第一章 ゆとり教育のもたらす悲劇
第一章 ゆとり教育のもたらす悲劇
神様なんて、居ない。
奇跡は、起こらない。
それが、16年間生きてきた僕の答えだった。
どんなに頑張ったって、現実は変わらない。ずっとずっと、辛いまま。
この世界に生きる人間も、この世界にある全ての物も、何に対しても、興味が持てない。
――この世界は、ゴミだ。
「どうした源。そんな問題も解けんのか?」
その考えは、『世界で最も夢に近い場所』と呼ばれる朝霧学園に来ても、変わらなかった。
今も、黒板の問題を解けない女生徒相手に、教師が口やかましく注意する声が聞こえる。
……うんざりだ。
勉強が出来ない生徒を叱りつける教師も、その程度の問題を解けない少女も、その状況を眺めているクラスの全生徒も、みんなみんなゴミだ。
その時僕は、あまりにイライラしていたんだろう。
普段なら絶対にしないであろう、優等生の演技から外れた行動をつい、とってしまった。
「先生。僕が代わりに解きます」
「ん? 神無か……。いいだろう。解いてみろ」
席を立ち、黒板まで歩く。
申し訳無さそうに俯いた少女からチョークを受け取り、問題に向き合った。
この程度の問題……毎日、ちょっと予復習をしていれば簡単じゃないか。
「できました」
「うむ。正解だ。さすがだな、神無」
その、優等生を演じる僕に満足するような。
自分の行動にまったく非が無いと妄信している教師の顔に、僕は本気で頭にきた。
「お言葉ですが、先生。彼女が問題を解けなかったのは、先ほどの先生の説明が下手だったからです。あの公式は、式を羅列して説明するよりも、図に描いてイメージで教える方がよっぽど効率がいいでしょう。少しは生徒のことも考えた授業を行っては、いかがでしょうか?」
「なっ――!」
優等生である僕がそんなセリフを言うとは夢にも思わなかったのか、教師は絶句したまま固まってしまった。
……どうでもいい。どーせ、ここにいるのもあと少しだ。
固まる教師を無視し、席に戻る僕。
僕が席に座った後、どうしようかと教師と僕を見比べていた少女が、ようやく席に戻ったところでチャイムが鳴った。
「さっきは、ありがとね」
休み時間。
優等生を演じるべく次の授業の予習をしていた僕の席の隣に、さっきの少女が座って話しかけてきた。
「別にいいよ。気まぐれだから。次同じシーンになっても、助ける保証はゼロだ」
むしろ、面倒事を避けるためにスルーする可能性の方が高い。
「嘘だぁ~。絶対助けるタイプだって! えーっと……神無、君?」
「……神無紘」
「あたしは源ゆかり。よろしくぅ~!」
こんな風に慣れ慣れしくされるのは苦手だ。悪いが、早急に立ち去ってもらおう。
「源さん。悪いけど、僕は今、次の授業の予習で忙しいんだ」
「あ、『ゆかり』でいいよ~。あたし、自分の名前気に入ってるんだ~」
「……じゃあ、ゆかりさん。僕、今忙しいから――」
「いやん。呼び捨てで呼・ん・で?」
あ。イラッときた。
「それじゃあ、ゆかり。邪魔だから、どっか行け」
「急に扱いひどくなった!?」
しまった。つい本音の黒いセリフが。
でもまぁ、いいか。これで彼女も――
「~♪」
なんか鼻歌歌いながら防戦体勢だ!
ここから立ち去る気、全然無ぇ!
「……はぁ」
そこで僕は、初めて少女を――ゆかりを見た。
16歳よりもっと下に見えるような幼い顔立ち。片方だけ結んだ短めの髪。男子にしては小柄な僕より、さらに小さい華奢な体躯。にゃはは、と笑う笑顔は猫に似ているかもしれない。
「なによぅ。せっかく可愛い女の子がお喋りしてるのに、溜息? それって、健全な男子高校生として間違ってない?」
「可愛い女の子だと? そんな子がどこにいる?」
「うわ! 急に神無君が黒くなった~!」
「しまったな。この秘密を知られたからには、お前を生かしておくわけにはいかなくなった」
「そうなの!? 神無君が黒いのって、そんなに重要な機密事項なの!?」
「当然だ。僕が黒いことがバレると、教師からの風当たりが強くなったり、保護者から優遇されなくなったり、PTAを味方に付けられなくなったりする」
「あ、じゃあ別に大丈夫だね」
……うすうす気づいていたが、この子、相当僕との相性がよろしくないらしい。
「……はぁ。なんで僕のところになんか来るんだよ。お礼ならもういいぞ? 普通に女友達とお喋りしてろよ」
「うーん、と。ほら、まだこの学園に入学して一週間でしょ? あたし、遠くの中学から来たからまだ友達いなくて……」
両手の人差し指をつんつん突き合わせながら、上目遣いに僕を見るゆかり。
うっ……。確かにちょ~~~っとだけ、可愛いかもしれない。
「だからさ、神無君とお友達になりたいかな~って……」
「断る」
「即断!?」
「僕、友達は作らない主義なんだ。人間強度が下がるからね」
「あ! それ小説のネタでしょ? あたしも好きなんだ~」
「いや、ネットで見かけただけだ。元ネタとか知らない」
「でもでも、さっそく共通点が見つかったよ! 友達になれる可能性が上がったよ!」
「ああ、上がったな。マイナス3%くらい」
「わーい、やったー!」
ツッコミが来なかった!
そうか……この子、本当に……
「アホなんだな」
あ。しまった。また口が滑って本音が出てしまった。
「アホじゃないもんっ! ちょっと頭が弱いだけだもんっ!」
「頭が弱いのとアホは違うのか?」
「ええ!? 一緒なの!? じゃあ、えっと、んっと……」
なんか一生懸命考えてる……。
きっと、『頭が弱い』に変わるポジティブな単語を探しているんだろうが……相当時間かかりそうだぞ、これは。
それ以前に、彼女の語彙力で答えが見つかるかも怪しい。
「うんっと~。ええっと~」
なんか知らんが、目をぐるぐる回しながら考え続けるゆかり。
ふむ。『ゆかり』か……。
「『ゆとり』だな」
「へ?」
「そう、『ゆとり』だ。決してお前がアホなんじゃないぞ。全てはゆとり教育による悪影響が原因だ。お前はゆとりなんだから、仕方ない」
我ながら苦しいこじ付けではあったが、このまま休憩中、ずっと目の前で悩まれ続けるのも面倒だ。
さっさと答えを見つけてもらって、早々にご退場願うことにしよう。そう思っての発言だったのだが……些か安易で苦し過ぎたか。
「そ、そうだよね! 仕方ないよね! だってあたし、ゆとりだもん!」
全力で乗ってキター!
「ゆとり! ゆとり!」
なんか変な踊りまで踊り出した……。
まぁ、いいか。このまま口車に乗せて席に帰ってもらおう。
「そうだ! ゆとりは前を向いて歩くんだ! さぁ! 自分の帰るべき場所(自分の席)に向かって、真っ直ぐに進むんだ!」
「サー、イエッサー!」
そうしてゆかりは、真っ直ぐに自分の席へと戻って行った。
やれやれ。これでやっと僕も予習を――
……キーンコーンカーンコーン。
……授業、頑張ろ……。
「ゆとりのゆとりによるゆとりのための、友達作り!」
次の授業終了後、当然のようにゆかり……もとい、ゆとりが僕の席にやってきた。
「……はぁ」
「おやおや? 神無君、お疲れのようですね。それじゃあ、あたしと一緒に遊ぼー! おー!」
現在進行形で僕を疲れさせている原因が、さらに被害を拡大させようと躍起になっている。
しかし、これはアレだ。これ以上懐かれても面倒になるだけだ。
少々可哀想だが、この辺りでスパッと縁を切っておいたほうがいい。
「よし、分かった。それなら僕も、覚悟を決めようじゃないか!」
「ほんとに!? あたしと友達になってくれるの!?」
キラキラと目を輝かせてくるゆとり。しかし……僕は非情なのだ!
「ただし! 条件がある! さっきも言ったけど、僕は友達を作らない主義なんだ。だから、本当なら君とも友達になりたくない!」
「うぅ。ハッキリ言われると傷つくよぅ……」
「別に君に限った話じゃないんだから、気にするな。ということで、僕たちの意見は食い違った。そこで、どうだろう。何かゲームでもして、賭けないか?」
「賭け……?」
「そうだ。君が勝ったら、僕は君の友達になる。しかし! もし僕が勝った場合は、君は大人しく僕と友達になることを諦め、今後一切関わらないと約束すること!」
「う、うぅー! わ、わかったよ!」
馬鹿め。乗ってきたな。
これまで、伊達に優等生を演じてきた訳じゃない。常に勉強するフリをしてきたが、その実、ちゃんと勉強をしている時間だってあったのだ。
だから、この学園の入試も総合1位!
自分で言うのもなんだけど、この学園で僕以上の頭脳を持つ生徒はいないだろう。強いて言えば夕希くらいだが……それでも、少なくとも、このゆとり少女に負ける要素など何一つ無いッ!
「勝負の提案を僕がしたんだ。ゲーム内容は君に任せよう」
さぁ、よく考えるんだな!
もっとも、どんなゲームで勝負を挑まれても勝つ自信はある!
幼い頃より将棋・チェス・オセロ・囲碁・麻雀を嗜み、ジャンケンすら相手の一挙手一投足からの推理で負けたことはないッ!
そう、この勝負は受けた時点で貴様の負けだったのだ! なんたる孔明の罠!
「じゃあ、『フィーリングゲーム』で勝負だー!」
ゆとりは大して考えることもなく、勝負方法を決定した。
しかし……なんだそのゲーム。
「ルールは?」
「うんとねー、フィーリングの着いて行けなかった方の負け」
「意味が分からない! どういうことだ!?」
「じゃあ、あたしから行っくよー! 『夕方フローズン』!」
なんか始まった! まだ何も説明されてないのに!
「ちょっ、ま、え? どういうこと!? 結局、ルールもゲーム自体も全く理解してないんだけど!?」
「おやおや~? 神無君、ギブアップですかぁ~?」
ゆとりが楽しそうにニヤニヤ。
くっ……! アホの子の分際で、神童であるこの僕を馬鹿にしおってぇー!
「『曇り空アイスティー』!」
僕は、まったくルールが分からず、その場限りのテキトーな言葉を叫んだ。
悔しい……。まさか、こんな理不尽な勝負で負けるなんて――
「おお! すごいよ、神無君!」
なんかいい勝負になってるらしかった!
「じゃあ、あたしのターン! 『靴下フルフェイス』!」
……そうだ。僕は神童だった。
ならば、フィーリングだけで勝負した所で、こんなゆとりに負ける道理は無い!
「『眼鏡・ダークネス』……!」
「すごい! あたしに着いてくるなんてカリスマ!」
僕は自分の黒縁眼鏡を持ち上げながら、自信を持って宣言した。
もう迷わない! 僕は……僕のフィーリングを信じる!
「くっ……! ちょっと押され気味だよ! こうなったら――『ネイチャーパンティー』!」
「ぶっ!?」
こ、こいつ、うら若き乙女が何を大声で叫んでるんだ!?
振り返れば、教室にいたクラスメイトのみんながこっちを見ていた。うぅ……僕はあんまり目立ちたくないのに……。
「さあ! 神無君のターンだよ!」
「あ、う、ふゅ、『フューチャーパーティー』!」
「ええー。それはつまらないよぅ~」
しまった!
動揺したせいで、前の言葉に合いの手を入れる程度しか出来なかった!
「ふっふっふ……追い詰めたよ、神無君……」
「くそっ! あと少しだったのに……!」
これで僕は、敗北一歩手前まで追い詰められた!……らしい。
未だにルールがわからないから、どういう展開になってるのか、さっぱりわからないけど。
「トドメだよ、神無君……『力強いいわし』!」
「だからどうなってんだよ、このゲームのルール! 最早唯一の共通項だったカタカナ部分すら消えてるじゃねぇかよ! いわしが力強くても、そんなの知らねぇよっ!!」
僕は我慢できずにツッコんだ。
……いや、正直、かなり今さらだったけど。やっぱりおかしいよ、このゲーム! ワケ分からないよ!
「それは負け犬の雄叫びだね……」
ゆとり少女が切なげな眼差し……をしたいのであろう変な表情で、告げる。
それを言うなら『負け犬の遠吠え』だろう、と再度ツッコむ余裕は無い。
ここで切り返しに失敗したら、僕は負けるのだ。
……こんなゆとりに。
『負け犬の遠吠え』すらまともに使えない、アホの子に。
「――嫌だ」
僕は……こんなアホの子に、負けたくない――!!
「行くぞ! 僕のターン!」
僕は全てのフィーリングを総動員して言葉を考える。
ルールは分からない。
ゲームも分からない。
それでも、僕は僕を信じてる。きっと、ここからでも逆転できる――!
「……! 『負けないタオル』!!」
「っ!? そんな!? ここから逆転!?」
勝利を確信していたゆとり少女に、電流が走る。
ふぅ。ルールは分からなかったが、トドメと言いつつ『形容詞+名詞』で意外性のある組み合わせを言ってきたから、そういう言葉を返せば勝てると思ったのだ。
確信は無かったが、どうやら僕の推理は的中して――
「『負けないタオル』ってなに!? すごい! 欲しい!」
――いたわけでは、ないようだった。
あ、危なかった……。僕は本当に、たまたま、運だけで勝ったのか……。
「にゃははは! 神無君はやっぱり面白いねー」
負けたというのに、ゆとり少女は楽しげに笑っていた。
なんだよ。これじゃあ、ムキになっていた僕が馬鹿みたいじゃないか。
なにか不条理なものを感じていると、チャイムが鳴った。
「それじゃあ、神無君。また次の休憩にね~」
「ちょま!? おい、約束はどうした!?」
……どうやらゆとりには、都合の悪い記憶を削除する能力があるらしい。
「起立ー。気をつけー。礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
そして、廊下へダッシュ!
なんだかんだで、今日の午前中の休憩は、全てあのゆとりと過ごしてしまった。
いかん。
これは、非常によろしくない展開だ。
このままだと勝負の結果もうやむやにされたまま、なし崩し的に友達関係が成立してしまう可能性が高い。
「理不尽だ……」
昼休憩で戦場と化す購買に向かって走りながら、僕は今後の対策を考えていた。
ゆとりに、正論は通じない。
社会のルールも通じないし、常識も無い。
くそぉ……ゆとり教育め~……!
…………。
うん。まぁ、僕もゆとり教育なんだけどね。
しかし、このまま僕の希望が叶わないのは不本意だ。なにかクレバーな作戦でもって、彼女を納得させると共に僕の意見を通さないとな……。
走った甲斐あって、僕が購買に着いた時には、まだ数人の生徒しかいなかった。
僕はやきそばパンとハム卵サンド(どちらもこの購買の超人気メニューだ!)を買って、中庭に向かうことにする。
……教室に帰ると、またあのゆとりに絡まれそうな気がするしな……。
「ねー、今日はどこで食べるー?」
「保健室に行こうよ! 先生、お昼寂しいから一緒に食べる生徒探してたしー」
僕の隣を、同じ新入生であろう女生徒二人が、楽しそうに話しながら通り過ぎて行った。。
「…………」
友達って、なんだろう? と思う。
いつも一緒にいて、くだらない話をして、お昼を一緒に食べて……放課後も教室で駄弁ったり、部活をしたりして一緒に遊んでから帰る。
そういう間柄の人間を指すことは、なんとなく知っている。
でも、そんな人間関係に価値はあるんだろうか。
少なくとも僕は、休憩時間中の予習を邪魔されたり、意味もワケもわからないゲームに付き合わさなくちゃいけない関係の人間を、面倒としか感じられない。
「……擦れてるなぁ」
一人、呟いて苦笑した。
僕だって、昔はこんなじゃなかった。
数は少なかったけど、ちゃんと友達はいたし、友達と過ごす時間を苦痛にも感じていなかった。むしろ、いつも笑っていたような気がする。
そんな僕が変ったのはいつからだろう、と考えて、脳裏に優しい笑顔を浮かべる女の子の姿が浮かび――
「……~~~!」
僕は、頭を振って無理矢理思考を中断した。
……考えるな。もう、考えるな。
絶対に忘れてはいけない記憶。
二度と見られない笑顔。
叶えられない約束。
……考えなくていい。
ただ、事実だけ覚えておけばそれでいい。そうして、『在り得ない』幻想だと、ちゃんと受け入れよう。
「すー……はー……。すー……はー……」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
いくらなんでも、中庭のど真ん中で泣くわけにはいかない。こんな容姿でも、僕だって男の子なんだから。
「おしっ。それじゃあ昼メシ食いながら、ゆとり少女の対策でも考えますかー」
あえて独り言を言ってからパンの包みを破り、食事を開始した。
「もぐもぐ。うーん……。案その一、完全無視」
これまではなんだかんだで対応してきたが、彼女を空気のようにスルーし続けるというのはどうだろうか。いくらアホの子ゆとりとは言え、自分をまともに相手してくれない人間を好意的には思うまい。
そうすれば自然、彼女から僕と距離を置く結果になるだろう。それなら……。
「……駄目だな。結果はいいが、その過程が問題だ」
どう考えても、ゆとり少女が素直に引き下がるとは思えない。
ゆとりとは、自分を中心に世界が回っていると信じている人種だ。もし回っていなくても、自分を中心に無理矢理回そうとする人種でもある。
そんな少女を、僕が無視し続ければ――
「泣くな。絶対」
なんと単純で最強の攻撃か。『女の涙』。
性差別がどーのという発言を女性がするのをよくテレビで見るが……僕としては、女性の方が優遇されていると感じてしまう。
泣くだけで自分の希望が叶ったりするし。……いや、まあ、今回は特殊過ぎる例かもしれないけどさ。でも、総合的には絶対女性に生まれた方が得だと思う。結婚という名の『永久就職』とかもあるし。
「……と。僕の女性に生まれたかった願望は、とりあえず置いておいて」
一人で隣に物を置くジェスチャーをしつつ、思考を戻す。そうそう、どうやったらゆとりと距離をとれるか、だったか。
「うーん……。案その二、スケープゴート」
おっ。これは結構いいアイデアじゃないか?
身代わり作戦。
身代わりと言うと言葉から受けるイメージがよろしくないが、要するに、僕以上に相応しい友人をゆとりが作ればいい。そして、その新しい友達とゆとりを完璧に仲良くさせ、結果的に僕には平穏が訪れる、と。
「うむ! 我ながらナイスアイデア!」
さすが神童だぜ! と、心中で自画自賛したところで、はた、と気づく。
方針はそれでいいとして……どうやってあいつに友達を作らせるんだ?
自慢じゃないが、僕は友達の作り方なんて知らないぞ。だって、僕自身友達いないんだし。作ろうとしたこともないし。
それに……僕じゃなくてもあの性格――というか、あの『ゆとりっぷり』は正直、キツいぞ?
「……面倒くせぇ」
げんなりしながら呟いてみたが、現実は変らない。
ま、方針は決まったんだ。あとは臨機応変に行こう。あのゆとりを無理矢理にでも多くの人間と関わらせれば、一人くらいはピンと来る人間がいるだろう。
「放課後に部活巡りでもするか……」
ちょうど新入生を対象にした部活勧誘も流行ってるしな。
その過程で友達ができればそれでいいし、できなくてもなにか打ち込める部活が見つかれば、興味を僕から部活へ移せるかもしれない。
「うんうん。そうしよう、そうしよう」
食べ終わったパンの袋をゴミ箱に捨て、教室に戻る。
よし。そうと決まれば、さっそくあのゆとりに放課後の予定を――
「……!」
「おっと。すいませ――」
教室の出入り口で、中から出ようとしていた生徒と鉢合わせになってしまったようだ。
僕は優等生らしく咄嗟に謝ろうとして、
「…………」
……こっちを睨みつける、鋭い視線を浴びることになった。
「……夕希か。悪い。ちょっとボーっとしてた」
雪城夕希。その容姿を表現するなら、『今どきの女子高生』といった感じだ。
校則に違反しない程度の薄い化粧。少しだけ茶色がかった髪の毛は緩く巻いてある。制服は多少着崩し、スカートも短い。16歳にしてはそこそこ発育がいい方らしく、スタイルがいいので男子にも人気だ。
ただ……。
「…………」
この、殺気すら感じる釣り上がった目が、その魅力を半減……どころか、完全に打ち消していると言っても過言ではない。
クラスの男子は「ツンデレなんだよ! たまらん!」とか言っていたが、夕希がデレたところなど一度も見たことが無いぞ。デレないツンデレは、ただの感じが悪い愛想なし女じゃないのか。
「どいて」
簡潔に自分が伝えたいことだけを発声する夕希。
「あ、ああ……」
嘘みたいだろ……? これでも僕ら、つくし保育園もも組から12年間、ずっと同じクラスなんだぜ……?
小・中と、あまりクラス替えの無い学校だったとはいえ、軽い奇跡だ。
普通なら『幼なじみ』とか、『夫婦』とか、茶化されるイベントがあってもいいくらいなんだが……そんな気配は全く無い。仲が良かったのは、せいぜい小学生時代くらいだし。
「…………」
無言で僕の前を通り、廊下へ出て行く夕希。
……ま、今さらなんとも思わないけどね。
「……あの子」
「は?」
おっと、珍しい。
あの夕希が僕に話しかけてくるなんて。明日は雪なんじゃないでしょうか。
「今日、ずっとヒロに付きまとってる女の子。知り合いなの?」
「いや。ほら、授業中にちょっとだけ絡みがあっただろ? あれがきっかけで一方的に……ね。正直、迷惑してる」
他人の陰口を言うのは若干気が引けたが、僕もフラストレーションが溜まっていたし、相手が夕希だったのでつい本音が出てしまった。
「ふーん……。それにしては、随分楽しそうだったけど」
「そうか? まあ、久しぶりに同級生と会話したから……かな」
「……ヘンタイ」
「は?」
なんかいきなり罵倒された!
ていうか、会話の流れおかしくない!?
「いや、別にやましい気持ちは無い……ぞ?」
「ヒロ、ロリコンだったんだね。知らなかった」
「ちょっ!? おい! それだけは否定させろ! 僕はどっちかと言うと年上派で……って、おーい!」
不名誉な誤解をされたまま、夕希は去って行ってしまった。
ロリコンって……。
確かに、あのゆとり少女は僕より小柄で顔立ちも幼いけど、決して僕にそんな嗜好があるわけでは無いし、そもそも僕はあの少女にトキメいてすらいないんですが……。
弁解したかったが、どうやら夕希はトイレ……女子的に言うなら『お手洗い』に向かったらしいので、追うのはやめておいた方がいいだろう。追えば、絶対また変態扱いされるだろうし。
くそっ。あのゆとりと関わり出してから、ロクなことがない気がするぞ、僕!
早くスケープゴートを用意して、状況を打破しなければ……!
そんなことを考えながら教室に入り、自分の席に行くと、
「おなか、へった……」
行き倒れた屍が一つ。
「……もしもし? 大丈夫ですか?」
「…………」
返事がない。ただのゆとりのようだ。
……じゃなくて。
「お前、昼メシ食ってないのか? 体壊すぞ?」
「うぅ~! 神無君を待ってあげてたのに、そんな言い方ないでしょ!」
「いや、僕は普通にもう食べたし……」
「ええー! ひどいよ、神無君! お昼は一緒に食べるって、約束したでしょ!?」
「ええ!?」
そ、そうだった……か?
僕の記憶ではそんな約束はしていないと思うし、もしそんな約束を持ちかけられても、絶対に約束しないと思うんだけど……。
僕は、今日の朝から昼休憩前までの記憶を再検索するも……該当記憶はなし。検索結果はゼロだ。
「悪い、全然記憶に無い。僕が忘れていたようだから謝るけど……ちなみに、いつ約束したっけ?」
「お昼前の4時間目の授業中! ちゃんとテレパシー送ったもんっ!」
むむむむ~、と、その時とっていたらしいジェスチャーをするゆとり。
「そんな約束、守れるわけないだろ!? そもそも、そんなのは約束とも呼べないじゃないかっ!」
「仮にテレパシーが失敗していたとしても、友達がお昼ごはんを一緒に食べるのは、世界の常識なんだよ!」
「どんな世界の常識だ! 少なくとも、僕が存在する世界にそんな常識は存在しない!」
「あるもん! ゆとり憲法でちゃんと定めれれているんだから、破ったら罰ゲームだよ!」
超自己中心的な憲法が作成されていた!
「勝手に憲法作るな! しかも罰ゲームで償うのかよっ!」
「そうだよ! 神無君はこれから、あたしのことを『ゆとり神』として崇めるんだよ!」
「もはや罰『ゲーム』ですらねぇ!」
これだから頭の悪いやつ……特にゆとりは嫌なんだ。言語も、正論も、社会のルールも通じない。
……キーンコーンカーンコーン。
僕たちがぎゃあぎゃあ言い合っている内にチャイムが鳴り、「ほーら、席に着けー」と次の授業の社会科教師が入ってきた。
「あぅ~……。お昼ごはん、おあずけ……」
さっきまで元気良く僕と言い合っていたゆとりが、若干涙目になりながら小さな包みを持って席に戻っていく。その横顔は、心底悲しそうだ。
「…………」
さっき夕希に言われたのが原因か、なんか、あいつがすごく小さな子どもに見える。
その小さな子どもがお昼ごはんを食べれず、本当に悲しそうにしていて、それが僕のせいだというのは……ちょっと、いや、かなり気分が悪い。
……くそっ。本当にあのゆとりと関わり出してから、ロクなことがない!
「起立ー。礼ー」
「「「よろしくお願いしまーす」」」
「着席ー」
いつも通り、学級委員の号令で先生への挨拶をし、授業が始まろうとしたところで、
「先生」
僕は席を立って声を上げた。
「んー? どうした、神無―? 忘れ物でもしたかー?」
「いえ。えーっと……そこの彼女」
僕は、ゆとりを探して指差した。
僕からゆとりに絡むことが無かったから席を知らなかったんだけど……なんだ、僕の席の隣の列だったのか。
「どうやら体調が悪いみたいなので、保健室に連れて行きます」
「ふ、ふぇ?」
「おー、そうかー。それじゃあ、頼むなー」
空腹のせいか机に突っ伏していたゆとりが、突然のことに驚き体を起こした。……その仕草が、どうやら本当に体調が悪いように教師の目には映ったらしい。
「……ほら、行くぞ」
「え? え?」
未だ状況を理解していないゆとりを引っぱって教室の出口へ向かう。机の横にあるフックに掛けてあった、小さな包みをこっそり抱えながら。
「…………」
なにか視線を感じたので振り返ってみると、夕希がこっちを睨んでいた。……恐ぇ! 殺人鬼も真っ青の目つきだよ! 視線だけで人が殺せちゃいそうだよっ!
また僕のことをロリコンとか思って軽蔑しているんだろうか……。それは誤解なのに……。
そう。僕は決してロリコンなんかじゃない。
強いて言うなら――『偽善者』だ。
「保健室の先生は……いないみたいだな。好都合だ」
まあ、いたらいたで昼メシを抜いていたということを告げ、堂々と食べさせる予定だったけど。
えーっと、机は――って、すごい量の資料が載ってるな……。さすがに勝手にどかすのはマズイか。仕方ない。ベッドを使わせもらおう。
「それじゃあ、そのベッドにでも座れ」
僕はゆとりにそう告げるも……返事がない。
疑問に思って振り返ると、ベッドの横でなんか視線をキョロキョロしたり、落ち着かずそわそわしているゆとりが立っていた。
「え、えーっと……その、本当に?」
「? 当たり前だろ。なんのためにここまで来たと思ってるんだよ。あんな目立つようなマネまでして……僕はそういうの嫌いなんだぞ?」
清く、正しく、美しく。
地味で、真面目で、目立たない。
そんな優等生に、私は、なりたい。
「でもでも! やっぱりこういうのって順序が大切というか!」
「順序?」
ごはんの前にすること……お祈りか? でも偏見かもしれないが、こいつがキリスト教とかやってるようには見えないし……。……あ。手洗いか。
しかし、残念ながらうちの学園の保健室には水道が無い。ここから一番近い手洗いといっても結構距離があるし……そんな所までわざわざ行くのは面倒だろう。
「別にいいだろう、一回くらい」
「! な、なんてこと言うの神無君! その一回が、取り返しのつかないことになったりすることもあるんだよっ! 神無君は、もう少し真剣に物事を考えた方がいいよっ!」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
この神童かつ超絶優等生の僕が、こんなアホの子ゆとりに物事の考え方を注意されるなど、最大級の侮辱だ!
それに、一回食べる前に手を洗わなかったくらいで、深刻な事態に陥る可能性など皆無だろう。直前に汚れるような作業をしていたわけでもなし。僕なんて、優等生としての演技が必要だった時を除いて、メシの前に手洗いなど全然しないぞ。
「と、とにかく、ダメなものはダメなの! あ、違うよ!? 別に、絶対ダメとか、神無君じゃ嫌とか、そういうことじゃないよ!? むしろ、神無君とならゆくゆくは……」
なんか知らんが、大層慌てた様子で顔を赤くしながら、あぅあぅと説明を続けるゆとり。
こと、ここに至って、ようやく僕は二人の間でなにか話が噛み合っていないことに気づいた。
「~~……だからね! もうちょっとだけ時間をあたしに――」
「……待て、ゆとり。確認しておきたいんだが、これからお前は昼メシを食べるんだ。それは、分かってるよな?」
「……へ?」
ピタリ。
今まで散々、わーわーと腕を振り回しながら喋り続けていたゆとり少女が完全停止する。
「そのために、順序として、手洗いが必要だと。お前が主張したいのはそういうことだと僕は認識しているのだが……それは合っているか?」
僕は、ゆとりの机からこっそり持ってきていた弁当袋を見せる。
1、2、3……。
ゆとりが固まったまま、緩やかに時間が過ぎ去っていく。
そうして、たっぷり10秒ほど過ぎ去った頃。
「ウ、ウン……。ソウダネ。手洗イハ、大切ダヨネ」
めちゃくちゃ演技が下手だった!
勘違いしてましたオーラ、バリバリだった!
「お前な~……どうりで話が通じないと思った。一体、なんだと思ってたんだよ……?」
「はにゃっ!」
カーッ、とゆとりの顔が真っ赤になる。
さっき説明してる時も赤かったけど、今はそれ以上だ。……だ、大丈夫なのか? 40度くらいの熱が出てもこんなに真っ赤にはならないんじゃ……。
「お、おい。大丈夫か?」
「っ!? だ、大丈夫! 大丈夫!」
心配になった僕が熱を測ろうとゆとりの額に手を伸ばすと、猫のように素早い動きでベッドの奥に移動した。
「ちゃ、ちゃんとお昼ごはんの話だってわかってたよ!」
「嘘つけ……」
「ほ、ほんとだもん! ちゃんと、わかってたもんっ!」
「その割には、僕とならどうとか言っていたけど……」
「はうっ!」
「僕はもう昼メシ食ったって言ったよな? 一体僕となにを……」
「ち、違うよ!? ちゃんとお昼ごはんの話で――そ、そう! 神無君、食べさせて!」
「どさくさで苦し紛れになに言ってるんだ!?」
「お、女の子に恥をかかせた罰だよ! ちゃんと責任とってよねっ!」
「理不尽だ……」
なんで僕が。
お弁当をあーん、って女の子が男にするもんじゃなかったのか。
「うぅ~!」
「…………」
いろいろと言いたい文句も正論も山ほどあったが、なんか、言える雰囲気ではなかった。本当になにを勘違いしていたんだ、このゆとり娘は……。
仕方なく弁当の包みを解き、蓋を開ける。
「……小さな弁当だな。こんなんで足りるのか?」
「十分だよ。女の子は『しょーしょく』なのです」
僕の両手に納まるくらいのサイズの弁当箱には、ごはんに玉子焼き、ウィンナーにミートボール、ポテトサラダ、レタスにプチトマトがほんの少しずつ入っていた。僕だったら三口くらいで完食できる量だと言えば、どのくらい少量かわかるだろうか。
「……はぁ」
「む。保健室で、可愛い女の子と一緒にお弁当タイム。しかも『あーん』のサービス付きなのに、どうしてため息が出るのかな? かな?」
「サービスするのは僕の方ですけどねぇ!」
なにが悲しくて、高校生女子にお弁当を食べさせてやらにゃならんのだ。
そんなことに愉悦を感じる人間がいるのなら、是非ともその心中をお聞きしたい。絶対に否定してやるけど!
このまま粘っていても仕方がないので、諦めと共に箸で玉子焼きをつまみ上げた。
「ほれ、あーん」
「えー。最初はウィンナーがい~い~!」
あ。イラっと来た。
「……ぱくっ」
「あーーー! あたしの玉子焼きがーーー!!」
「ワガママばっかり言う罰だ。今後、文句ばかり言うようなら弁当は全部僕が食べてやるからな。それか、ちゃんと自分で食べろ」
「ううー! わ、わかったよぅ。神無君のいじわる……」
誰が意地悪だ。悪態をつきつつも、ちゃんと次にウィンナーをつまみ上げている僕を褒めてほしいくらいだ。……うん。まぁ、確かに玉子焼きを食ったのは、少し悪かったかもしれないけどさ。でも玉子焼きは2つあるし、セーフだろ。……っていうか……
「うげぇ~……甘ぇ……」
想像を絶するほど甘い玉子焼きだった!
「へへ~。おいしい? あたしの自信作なんだよ?」
「なんで玉子焼きが甘いんだよ……。み、水……」
「ええー。玉子焼きって言ったら砂糖で甘く作るでしょー? この、お菓子みたいに甘いのがいいんだよね~」
「いいや、玉子焼きは絶対に醤油派だ。ネギとか混ぜたら、なお良し。甘い玉子焼きなんて信じられねぇ……」
「イヤー! 玉子焼きに異物を混ぜるなんて、悪魔の所業よー!」
「『げへへへ……。玉子焼き王国は我輩のものだー!』」
「『いやー! 誰か助けてー!』」
その後も下らない玉子焼きトークをわいわいしながら、弁当の中身を拾ってはゆとり少女の口に運ぶ作業を続けた。
そうして、弁当の中身が空になった頃。
ようやく僕は、例の作戦を実行するため動き始めた。
「ところで、メアリー」
「なんだい、ジャック?」
適当にネタを振ってみたら、切り替えしてきやがった。
……ゆとりのくせに。
「今日の放課後は暇かい?」
「オー、ワタシ、ニホンゴ、ワカラナイネー」
「そうか。じゃあ、仕方ないな」
「冗談よ、ジャック! わたし、いつでも通信販売できるわ!」
「そうかい、メアリー! 安心したよ! それじゃあ、これからは一人でこの番組を盛り上げていってくれ!」
「イヤ! 見捨てないで、ジャック! わたしも一緒に連れて行って!」
「ごめんよ、メアリー……。やっぱりボクは、ジェシファーと一緒に通販をしていきたいんだ……」
「そ、そんな……。わたしのことは、遊びだったのねー!」
「キミはボクのことを忘れて、仕事に生きてくれ……」
「ジャーーーック!!」
……ネタの流れで、『友達になりたくない』という旨をなんとなく伝えてみたかったのだが……。
「う、ううぅ~~~。ひどいよ、ジャック……」
マジ泣きしていた!
「なんか、すまんかった……。ということで、放課後、部活巡り……もとい、一緒に遊ばないか?」
「……遊、ぶ?」
よし。言い直して正解だったようだな。『遊ぶ』という単語に、見事に反応してくれたぜ!
「う、うん! 神無君と一緒に遊ぶー!」
ぱあっ、と笑顔を輝かせ、元気に起き上がるゆとり。
そんな顔をされると、こいつと縁を切るための作戦で動いている自分に、少しだけ罪悪感を覚えてしまった。
「お前はなにか興味のある部活あるか?」
「うーんと、ね……。えっと……」
両手の人差し指をつんつん突き合わせながら、目を逸らすゆとり。
入りたい部活はあるが、なにか言えない事情でもあるのだろうか?
まぁ、いいさ。興味のある部活があるなら、片っ端から体験していけばいつか当たるだろう。その時に思いっきり勧めて、入部させてしまえばそれでいい。
そうして、入部した部活でこのゆとり少女に友達ができれば最高だし、もしできなくても、普通に興味のある部活を部員と楽しめたら、それもまた良し。
そこまで行けば、僕もようやくこの『ゆとり地獄』から解放だ。
「うし。ま、放課後、いろいろ見て回ろうぜ」
「うん! 約束だよ!」
にゃはは、とゆとり少女はいつもの笑顔を浮かべた。
放課後。
結局、昼からの1時間は授業をサボってしまった。いろいろ問題も起こったし、部活についてあれこれ話しているうちに大分時間が経ってしまい、中途半端な時間になってしまっていたからだ。ああ……優等生の印象が……。
「どうしたの、神無君! これから遊ぶっていうのに、元気がないよー?」
教師達の印象が悪くなってしまい、テンションだだ下がりの僕の隣で、ゆとり少女が本日一番の笑顔を浮かべていた。なにがそんなに楽しいのかねぇ……。
まあ、これでゆとりに付き合うのも最後だ。授業を欠席したことについても、「彼女の具合が悪く、保健室の先生もいなかったので……」と説明しておいたので、そこまでの痛手にはなるまい。
となれば、これからの部活巡りに全力を注ぐのみだ!
「いや、問題ない。さて、どこから回る?」
僕たちは現在、スニーカーに履き替えて外に出ている。
意外なことに、このゆとりが外で行う部活に興味を示したからだ。……いや、こいつが部屋で大人しく作業をしているところなんて想像できないし、そういう意味ではイメージ通りか。
「おっと、神無君! あちらに見えるのはサッカー部じゃないかな! かな!」
「そうだな。ゴールを狙ってサッカーボールを蹴るテニスの可能性は低いだろう」
「えっ!? そんなテニスがあるの!?」
ねーよ。
……ともあれ。
「お前、サッカーとか得意なのか?」
「ううん。やったことない。でも、きっと出来るよ! だってあたしの友達はずっと、『愛』と『勇気』だけだったからねっ!」
「うん。サッカーのセンスを全く感じられないな」
それを言うなら、『ボールは友達』だろう。
「うー! でもでも、きっと出来るもん! あたしに出来ないことなんて、この世には存在しないよっ!」
「出たっ! ゆとり的発言! その根拠の無い自信はゆとりの象徴だな!」
「えへっ。ゆとっちゃった~」
「『ゆとり』を動詞として使うな!」
どんな状況だ、『ゆとる』。
確かにこのゆとりは、しょっちゅう『ゆとって』そうだけど。
「まあ、自信があるなら、やってみればいいんじゃないか? ……と。すいません、サッカー部の体験入部をしてみたいんですけど――」
僕はその辺にいたサッカー部の先輩らしき人に話しかけてみた。
ちょうどサッカー部も部員を募集中らしく、入学生は軽いミニゲームや、フリーキックに参加させてもらえるようだ。
「……ゲームは長くなりそうだし、とりあえずフリーキックをさせてもらおう。いいか?」
「うんっ。がんばる!」
おお。ゆとりの瞳に炎が見える!
「って、あれ? 入部希望者ってそっちの女の子なの?」
さっき話しかけた先輩だ。
そうか。僕が話しかけたから、勘違いしちゃったのか。
「誤解を与えてしまったみたいで、すいません。部活を探しているのはこっちの彼女で、僕は付き添いです」
「えー! 神無君も一緒にやろうよ!」
ゆとり少女が露骨にガッカリした声を上げる。
「あー……。ほら、見ての通り、僕、体力ある方じゃないしさ。そんなにスポーツや運動が好きじゃないんだよ」
「何事も挑戦だよ! 頑張って努力してる内に好きになったり、得意になったりすることもあるんだよっ!」
「うーん……。ま、気が向いたら参加させてもらうよ」
……嘘はついてないよな。
たとえ『気が向くことが絶対に無くても』、その言葉は、嘘じゃない。
「う~。じゃあ、あたしの華麗なサッカースキルを見て、サッカーをしたくさせてあげちゃうからねっ!」
「おー。頑張れー」
どんな好プレーを見せられてもやる気は出ないと思うがな。
「そうか……。そっちの女の子だったのか……」
「?」
なにやら先程の先輩さんが、なんとも言えないような苦い表情で考え事をされている。
うーん。男の部員が欲しかったのかな。
「すいません。どうせ数回ボール蹴らしてもらったら飽きると思うんで、少しだけ付き合ってもらってもよろしいでしょうか?」
優等生の営業スマイルで苦笑しながらお願いをすると、その先輩も素の苦笑いで引き受けてくれた。
「よーし、いっくよー!」
先輩と話をしている間に準備をしていたのか、ゴール前にはすでにスタンバイ状態のゆとり。
ゴールには、部の正式キーパーが待機。
どうやら、新入部員の力試しも兼ねているらしい。
「とりゃぁぁああ! 『サイクロン・トルネード・ハリケーン・シュート』!!」
「どんだけ台風好きなんだよ! シュートの威力に台風関係ないだろっ!!」
たまらずツッコミを入れた僕の前でゆとりは……盛大にひっくり返っていた。
…………。
止まる時間。
やたら賑やかに聞こえる陸上部の声。
野球部のバッティング音。
ゆっくりと起き上がるゆとり。
そして、
「『サイクロン・トルネード――」
「無かったことにしやがった!!」
これはエンドレスに繰り返しネタの予感しかしなかったので、早々にゆとりを回収し、サッカー部を後にした。
「でーきーるーのー! あたしに不可能は、な―いーのー!」
僕に引きずられながら、『イヤイヤ』と駄々をこねるアホの子を、サッカー部の先輩方も苦笑と共に見送ってくれた。
「お前、運動神経ないだろう」
「ぶー! そんなことないもんっ。あたしにできないことなんて、ないんだもんっ」
あまりにも居心地が悪かったので、サッカー部が見えなくなる辺りまでグラウンドを移動し、近くの階段をベンチ代わりにして休む僕たち。
「しかし、僕以上の運動音痴っぷりだったぞ。さすがの僕もシュートでこけたことなんてないし」
「久々に運動したから、ちょっと足がもつれちゃったんだよ! あたしの本当の力はあんなもんじゃないんだよ!」
……どうだか。
しかしこのゆとり、いろんなことに興味を持つのはいい事だが、運動神経も悪いとなると、部活動で充実した日々を送るのは難しいかもしれない。ということはやはり、部活動を通じて友達を作る方向で考えないとな……。
『ゆとり地獄解放記念日』を本日に制定すべく、必死に思考を続ける僕。
……と、ゆとりがなにやら遠くを眺めているのに気がついた。
「……?」
ゆとり少女が見ているのは、グラウンドの隣にある建物――格技場だ。
そういえば、格闘技系の部活もあるんだった。『運動部』という縛りで、ついついグラウンド関係の部活ばかり考えていたが、格闘技系の部活だって運動部か。
「なんだ。格技系の部活に興味があるのか?」
「ふぇ!? えーっとね、そんなことはなくて……!」
あわあわ、と言い訳をしてくるが、どう見ても『格技場に行きたいオーラ』バリバリだ。
なんだ? やってみたいなら、いつもみたく素直に自分の気持ちを言えばいいのに。こんな風に自分の気持ちを隠すなんて初めてじゃないか? ……まあ、隠せてないんだけど。
「……せっかく近くまで来たんだし、のぞいていこうぜ。別にそれで嫌なら他のとこ行けばいいし」
「う……うん」
妙に歯切れの悪いゆとりを引き連れながら、格技場まで移動。
……ふむ。板張りの看板(?)で『格技場』と書かれてると、なんか、めちゃくちゃ厳しい部活のイメージがあるな。
……なんて思っていると。
「第一回☆新入生歓迎王様ゲーム~!」
「「「わ~!」」」
格技場内から、看板に相応しくない会話が聞こえてきた。
「うん。この部活、お前にぴったりだよ」
「なんでいきなり!? その優しげな微笑はなに!?」
だって、どう考えても真面目な部活じゃないし。
板張りになっている場内に入ると、二つの部活が活動(片方は王様ゲーム)をしていた。
一つは、入ってすぐの板張りの方を使っている剣道部。
もう一つは、向かって右手の畳を敷いてあるスペースを使っている柔道部。
ちなみに、王様ゲームをして遊んでいるのは剣道部の方だった。
「剣道部に入るのが、いいんじゃないかな?」
「なんでさっきからそんな優しい笑みなの!?」
「キミに、ぴったりの部活だと思うんだ!」
「……なんでかは分からないけど、とても不本意な感じがしたよ……」
ゆとりに入らせる部活は決まった。この剣道部だ。
似たようなテンションの奴らが多そうだし、多少運動ができなくても許されそうだ。
「確かにあたし、剣道二段持ってるけど……」
「おお!」
意外だ。
まさかゆとり少女にそんな取り柄があったなんて!
「じゃあ、もう入るしかないじゃん! 絶対に入るべきだって!」
そして、僕を解放するべきだって!
「え。う、うーん……あたしも、入りたいんだけど……」
両手の人差し指、つんつん。
どうやら困った時にする癖らしいな。
しかし、なにか問題があるんだろうか。この場合、ゆとり少女本人が望めば、他に問題はないと思うんだけど――
「ありゃ。また来たのかー」
入り口辺りで話していた僕らの背中から、誰かが話しかけてきた。
振り返ると、剣道着姿の女性。その身のこなしと態度で、なんとなく上級生かな? と思った。
「あー。すいません。この子が剣道部に入りたいって言ってるんですけど……」
「ふぇ!? あたしは……!」
もう、このまま勢いで入部させてしまおう。そうしよう。
「んー。この前も来たわよねー、あなた……」
女性が苦笑しながらゆとり少女に話しかける。
「え? 以前にもこいつ、ここへ来たんですか?」
「そうなのよ。わたしはこの剣道部の主将なの。その子は入学式当日にこの部活を見学に来て、そのまま入部したいって言ってくれたんだよねー」
「そうだったんですか? あれ、じゃあなんで――」
「どいて」
入り口で会話を続けていた僕の背後から、ゾッとするような声が聞こえた。
……いや、本人に言わせれば普通だと言うだろうし、実際他の人にも普通に聞こえるのかもしれないが……僕にとってはゾッとするような状況だ。なんせ、あの夕希さんが背後に居るんだから。
「あ、わ、悪い……」
慌てて道をあける僕の目の前を竹刀袋を担いだ夕希が通り過ぎ、道場へ入っていった。
「あの、今の……」
「ああ、雪城さん? 彼女も入学式当日に見学に来て入部してくれたのよ。新入部員の中でも、期待のルーキーね!」
そうだった。夕希は小さい頃からずっと剣道をしていて、中学時代では全国制覇も成し遂げていたはずだ。確かにそれなら、高校でも剣道部に入部している可能性は高い。
それを予測できなかったなんて……僕の馬鹿!
うぅ……一刻も早くここから遠ざかりたい。
「というわけで、この子、入部させてやってもらえませんかね?」
可及的速やかに用件を済ませてこの場を立ち去るために、さっさと話を進めてみたのだが……
「うーん。なんて言っていいのか……」
主将の返事はあまり良好ではなかった。
「? なにか問題でもあるんですか?」
「えっと……言いづらいんだけど、朝霧学園って『力』重視の学校じゃない?」
『世界で最も夢に近い場所』――朝霧学園。
ここで叶わない願いなど無い、と断言しても過言ではない。
実力のある希望者には『特別カリキュラム』として授業が午前中しかないプログラムも受けられるし、プロスポーツ選手を目指す学生には、部活の必要経費を全て学園側がフォローするシステムも存在する。
極めつけは、あの――【幻想世界】。
「まあ……知ってますけど」
「その子、さ……。入試の成績が著しく悪かったんだよねー」
主将が苦い顔で言ってくる。
……入試の成績が悪かった?
確かに学力や運動能力など学生の『力』を重視するこの学園では、入試も含め、テストの成績は全て公開される。だから、他学年の先輩が新入生の成績を知っていてもおかしくはないのだが……それが、そんなに問題なのだろうか?
「そうなのか?」
「う、うん……」
気まずそうに目を逸らすゆとり少女。
「えっと……ちなみに、いくら?」
「……う」
なんか、非常に言いづらそうだ。
両手の人差し指、つんつんしまくってるし。
「あはは……。そう言う君は、新入生トップの神無君だよね?」
「え? はい。よく知ってますね」
「この学園では学年が違っても、各テストのトップ3とワースト3をチェックするのは恒例だからねー。君は新入生だからセオリーが分かってないだろうし、トップだから不自由さを感じることも無いんだろうけど……この学園で力の無い生徒は、結構苦労するんだよ」
主将が困った笑顔で説明してくれるが、いまいちピンと来ない。
確かに特殊な学園だけあって世界中で人気だし、それに伴ういろいろなルールも存在していたけど……。
「にゃはは……。つまりね、神無君。成績の悪いお荷物な生徒を持つ部活は、価値が低いと思われて、予算が減らされちゃったり、優遇されなくなっちゃったりしちゃうんだよ」
「……え?」
知らなかった。
確かに力の無い生徒は損をする学園だという話は聞いていたが、そこまで露骨なものだったとは。
「あ。でもこいつ、剣道二段持ってるらしいですよ! それでなんとかなりませんか?」
「あら、そうなの?」
学力も力だが、力はそれだけじゃない。
部活でいい成績を収められる可能性があるなら、入部させてくれることだってあるだろう。そもそも、この学園のテストランキングで下位の人は、基本、部活に熱心な人が多いらしいし。
「それじゃあ、確かに入部も考えたいわね~」
主将がにこにこ顔でそんな言葉を告げてくれた時――
「わたしは、反対です」
冷ややかな声が聞こえた。
「その子は入試で最下位――それも、下から二番目の人を大きく離しての最下位です。この部のプラスになるとは思えません」
「夕希、そんな言い方は――いや、確かにそれも一理あるけどさ……」
夕希を嗜めようと声をかけた僕に――キッ、と殺意の視線が向けられた。
「その子が入部するなら、わたしは剣道部を辞めます」
僕を睨んだまま、夕希が断言した。
「う、うーん……そんなに真剣過ぎる部活でもないし、戦力になるなら入部させてあげてもいいんじゃないかしら?」
「戦力なら、わたしがなります」
主将が僕を庇ってくれたが、夕希の意思は変らなかった。
その様子を見て、主将も諦めのため息をつき、苦笑いしながら謝ってきた。
「ごめんね……。ここが普通の学校だったら問題無用で入れてあげたいんだけど……ここは、朝霧だから。雪城さんを失うのは、わたし達としても困るのよ……」
そう答える主将の選択は当然で。
その行為は非難できるものではなくて。
だからこそ余計に、世界が澱んで見えて。
これが、朝霧学園か。
力のある人間のわがままが曲がり通り、力の無い人間の希望はことごとく砕かれていく。
その感覚は、今も僕が味わっているものと大差なかった。
入試をトップで通過した、この僕が感じているものと――
『世界で最も夢に近い場所』だって?
笑わせるな。
こんな場所は――ゴミだ。
「にゃはは……。仕方ないよ、神無君。勉強できないあたしが悪いんだから。次のテストでがんばるよ」
そう言って笑うゆとりの笑顔は――全然、今までの楽しそうな笑顔じゃなかった。
悲しくて、痛くて、しんどくて……でも、それを他の人に――僕に見せたくないという思いから作った、必死の笑顔。
その笑顔が、記憶の中の――少女の笑顔と重なった。
「こいつ、剣道を教えるのが、めちゃくちゃうまいんです」
「……へ?」
突然そんなことを言い出した僕に、ゆとりが驚きの声を上げる。
「その『力』は、必ずやこの部活のためになると思います」
「そうなの? 確かにうちは指導してくれる先生がいないから、指導者ができるのはありがたいわね~」
「そうでしょう? だから、こいつの入部、もう一度考えてやってくれませんか? 場合によってはそっちの夕希――雪城さんより、強い部員が育つかもしれませんよ?」
ハッタリだ。
このゆとりに、そんな力は無い。
だけど、このゆとりを入部させてやる方法なんて、咄嗟にはこれくらいしか思いつかなかった。
この部活の人は、主将をはじめ、基本的にいい人が多いみたいだ。だから、一度入部させてやれば、追い出されることなんてそうそう無いだろう。嘘をつくのは心苦しいが、騙すのは一回だ。
ゆとり少女もそこそこ実力があるみたいだし、そんなに足を引っぱるとも思えない。入部後に実力を見せれば、学業成績によるハンデの問題は起こらない可能性が高い。
『力』がそんなに大切だというのなら、僕の『交渉力』で、僕のわがままを通させてもらうぞ!
「信じられません、そんな話」
当然のように夕希が口を挟んできた。
ちくしょう。お前だって、同じ一年生じゃないかよ。
「段位ならわたしも二段ですから、指導ならわたしだってできます。指導力においても、負ける気はしません」
ゆとり少女が入部してもいいと思っている主将と、絶対に入部させたくない夕希。
となれば、夕希が突っかかってくるのは分かっていた。分かっていたのだから、そのための対策も考えてある。
「そんなことは無いぞ、夕希。こいつの指導力は天下一品だ。はっきり言って、お前じゃ話にならない」
「…………」
うぉ……恐ぇ!
なんて冷たい、殺意の籠もった目なんだ!
だが、わかる。視線がいくら冷たかろうと、夕希の頭は血が上って、熱くなっているハズだ。それなら、誘いにも簡単に乗ってくる――!
「……じゃあ、その指導力を証明してくれる?」
「いいだろう。だが、そちらの部員をお互いに使って指導したのでは、判定に疑問が入る余地が多すぎる。そこで……主将、この部で一番強い部員は誰ですか?」
「え? あー……。恥ずかしい話だけど、雪城さんだねー。うちは初心者ばかりの部だし、わたしは雪城さんの次。二番目かなー」
「それなら、夕希。一週間後、僕と試合しろ」
「……は?」
と、声を上げたのは夕希ではなく主将だ。
夕希は意図を読もうと、僕から視線を外さない。……やれやれ。だから頭のいいやつは嫌いなんだよ。『入試ランキング二位』とかな。
「今日から一週間、僕はこいつに剣道を教えてもらう。そして一週間後に試合。……夕希も知っての通り、剣道どころか運動すらまともにやってきてない僕が相手だ。当然、勝てるよな?」
「負けるわけがないじゃない」
「そう思うよな? ところがどっこい、教えるのは天下一品の指導力を備えたこいつだ。一週間もこいつに教われば、夕希なんて敵じゃなくなる」
「…………」
あ。今、軽く血管の切れる音が聞こえた。
昔からやってるだけあって、夕希の剣道に対するプライドは相当高いからなぁ……。
「それを僕が証明する。一週間後の試合で僕が夕希に勝ったら、こいつを入部させてもいいだろう?」
「……いいよ。剣道ど素人のヒロを、一週間でわたしに勝てるくらいまで指導できるなら、確かにこの部のためになるから」
計画通り!
僕は心中で黒い笑みと共にそんなことを叫んでいた。
「それじゃあ、一週間後にな。せいぜい防具の消臭でもしてろ」
「~~~っ!」
カッコつけて去ろうとしたら、左の頬を思いっきりビンタされた。
剣士……特に女性剣士には、防具のにおいの話は禁句なのだと、後でゆとり少女に教わった。




