうのが好みなのかい?

 

「ええ。こちらで受け付けておりますよ。

 しかし、この街でクランを立ち上げる方は久しぶりなので、手元に書類がなくてですね。今、取ってきますのでお待ちいただけますか?」

「ああ」

 

 ネモの要望に面食らったようではあるが、人懐こい笑みを崩さずに対応するイケオジさん。イケオジさんがカウンターの奥へと姿を消していくと、ネモがこちらを向いて親指を立てた。

 

「ここは任せて、ちょっと待っててな」

 

 頼りになるなぁ……。うーん、これは間違いなく姉御。俺は彼女の厚意に預かり、カウンターの対応をネモに任せてギルドに備え付けの掲示板へ向かった。

 ここにある依頼は、ラカーマと違って単純にクリアしてギルドで昇格できる類のものじゃない。次の街へ行くためには、決められた一部の依頼をこなすことで次の街に行く依頼が発生する。

 なぜなら、このギルドは田舎すぎて昇格できる環境がない……という設定なのだ。そう、つまり次の街には、ギルドランクの昇格のために向かうことになる。

 と、言うわけでキーになる依頼を見繕ってみるのだけど。俺は依頼書の貼られた掲示板を見て困惑の表情を浮かべざるを得なかった。


「うーん……?これしかないのか?」

 

 キーになる依頼が一件も見当たらないのだ。依頼がないわけではないが、張り出されている依頼書の裏に隠れているのか、と依頼書をめくってみたりもするが、そうでもない。

 どういうことだ……?

 と、依頼板を何度も見直していると、後ろから声がした。

 

「おぉん?なんで嬢ちゃんがこんなところにいるんだぁ?」

 

 聞き覚えがする声に思わず振り向いてみると、そこに居たのはラカーマで俺とテルヒロに絡んできた山賊もどき三人衆の一人だった。

 ……どこから湧いて出たんだよ!?お前ら、ラカーマのNPCじゃないのか!?

 

「おいおい、お前ら!あの嬢ちゃんがここに居るぞ!」

「うっひょー!こいつはラッキーだぜ」

「やっぱりテルヒロはついてこれてねえな、あの雑魚」

 

 山賊Aは仲間を呼び出した!マジか……!?

 あっという間に三人に囲まれる俺。全員が俺より身長も高いしガタイも良いものだから、囲まれると圧迫感がすごい。

 ヤバイ。怖い。

 

「一人だろ?俺達と狩りに行こうぜ」

「断る理由はないよなぁ?」

「ひっ」

 

 右腕を掴まれて、思わず引きつった声が漏れた。力づくで外に連れ出そうとしてくる。俺の力では、とても抵抗できない。

 やばい。怖い。視界が揺れてきた。怖い。助けて。

 照裕。

 

「――シオ!」

 

 声がして、気がつくと俺は。照弘の背に庇われて。あからさまに怒りの表情を湛えた山賊三人と照弘が、目の前で睨み合っていた。

 ……って、テルヒロ!?なんでここに!?俺は思わず声を上げようと顔を上げて、テルヒロの顔を見上げて、声をなくした。その顔は青く、まだ体調が万全のようには見えなかったのだ。

 そんな体調で、ここまで来たのか?

 

「チッ……なんでテメエもいるんだ?」

「どうでもいいだろ。シオに近づかないでくれ」

「テメエが口出す権利でもあんのかよ」


 今にも武器を抜きそうな敵意を、互いに向けている。このままだと殺傷沙汰になりそうだ。そうなれば、テルヒロに勝ち目があるのだろうか?

 ……ない。おそらく山賊三人衆は、それなりの手練だろう。装備が、この街に来たばかりの段階で揃えられないものを持っていることから、想像はつく。


「なぁ、テルヒロ……お前」

「シオ、下がってて。ここは俺が」


 不安そうに言葉を漏らした俺を、テルヒロが俺に顔を向けることなく手で抑えてきた。あくまで、俺を守ってくれるつもりのようだ。

 でも、いざとなれば俺も。

 

「おいおい、何の騒ぎだい?」

 

 そんな緊張に包まれた場に、何者かの声が差し込まれた。全員の目が、声の主へと向く。

 

「ネモ!」

「「「あ、姉御!?」」」

 

 ……え?

 ネモの姿を見て俺とテルヒロが名前を呼ぶと同時、山賊三人衆も驚いたように声を上げた。っていうか、姉御?マジで呼ばれてたのか。

 

「アん?……なんだ、ボングに、ホッソイとフティじゃねえか」

 

 え、お知り合いですか?

 思い出すように名前を並べるネモに、山賊三人衆は冷や汗を垂らして視線を合わせない。

 

「あ、姉御。なんでここに?」

「そりゃ、アタイのパーティが用があるからだ。な、シオ、テルヒロ」

 

 ネモがそう言って俺たちに近づいて、肩を組んだ。ネモを中心に、俺とテルヒロが肩を揃えているような、そんな様子に、山賊共は顎が外れんばかりに口を開いて。

 

「え……えぇぇぇえーーーーー!?あ、姉御のパーティなんですかい!?」

 

 と、大声で驚いた。ネモは、そんな大声に顔をしかめて嫌そうな顔をした。二日酔いに響いてるんですねわかります。実際、俺も(うるさ)くて、思わず耳をふさいだ。二日酔いだったら耐えられなかった。

 

「うるっせぇな!そうだよ!」

「そ、そうか。な、なぁ。姉御のメンバーじゃ、誘うわけには行かねぇな」

「そうだな。じゃ、じゃあ俺たちはこれで……」

「おう」

 

 ネモの登場で、山賊たちはすごすごと立ち去っていった。あまりにもあっさり逃げ出した山賊連中の背中を見送っていると、テルヒロが頭を抱えながらネモに尋ねた。

 やっぱり、二日酔いは継続中のようだ。それなら、あの大声は応えただろうな。ついでに、もし戦闘に入っていたらやっぱり不味かったのも間違いない。

 しかし、へたり込んで頭を抑えながらも、テルヒロは俺の思ってたものと同じ疑問をネモに尋ねた。

 

「ネモちゃん、ボングさん達と知り合い?」

「ああ。昔の山賊仲間だな。途中から、まっとうな冒険者になるって言って抜けてったんだけど、変わんねぇなアイツら。

 あと、"ちゃん"言うな」

 

 ついでに、あの三人衆が本当に山賊だったという衝撃の事実。……いや、衝撃でもないか。残当(ざんとう)と言っても良い気がする。三人縦列になって戦ってたりするんじゃないだろうな。

 

「……なんで、クランから抜けたんだ?」

「ん?ああ……」


 ネモは、痛いところを突かれた、と言うように顔を歪ませると、苦虫を噛んだような表情のまま口を開いた。


「あいつらな、"会話できる"だろ。ああいうNPCは、死んだら復活できねえし、死体も残るんだよ。雇っては使い捨てできるNPCだと思ってたから、結構最初はいたんだけどね。

 でも、他のNPC達にとっては、れっきとした同僚だろ?死体が出る度に、可能な限り持ち帰ってくるから、アタイも責任感じて埋葬とかしてやってたんだ。

 その内、だんだん入れ替えが増えてきてさ。あれはあれで居なくなったら寂しくなってきちまってね。手遅れにならないうちに何人かは追い出したんだ。

 ……それでも、って残った奴らも居たけど。それも、ラルドさんたちにやられちゃったけどね」

「え?でも、俺達が戦ったアジトの山賊は消えてたぞ?」

「あの時にアジトにいたのは、代わりに使ってたクランNPCだよ。そっちは召喚モンスターみたいなもんだし、話しかけても定型文しか話さないから、使い捨てても気にならなかったんだ」

 

 俺達よりも早くこの世界に降り立って、生活基盤を作った彼女たちは、俺達とは違って、どれだけのこの世界での別れを経験したのだろう。

 懐かしむように目を細める彼女の表情は、何かをこらえるようなものだった。

 

「――終わったことを思い出すと辛気臭くていけねぇや。クラン作りの準備できたってよ。

 テルヒロさんも居るならちょうどいいから、一緒に行こうぜ」

 

 しんみりした空気を振り払うように、ネモはそう言って笑った。

 ……中身がどうとかなんて、関係ないな。その気丈な姿は、まさしく"姉御"というあだ名に相応しい気がした。

 ご拝読・ブックマーク・評価・誤字報告にご感想、いつもありがとうございます。

 頭脳は子供、体は大人!その名は山賊首領ネモ!深く語るかわかりませんが、幼い頃から命のやり取りに触れすぎてしまったせいで、ネモちゃんはちょっとスレてしまっている部分があります。

 このあたりは閑話で用意するんじゃなくて、描写で読者の皆様に想像を喚起させることができたらな、と思っております。

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