襲撃
『新緑の眼』:主に初心者のフォローをしているクラン
ラルド(盾斧使い・クランリーダー・一号車リーダー)
メシン(盾剣使い・回復役僧侶)
タイジュ(サポート役僧侶)
レグリンカ(狩人)
『タイガーファング』:攻撃特化のクラン
トネラコ(格闘家・リーダー・二号車リーダー)
ネブチ(大剣使い)
アミィ(魔法使い)
フィンス(魔法使い)
デネブ(盾斧使い・三号車リーダー)
その他:
キンカー(護衛依頼の依頼主)
それはボロボロの少女だった。
おそらく革鎧的な物を身に着けていたのであろう装備は、かろうじて胸当てを残す程度で、アンシンメトリカルな肩当ては半ばからばっさり切断され、逆の肩当てのない肩は袖が破れて丸出し、お腹も丸出し、下は左だけ足首までのズボンが残っているが、右は太もも半ばから破れてやはり丸出しだった。
更には体のあちこちに擦り傷や切り傷による出血が見られるそんな姿では色気を感じることもなく、痛々しさがあってとても「破れた服がエロい」なんていえない状態だ。
「シオ、敵は?」
「彼女を追っかけてきてる。数は6。テルヒロ、頼む!」
「応!みんな、敵だ!」
テルヒロの声に、テントの中から続々と他の冒険者が顔を出した。既に装備は整っており、いつでも戦闘を始められる状態だ。
戦闘開始の合図なんて、俺ができるわけないじゃないですか。たとえ緊急時でも、他人に声かけるとか無理ですわ。
「うわ、女の子!?襲われてるのか?」
「テルヒロ、敵は!?」
「わかりません。数は6だそうです!」
俺たちの元に真っ先に駆け付けたデネブさんは、詳しい情報を求めてテルヒロに尋ねるが、それを察知しているのは生憎、俺だ。
テルヒロが、伝聞であることを伝えて俺を見れば、それだけでデネブさんは俺が敵を察知したと気づいたようだ。
「この距離で判るのか!?やるなぁ!」
「ひゃ!?」
そう言って、ガシガシと乱暴に頭を撫でられた。敵の方を気にかけてた俺は、突然視界がぐわんぐわん揺れたので、思わず声を上げてしまった。
「やめんかィバカ者ォ!」
「ぐえー」
アミィさんがツッコミを入れてくれたのか、断末魔の声と共に、頭を押さえつけていた力が消えた。
「二号隊、速攻!あの女の子を守れ!」
「あいよ!」
一号車のリーダーであるラルドさんの号令とともに、二号車から飛び出たメンバーが助けを求めてきた女の子に向かって駆けだす。向かう目標は女の子――ではなく、その後ろから追いかけてくる不埒者共だ。追っかけている者を倒せば、必然女の子も守れるわけだしね。
既に追手の姿は見えている。闇夜に紛れて攻撃するつもりだろう、黒いマントで全身を覆って、その裾から伸びた手にはダガーやショートソードが握られている。
いかにもな山賊、盗賊の類だ。
「俺たちが前に出る。お前たちは後ろに下がっていろ」
ライズさんはそう言って俺たちの前に陣取ると、その両手に持った盾二つを構えて防御の体勢に入った。何という安心感!防御イズパワーだな。
テルヒロも、この面子の中では俺に次ぐ初心者だ。前衛組とはいえ、ライズさんにとっては守るべき対象なんだろう。
テルヒロは、そんなライズさんに対抗心を持つこともなく、飛び出そうとした足を止めて遠く離れた敵を見据えると、武器を構えて待機した。
こういうところ、大人だと思う。
俺は、【エネミーサーチ】をかけて周囲の状況を更新する。敵は変わらず6、女の子の後ろから追いかけてくる。
続いて【アナライズフォーカス】を発動。これは【鑑定眼】と【魔力操作】の取得で解禁される魔法だ。対象の状態を確認する魔法で、俺はこれで女の子の状態を調べた。
ひょっとしたら、この突発的な襲撃がイベントだとしたら、と考えたのだ。確か、この第二の街への護衛依頼は、ランダムで救助イベントが発生したはずだ。
ランダム要素があるので、遭遇した人はそう多くない。しかし、イベントの詳細を聞いて「遭遇したい」と言うプレイヤーは少なかった。盗賊は強いし、ドロップアイテムは渋いしで、ハズレイベントとして有名だったのだ。
なんでこう、失敗したくないタイミングでハズレを引いてしまうのか。解せぬ。
とは言えそうなると、イベントの達成条件は女の子の安全の確保、かつ盗賊の全滅。失敗条件は女の子の死亡、または自分の死亡だろう。
であれば、女の子の残HPを確認して、安全マージンを取らなければ。
二号車勢が女の子を通り過ぎて、襲い来る盗賊たちに襲い掛かる。これなら誤射もないだろう。俺は【アナライズフォーカス】を女の子を対象に発動した。
【ニュウ】(Player / 敵対行動中)
HP: 85/85
行動予約:スラッシュ → トネラコ
「!?――【ライティング】!」
反射的に、用意していた回復魔法をリセットし、即座に発動できる【雑学】【魔力操作】で発動できる魔法の灯りを女の子に向けて放った。
「いッ!?」
眼前で発動した灯りの魔法に、女の子が悲鳴を上げて蹲った。いきなり護衛対象だと思っていた女の子に攻撃を仕掛けた俺を、テルヒロとライズさんが驚いて目を瞠る。
「シオ、何してるんだ!?」
「魔法に失敗したのか?」
ライズさんは、俺が確信犯でやったことを見抜いているようだ。一方のテルヒロは、俺が魔法の目標指定に失敗したのか、と思ったらしい。失敬な。
俺が放った"灯りの魔法"は、NPC達が【生活魔法】と呼んでいる系統の魔法だ。俗にプレイヤー間で「香魔法」と呼ばれるフレーバーテキストのみの魔法で、リキャストタイムや発動までのラグが存在しない。しかも、適当に魔法系のアビリティを覚えていけば、勝手に増えていく魔法だった。
ゲーム内では「暗闇を照らす魔法。照らせる範囲は前方1畳分くらい。魔力を込めている間だけ光る球が作られる」と記載がある。実際にプレイヤーが使ってみる場合、目の前が見えないくらいの暗闇になる状況は状態異常か、洞窟の罠にかかった時くらいしかない。
つまり、そもそものプレイヤーの画面では、灯りの魔法を使うまでもなく最初から暗がりでありそうな場所でもハッキリと周囲が見えていたりするのだ。
これは、最初からではなくVersion2.0のアップデートからの仕様だ。最初期の仕様で、灯りの魔法を覚えないと暗がりが見えないことに文句を言った、魔法を一切使わない前衛ガチ勢の方々の、涙ぐましい抗議活動の結果である。
以降もバージョンアップの度にその種類を増やしていくことになる香魔法というジャンルは、そう言ったバージョンアップで存在価値をなくした魔法達なのだ。
しかし、『ReBuildier DImentions』が現実世界になった現在でも変わらなかった。
確かに、夜の闇程度であれば「何も見えない」などと言うこともない程度の視界が確保されている。暗がりを照らす程度のことで、わざわざ魔法を使うことはない。灯りの魔法は、この世界でも「香魔法」のままだった。それこそ、灯りの魔法に限って言えば、NPCすらまともに使っている姿を見ない程度には。
しかし、俺にとっての評価は一変している。
実際に発光する魔法の球を作るだけのこの魔法も、突然眼前に出せば目くらまし程度にはできる。魔法使いのアビリティ構成をしていれば自然と覚えるこの魔法は、ステータスポイントがカツカツな俺にとって、最も使い勝手のいい妨害手段になったのだ。
それを踏まえて、ライズさんにはサポートのつもりではなく攻撃手段として香魔法を放った意図を見抜いていたようだ。
俺は、ライズさんの方へ答えを返す。
「ライズさん、あの娘、盗賊の一味です!」
「何!?逃げて来たのか?」
「い、いえ、敵、です。トネラコさんが、狙われてました」
「なんだって!?」
ライズさんは、俺の行動に怒った様子もなく驚いた顔だったので、俺も吃りながらなんとか説明できた。
ライズさんが女の子へ意識を向けたところで、もう一つ重要な情報を、俺はテルヒロに説明をする。
「テルヒロ。あの娘、プレイヤーだ」
「えっ」
テルヒロは驚いて、俺と目を灼かれて蹲る女の子を交互に見た。
やがて、顔を引き締めてライズさんに口を開いた。
「ライズさん、あの女の子、知り合いかもしれません。捕まえる方向でも大丈夫ですか」
「む……わかった」
ライズさんは、二号隊の状態をちらり、と顔を向けて戦況を確認すると、テルヒロの言葉にあまり間を置くことなく答えた。
「フィーンス!その娘を捕縛しろ!敵の罠だ!」
「了解!」
二号隊で後衛側だったフィンスさんは、比較的女の子の傍に近かった。突然の命令でも素早く対応した彼は、その手から電光が伸ばした。
フィンスさんから放たれた電光の魔法は、蹲る女の子の胴体に直撃した。
「あぐっ!?」
その呻き声を最後に、女の子は横たわって動かなくなった。その容赦ない攻撃に、効率を感じるものの、ピクリともしなくなったその娘を見て、俺は顔を青くした。
……死んでないよな?
「おらァ!仕留めたァ!」
「これで終わりっ!」
いつの間にかデネブさんとアミィも攻撃に加わっていたおかげで、女の子の後ろから来ていた6人の盗賊は全部倒されていたようだ。
「シオ、他に敵は?」
テルヒロに聞かれた俺は、リキャストを待ってから【エネミーサーチ】を発動した。……お代わりがいるな。
「向こう、森の中に15人ほど。こちらを向いてる。弓か何か、遠距離攻撃持ってるかも。
これは斥候か、こっちの戦力の確認かな?……あっ」
話している内に、範囲ギリギリに見えていた盗賊の反応が消えた。撤退していったらしい。
「いなくなっちゃった。戦力が拮抗していた時の増援だったのかも。
伏兵もあっさりやられたから逃げたっぽい」
「なるほど」
テルヒロは、戦闘が終わったらしいことをライズさんに説明してくれた。俺はと言うと、電光の魔術で気絶した、プレイヤーの女の子が捕縛されるところを、ボーっと見ていた。
……イベントエネミーにプレイヤーが混じっている?どういう状況だ、これ?
戦闘は、少し俺の気を高ぶらせていたようだ。全てが終わって、肩の力が抜けると同時に、俺の中でようやくそんな疑問が沸き上がった。
イベントは、NPCしか起こせないはずだ。では、NPCに交じってプレイヤーが混じっている理由はなんだ?
そう、考え込んでいると、ツン、と鼻に突く生臭さがあった。何だ?と思ったら。
「いやー、思ったより歯応えなかったな」
「数も少なかったしな。楽勝楽勝」
戦闘が終わったことで、ビチャビチャと水っぽい音を立てて近づいてきたのは、二号車の面々とデネブさんだ。その身には、明らかに獣の物ではない血痕と、肉片がこびりついていて。
その手には首から落とされた頭がぶら下がっていた。
――そこで、ようやく相対していたのが、自分と同じ人間なのだと、今更ながら気づいた。
「……ヴぉえ」
俺は、むせ返るような血臭と視覚の暴力に、腹の底から何かがこみ上げてくる感覚に、呻き声を出して気絶した。
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冒険者が盗賊を倒しても、インベントリに入らないことについては理由があります。
ギルドがびっくりするからではありません。




