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第19.5話 男たちの宿命.


5日目の夜、特訓を終えた一同はくたくたになってそれぞれ部屋に戻って休んでいた。


部屋は男女で一部屋ずつ。フリートとアリーは寄りたいところがあると言っていたので先に帰ってゆっくりとくつろいでいた。元の世界では経験したことのない、と言うより経験するのが不可能なレベルのスパルタ教育によって疲れ切っていた。ロゼとソフィアによる身体のケアは、ほぼ万全と言ってもいい程なのだが、精神の方まではケアできず、平和な世界で育った銀次にはかなりこたえるものだった。


「そういえば、徹君はどうしているんだろうな?僕みたいに良い人に出会ってるといいけどな。あとは、できることなら平和な生活を送っててもらいたいな。」


異世界転移へと巻き込んで一緒に来てしまった少年の安否を気にする。だが、銀次も、これまで見て来た現実から、この世界でただただ平和に生きていくのは困難だということを知っていたので、儚い願望に過ぎないと言うことは自覚しているつもりだった。


しばらくだらけて寝転がっていると、廊下の方から何やら騒ぎ声が聞こえてくる。なんだか聞き覚えのあるような声が二つ段々と近づいてくるのがわかる。そして、声の主たちは、勢いよく扉を開けて大声で言った。


「見てみろよ、銀次。このチケットが目に入らぬか!」


いい歳をしたおじさんが騒ぎながら3枚の紙切れをひらひらと見せびらかしてくる。


「感謝しろよな、アリーと俺様でこいつを勝ち取ってやってきたんだぜ。」


「そんなにすごいものなのかい?」


「ああ、そりゃぁすごいとも!なんたって、街の中心街で行われてた腕相撲大会の優勝賞品だからな!俺とフリートで無双してきてやった。」


やってやったぜ、と言わんばかりの二人のドヤ顔。優勝賞品というところに少し期待を持たないこともない。


「そんなにしてまで手に入れた物っていったい何なんだい?」


「俺様がおしえてやろー...」

「大浴場への入浴券だ!」



「大・浴・場 だ !」


アリーが後ろからさらに追い討ちをかける。


「大浴場...つまり...お風呂ってことかい?お風呂に入るってことかい?」


銀次の問いかけに、アリーとフリートは、無言で親指を立てる。

いつもは静かな銀次も今回ばかりは声をあげて喜んだ。




なぜ、お風呂でこんなにも喜んでいるのかというと、この世界では、栄えている街ぐらいにしかお風呂がない。今までの街でも、浴室というものが存在せず、よくてシャワーがあるくらいだった。だが、ここ エウローパには大浴場が島の中心部に一つだけ設置されていた。だが、ここは周囲一帯を海に囲まれた島なので、当然水路を確保することもできない。そのため、創界術、水界などを主とした僅かな水力源で都市全体の水回りをどうにかしているのだった。その貴重な水を大量に必要とする大浴場の入浴券がどれだけの価値があるかはここにいる皆が知っていた。だが、銀次はそれだけだったらまだ声をあげなかっただろう。

その理由は、銀次が無頼のお風呂好きだったことにあった。


歴史研究家の彼は、研究のために実際に現地に行くことが多かったので、旅をする回数も多かった。そして、その旅先で楽しみにしていたことの一つは温泉巡りだった。そんな彼の生き甲斐の一つである 入浴 をこの異世界は奪っていたのだ。


今回の大浴場は、もちろん温泉ではないのだが、それでも、しばらく湯船に浸かる機会がなかった銀次にとっては声を出すほどの朗報であった。


「けど、三枚しかないんじゃ皆んなは無理だね...」


「それなら心配するな!女子たちにはまだ言ってない。2人には悪いがこのまま内緒にして今回は男だけでぱぁーっと行こう!」


風呂に入るだけなのにまるでこれから宴会でもやるのかと言うノリと言いかただ。



「誰に内緒でぱぁーっと行くのー?」


「誰にってそりゃあ...もちろ..ん...」


その呆れたような口調の声に振り向くと、そこには例のお二人が立っていた。


「お、お前ら、なんでこんなとこにいるんですか。」


あたふたしすぎてついつい敬語になってしまう最年長のアリー。



「ちょうど買い物行って帰ってきたとこなんだよ。そしたら、隣で騒いでたからちょっと見にきてみたの。」



そう言って買い物袋をアリーの眼前に突きつけた。


「あー買い物ね、買い物。そうかそうか、それはお疲れ様。はやく部屋でゆっくり休むといいよ。まだ二日間もあるんだから。」


アリーは、あからさまにはやく2人を遠ざけようとする。


「えー、そうするわ。3人がどこに行くのかにもよるけどね。」


不敵な笑みを浮かべる金髪少女は、まるで悪戯を仕掛ける悪魔のようだった。


観念した男どもは、事情と経緯を説明し、ついでに熱意を訴えた。だが、男の熱意は、効果を一切示さなかった。なぜなら、、、


「それなら私たちも持ってるよー。ほい、これでしょ?」


2枚の券を見せられ3人は唖然とする。よく確認してまだが、それは、紛れもなく大浴場への入浴券であった。


「買い物した時にキャンペーンで抽選やっててね、一等が当たってその景品がこれだったの。ほんとはスイーツバイキングが目当てだったんだけどね。」


女性陣は、さほど入浴券に惹かれなかったらしい。入浴券を勝ち取った男性陣とは打って変わって、二等を通り越して一等を当ててしまったことに敗北感を味わって帰ってきたようだった。




一行は、夕食を済ませると、すぐさま大浴場へと来た。入館しててばやく受付を済ませてタオルなどを受けるとそのまま脱衣所へ足を運ぶ。当然、混浴ではないためアリーは一応先に帰ってていいと伝えた。


「俺たちは多分ゆっくりと楽しんでくるからわざわざ待たなくていいからな。」


「はじめっからそのつもり。じゃあねっ。」



素っ気ない反応だなとも思ったが、それを遥かに超えるわくわくがすぐ目の前に来ていたのであまり気にはしなかった。



早速服を脱ぎ捨て湯船に飛び込みたいところだが、慌てず、ゆっくりと落ち着いて服を脱いで畳んで籠にしまう。それからまずは汚れを落とすために体を丁寧に洗う。ジャンプーやボディーソープは元いた世界のものとは似てはいるが中身や構造は少し違うみたいだった。おそらく、生産の過程で創界術を使用しているためであろう。あるいは科学技術の差も一つの要因かもしれない。ともあれ、それぞれ心身は清めた。汚れの一切を洗い流した。いよいよだ。いよいよ、入浴の時が来た。

全裸にタオルを装備した三人は、揃って湯船へ向かう。


最奥に構えるそれは、元の世界、日本ならどこにでもあろう普通の庶民的な、懐かしの湯船だった。その後ろの壁に描かれた絵の壮大さと場違いさに、銀次だけは違和感があったが、取り敢えず湯船に浸かる。温かさで身体が、心が休まっていくのがわかる。これが、お風呂だ。


三人は、無言で無心で安らぎを満喫していた。しばらくして、ようやく銀次が口を壁に描かれた見慣れない絵について問う。


「それは、いくつもの災厄から世界を救った伝説の()()() アスラン の絵だよ。これはその中の一つ、怒りに身を委ね殺戮を繰り広げた狂戦士バルサークとの戦いを描いたものだよ。」


確かに、言われたとおり、剣をかかげる勇者が怪物のような者を成敗しようとする絵に見えた。


「他にも、不死者の王を倒したとか、国の軍隊を一人で制圧したとか、さらには魔王サタンと退治して封印したって話まであるんだぜ。」


フリートが、珍しく人のことで目を輝かせながら英雄の偉大さを語る。それだけでも、よっぽどの凄さなのだと伝わってきた。


「俺様もいつか、彼の英雄 アスランのような最強の騎士になるんだ。だから、ヴラドなんかには負けてられねえんだよ。」


抑えきれない興奮を熱く語るその姿は、まるで幼い子供のようだった。まるで自分のことのように、英雄を絶賛する姿は、いつにも増して、生き生きとしており、その目は希望で溢れ輝いていた。

そんな無邪気な姿をみて、銀次は、少し勇気付けられた気がした。


思ったよりも長かったフリートの語らいが終わると、しばらくは無言でゆっくりと湯船に浸かっていた。


その沈黙は、アリーの問題発言によって破られた。


「さっきから考えてたんだが、壁の向こうから時々声が聞こえるよな。しかも、女の...ってことは...そういうことだよな、なぁ銀次。なぁフリート。」


いかにも今から犯罪を犯しますと自己主張しているかのようなその顔には、頭の中で描かれているであろう妄想が滲み出たかのような卑屈で下衆な笑みをしていた。

銀次も、薄々気づいてしまっていた。壁を一つ隔てた先にある楽園の存在に。否、女風呂(パラダイス)が在る事に。


「はやまってはダメだよ、二人とも。それは許されざる行為だ。決して踏み入れてはいけない領域だよ。」


「俺はまだ何も言ってねえぜ、銀次さんよ。ただ、隣に女風呂が在るんじゃないかと言っただけだぜ。それなのに、お前はもう覗く前提なんてとんだ変態野郎だな。」


はめらてた。と瞬時に悟った。最初っからこれを言いたいがための前振りだったのだ。だが不幸中の幸いだ。これだけ僕に言っておきながら行動に移す事は出来ないだろう。それを未然に食い止められただけで今回は良かったとしよう...


「けど、言われたからにはやるしかないですよね、アリー先輩。」


え?

フリートは、何を言っているんだ?


「ああ、せっかく銀次が提案してくれたんだ。やらないわけにはいかないだろう。それに、壁ってのは乗り越えるためにあるんだぜ」


「そんな、僕は提案だなんて。僕はそんな事はだめたとしか...」


「わかってるよ、それはフリだってことぐらい。」


前言撤回しよう。それは、不幸中の大不幸。最悪中の最悪の展開だ。止める事はおろか、その立案者の濡れ衣をかけられてしまったのだ。


そして、アリーのその薄汚い笑みは先にも増して外道になっていた。



そこからは、女湯を覗かんとするアリーとフリートとそれを止めよう必死になる銀次が、半ば乱闘状態になっていた。


だが、それもほんの僅かな抵抗にしかならなかった。それもそのはず。銀次一人の力では二人はおろか、片方一人だけでも手に余る力の差があるのだから。


二人は、自慢の脚力で、10メートル近くある壁を軽々と超えるようなジャンプで飛び越えた...かに見えたが、二人の行く先は、不可視の壁によって阻まれた。どうやら不逞の輩を、想定した上で結界を施していたらしい。



「くそ、そうきたか。」


勢いよく跳んだあまり相当な威力で結界にぶつかってしまい、そのダメージも大きかった。


「痛え、こいつはやられたぜ。まさか結界が張ってあるとはな。どうりで、無防備に見えたわけだぜ。」


見えざる壁の不意打ちに悔しがるフリート。アリーも同様に悔しがっていた。その様子を見て、銀次は思わず安堵のため息をこぼす。


「結界を壊す事はおそらく可能だが、そんなことをしたらこの浴場もろとも壊れちまうからな。今回は諦めるしかないのか。無念だ。なんとも、無念だ。」


「俺様たちの楽園はすぐそこにあるというのに、なのにあと一歩のところで届かないなんて。あの結界さえなくなれば...」


「だが俺たちが結界を壊す事はできない。結界だけを簡単に消せるような、魔法のような力があればな...それも、触れただけで結界消せてしまうような...っあれ、そんなことができるような...」


「「あれれ、こんなところにそれをできる人が」」


ついさっきもこんな落ちがあった気がするのだが...

と思うのもつかの間、すぐに逃げなければと切り替えて脳が命令を下すも、ニ対一。抵抗むなしくすぐさま捕まった。

そのまま抱きかかえられ、せーので結界の方へと投げられた。


多分結界を破るまで何度でもやらされるのであろうと考えた銀次は、あっさりと運命を受け入れた。

そして、女性陣への言い訳を考えては練り直し考える。だが、どれにしてもあまり上手く切り抜ける事はできないであろう。

いよいよ結界に迫る。覚悟を決めた銀次は、破壊の力で結界を破り、そのまま壁に少し足をぶつけてもつれながら壁をすべり地面にゴツゴツとしたアスファルトの地面に着地。


「ん?アスファルト?」


疑問を抱いた銀次は、意図せず周りを見てしまい、まずいと思い顔を下げようとしたが、周りには、無防備な女性たちの姿も楽園もなかった。

あるのは、まるで汚物を見るような冷たい眼差しをこちらへ向けている通行人だった。

どうやら、女湯の方とは逆の方に投げ飛ばされたらしい。


今度こそは本当に不幸中の幸い。僕を見る人たちは、それほどおらず、いても悲鳴をあげたりせずただ呆然と固まっていただけだったので、状況を把握される前に急いでその場を去った。


一方その頃、女性陣は、気ままに湯加減を楽しんでいた。


「なんだか外の方からガヤガヤと声が聞こえてこない?気のせー?」


お湯をパチャパチャとしながらソフィアに尋ねる。


「そう?気のせいじゃないかしら?」


ソフィアの方は特に気にもしなかった。思っていたよりも湯加減が良くて、気分が良かったので、他のことはどうでもよくなっていた。




その後、銀次たちは、店員に結界を壊してしまったことを謝罪しに行った。アリーとフリートも、一時のテンションに身を委ねて度を超えてしまったことに後になって深く反省していた。


そして三人は、この大浴場を出禁になった。





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