帰還の標
想定外のゴタゴタを無事くぐり抜けることができて、心底ホッとした。タイミングよくネモがやってきてくれたのは、イケオジさんが書類を持ってきてくれたところで、ギルドの入り口で騒ぎがあったから、ネモはわざわざ様子を見に来てくれたそうだ。
なんでも、人が少ないこのギルドでは冒険者のいざこざが起こること自体が珍しいそうで。ネモの考えだと、今騒ぎが起きるなら俺絡みなのは間違いないと思ったそうだ。
うう、お手数おかけします姉御。
それはともかく、遂にクランの設立ができることになった。俺たちはギルドに戻り、改めて受付に向かう。デスクの向こうのイケオジさんから、クラン設立の書類を受け取る。
メンバーは、リーダーとしてテルヒロ。サブリーダーで俺。構成員見習いでネモとニュウだ。二人は、未だに犯罪者認定なので、どうせリーダー格にはなれないしな。
あ、無論筆記記入なので、イケオジさんに代筆お願いします。
「クランの名前は何にしましょう?」
「名前か……」
と、テルヒロが俺に顔を向けた。ああ、名前ねぇ。なんか、すっかり忘れてた。そりゃ必要だよな。確か、俺の時はクラン名は『ああああ』だったな。ネタにもなるし、どうせ一人だし……うっ、頭が。
ふと気がつくと、ネモからも俺に視線を向けられていた。
「「……任せる」」
……お、おう……。そうだと思った。
「じゃあ、『帰還の標』で」
そもそも、クランを作る目的はいくつかある。もちろん最優先は地球に帰ることだが、他の一つが「この世界で生き残っているプレイヤーを探す」ことだ。
忘れてはいけないのは、この世界に呼ばれたのは俺たちだけじゃない。おそらく、既に救出が間に合わなくてこの世界で死んだプレイヤーも居るはずだ。そして、それが地球で衰弱死したOE被害者であることも、おそらく間違いない。
また、もしこの世界がサーバー別に分かれていたとすれば、例え何千人という被害者がいたとしても、広大なワールドのあちこちに点在する街間を行き来しなければ、他のプレイヤーの存在を知らない被害者プレイヤー――それこそ、ネモやニュウのような――が居るはずだ。
彼らに、俺達の存在を伝えるために、わかり易い名前にするべきだと思っていたのだ。
と、言うことをイケオジさんが作業中に、名前の由来について目の前の二人に伝えると「なるほど」的な感じで二人して手を打つのだった。
……こいつら。マジで何も考えてなかったんじゃないか?ネモは、如何せん"生き残るため"にクランを作った経験があるので、他のプレイヤーへのアピールは想定外だったとしよう。
テルヒロの考えなしは、やっぱり何処かで矯正しないとダメか?
そうこうしているうちに、イケオジさんは書き込んだ書類を確認し終えると、傍にあった水晶玉に吸い込ませた。おお、すげえ。ファンタジーっぽい。
水晶玉が一瞬輝くと、バグ文字みたいな細かな文字が連々と並んだ。それを見て、イケオジさんはうむ、と頷いてこちらに向き直った。
「……お待たせしました。『帰還の標』の登録が完了しました。
これからのご活躍を期待しております」
良かった。何事もなく終わったか。
――ああ、そうだ。
「ごめん。俺、もうちょっとここに用事あるんだけど、テルヒロ、まだ時間ある?」
「ああ、いいぜ。ついていけばいいのか」
「うん。あ、ネモはもう自由行動で大丈夫だよ」
「お、そうなのか。じゃあ、ちょっと装備でも整えてくるかな」
ネモはそう言って、ギルドを出ていった。俺は、テルヒロの通訳を挟んで、イケオジさんに質問をした。目的は、アカウント倉庫だ。
しかし、イケオジさんは首をひねった。
「アカウント倉庫……?ギルド倉庫ではなく、ですか?存じませんな……」
ぐぐぐ。やはり駄目か。そりゃそうだよなぁ……。じゃあ、アイテムボックスのほうはどうだ?
「アイテムボックス……それはどういったものでしょうか」
えぇ……それもないのか?イケオジさんが困ったように眉を下げている姿に、俺は絶望を隠せない。やむを得ず、今後のスケジュールの変更を考えていると、テルヒロが不意に質問してきた。
「なぁ、アイテムボックスとか、アカウント倉庫ってなんだ?」
……あ、そういえばテルヒロにはその辺りは詳しく話してなかったな。俺は、かくかくしかじかと説明を始めた。――さっきまで、大手を振ってその内容をイケオジさんに尋ねていたテルヒロに、口にしていた内容の説明をするって変な感じだな。
まず、アイテムボックスはギルドメンバーカードを経由して、モンスタードロップを一時的に格納することしかできないインベントリを、所持者が好きに出し入れできるようになる倉庫として個人的に所持できるようにする機能だ。
一方のアカウント倉庫は、ゲームシステム的に、アイテムボックスを更に拡張したものだ。プレイヤーの使う他のキャラ、それこそサーバーを超えてアイテムの出し入れができる、2nd以降のキャラ、あるいは何らかの事情で別サーバーで一から開始する時に、キャラクターを楽に育てるためのシステム、という感じだ。
アカウント倉庫はアイテムボックスの上位互換のように見えるが、実際のところは諸々の制約がきつくて、到底アイテムボックスの代わりには使えない。
まず、格納できるアイテムについて。格納できるアイテムは、その種別こそ制約はないが、スタックできない上で10種類しか入れられない。
例えば、鉄の短剣2本と鉄の斧1本があったとしよう。アイテムボックスであれば、種別が同じものはスタックできるので、使うのは2枠になる。一方のアカウント倉庫では、各々に1枠を使うので、3枠を使用することになってしまうのだ。
それにアイテムの出し入れも面倒で、アイテムボックスと違ってアカウント倉庫対応の職員がいる冒険者ギルドでしか操作ができない。
基本的にはアカウント倉庫対応のギルド職員はそのままクラン専門のギルド職員なので、この街で話が聞けると思ったのだけど。
そこまで話したところで、なにか考えていたテルヒロが顔を上げた。
「シオ、それ、なにか別の名前とかあるんじゃないか?その、世界設定?みたいな」
その言葉に、ハッとした。そうか、確かにそうだ。
この世界の人間が、アカウントなんてシステムの名前を言って通じるか?ギルドメンバーは、冒険者ギルドと言う名前の建物があるから分かる。だがインベントリという単語も、イケオジさんはわざわざ『ギルド倉庫』と言っていた。
俺は、急いでARウィンドウからヘルプウィンドウを開く。――あった、これだ。
テルヒロに、冒険者倉庫と特別固有倉庫について尋ねてもらうように頼む。
「……ああ、それなら。少々お待ち下さいね」
イケオジさんはようやく合点がいった、と、にこやかに笑って再び奥へ引っ込んでいった。俺は、その様子にホッ、と息を吐いた。
よし、よし!仕組みがどうなっているかはわからんが、期待するものは存在しているようだ。これで手荷物がかなり楽になるな。特に食料とかを好きに持ち出せるのは大きい。
この街に来るまでの間、食料が馬車を圧迫していたのが記憶に新しい。アイテムボックスからはお金が自由に引き出せない、という問題こそ残るものの、手元が軽くなるのはありがたい。お金を預けるのは、アカウント倉庫側の方なのだ。
……ふと、頭をよぎる。そういえば、NPCはアイテムボックスを持てないんだろうか。いくらラカーマの街にいたとはいえ、名だたるクランである『新緑の眼』と『タイガーファング』の誰もアイテムボックスを持っていなかった。
NPCだから使えない?しかし、この世界は現実化しているし、こんな便利な機能、使わない手はないと思うのだけど。
イケオジさんが、書類片手に戻ってくる。
「お待たせしました。申請される方も珍しいので、すっかり書類が奥に引っ込んでおりまして」
「便利なのに申請しないんですか?」
「ええ。色々と条件もありますし、今は誰も使っておりませんからね」
気になる言葉に、思わず口を挟んでしまう。
「『シディム』さんも?」
「シディム?どなたでしょうか?」
……どうやら俺のアカウント名は、無いものとして扱われているようだ。まぁ、キャラクターではないしな。でも、ひょっとしたらひょっとするかもと思って尋ねてみたのだが。うーん、同じアカウントから『シオ』を作ったんだけどな。縁者です、とかなんとかで使えるかな、と期待していたのだ。何とも、残念だ。
何でも無いです、と手をふる俺を、笑顔ながらも首をひねって流したイケオジさんは、手元の書類を俺たちに差し出してきた。
「では、こちらの資料に目を通し、契約印をお願いいたします」
イケオジさんから渡された書類を見て、俺とテルヒロは絶句した。
「……開設に、1万G……、維持費に毎週5万G……?」
テルヒロが俺に驚愕の視線を向けるが、俺も首を振って答えるしかできない。
だって、知らない。俺、この設定知らないぞ。しかもこれ、アイテムボックス用の倉庫開設だけだから。アカウント開設に至ってはこの10倍だ。更に、どっちにしろマイホームの購入が必須条件。当然、初期費用はその分跳ね上がる。
なんだ、これ。なんだこれ!?……いや、待てよ?100,000……50,000……?
……あ!分かった。ふと、金額の単位を除外して、数字だけで考えて、俺は一つ納得する理由がひらめいた。
これ、課金だ。ボックスの拡張で使うリアルマネーだ。確か、アカウント倉庫の開設に100円かかったはずだ。
ついでに、アカウント倉庫の使用の際にセキュリティやら移行の手間が減るやらで勧められるRBDプレミアムアカウントは、月200円分のに課金しないといけなかったはずだ。ってことは、倉庫使うのにプレミアムアカウント登録の強制かよ。マジか。
ちなみに、アイテムボックスの開設で今要求されている10円相当は、本来アイテムボックスの拡張で必要な課金額だ。
アイテムボックスの容量は無限大ではない。ゲームを続けていけば、どうしても溢れる事も出てくる。その時、不足した容量を課金で拡張することができるのだ。
つまり、今はアイテムボックスは持っている状態だけど、容量が0になっているような状態なのか。アイテムボックス用の倉庫の維持費は――この世界がリアル化してしまった影響か何かだろうか。
意図せず、名うてのクランのメンバーがアイテムボックスを持ってない理由を知ったことで、俺達は書類を返却して、すごすごとギルドを出ることになったのだった。とほほ。
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プレイ無料は無料ではない。いいね?
私が昔プレイしていたMMORPGでは、5年目とかに突然、有料アイテムだった倉庫拡張アイテムがメインクエスト報酬に追加されたりしました。既にメインクエスト終わらせていると報酬がもらえないので、また一からキャラをつくらないといけなくなった記憶があります。
まぁ、ルートが決まった作業をやることは嫌いじゃないのでそこまで苦痛ではなかったですがね。モ○ハンとかも1stキャラでクエスト全部クリアしたら異性で1から始めてましたし。ずっと一人プレイだったので、異性防具も見たかったんですよ。
そういう話すると、だいたい変な目で見られます。他にも居ると思うんですけどね、そういうプレイする人。




