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 驚くことに、目が覚めると翌朝だった。

 だがそれ以上に、目の前に乳白色の柔らかい髪が広がっていたことにこそ驚いた。驚いた、というか、固まった。声をあげなかったことに関してだけは、自分を褒めていいと思う。


 国境近くの町の宿。当然だが、何の準備もなく馬を走らせてきた自分の泊まる部屋はない。引きずられるように少女に連れられて押し込まれたその部屋は、少女のために取られたものだったに違いない。


 ブーツだけは脱がされているようだが、自分の団服も、勿論彼女の夜着も、乱れた様子は無い。

 やっとのことで息をついた。

 何せ、この部屋のベッドに押しやられたその後から、全く記憶がないのだ。彼女がいつものように歌おうとしたのは覚えているのだが、この様子だと一音聞くかどうかで眠ってしまったらしい。本当に本当に、不覚だ。


 どんな気持ちで、同じ寝台にこの少女は潜り込んだのだろう。考えるだに頭痛がするし、息も苦しい。



 自分に背を向けるようなかたちで、少女は眠っていた。その手には、あのペンダントが大事そうに握られている。いよいよ恥ずかしさが頂点にきて、するりとベッドから抜け出した。


 恐らくまた今日も慌ただしくなる。今のうちに身なりを整えておいた方がいいだろう。念の為書き置きを残し、部屋を出る。一刻も早く冷たい水を全身に浴びたい気分だった。





 予想通り、その日は慌ただしかった。

 目覚めた少女が夜着のまま自分を探しに来たことからはじまり、有無を言わさず朝食を同じ卓で共に摂らされ、それを第一部隊の騎士たちにじろじろと眺められ――、何せ『(ステラ)』は神殿に秘された尊いひとである。それが隊長とはいえ一介の騎士と知り合いで、こうも甲斐甲斐しくされているというのは、悪目立ちするのも当然だ。


 当の本人、『星』はというと、全く気にする素振りもなかった。

 曰く、「シリウスさまがきちんと食事を摂られるのを見張る方が大事です」とのこと。二日間ろくな寝食を取らずに馬を走らせたことをまだ根に持たれていた。


 朝食のあとは騎士団に上げる報告を纏める。第一部隊の管轄となるが、『星』だけでなくその場に乱入した自分も協力した。

 どうして的確に森の中の場所が分かったのか、と聞き取りの騎士に問われたとき、『星』が持っていた自分の魔力を頼りに追ってきた、と正直に話したところ、少し驚いてはいたが嫌がる素振りもなく、ただ「素敵ですね」とだけ返された。

 ――――素敵、ってなんだ。



 昼前になって、王城からひとが来たというので出ていくと、何と騎士団長本人の来訪だった。これには本当に驚いた。

 そして当然、そのまま怒涛の叱責を受けた。どんな処罰も受けるつもりで粛々と聞いていたのだが、ひょいと横から飛び出してきた『星』が、やれ銀竜の爪を魔力を纏った剣で見事弾いただの、やれ彼がいなければ自分の命はなかっただの、やれ銀竜がこの地を焼かずに去ったのは彼の力があってこそだの、あることないことをすらすらと並べ立てた上、「陛下は妾が収めますゆえ」などと自信満々の顔で突きつける形で、騎士団長を丸め込んでしまった。


 結果的に処罰どころか褒賞ものの働き、ということになりかねなかったが、王命に背いたことを簡単になかったことにするのは流石にどうかと自分の方が願い出て、最終的にひと月ほどの自主謹慎と、減俸――ではなく、給与の一部自主返納、という形になるだろうと話が纏まっていた。

 そんなことで大丈夫なのだろうか。


 『星』に尋ねたが、「それくらいは妾の命に価値をつけても罰はあたらなかろう」などと笑うので、頷くしかなくなってしまった。



 夕方になり、獣たちの動向が嘘のように静かになったと、森で調査をしていた騎士たちが情報を持ち帰ってきた。一時的なことかも知れないが、当面の安全に問題ないだろうとのこと。騎士団と『星』の遠征隊は、明日朝にここを発つことが決まった。











「銀の竜が、獣たちを治めて帰ったのかもしれません」


 ただひとり、竜の言葉を解する少女が呟いた。

 宿の二階にあるベランダにいるのは、彼女と自分だけ。他はみな既に今日の仕事を終え、自室に戻っている。


 自分も今夜はきちんと部屋をとったので、そちらに向かおうとしていたのだが、少女に少しだけ夜風に当たろうと呼び止められたのだ。


「紺碧の竜が死んで、この辺りの獣たちは惑っていたのだと思います。銀竜がそれを代わりに治めてくれたのでは、と。そんな気がして」

「銀の竜は、此処で眠っていた竜を知っていたんだったか」

「ええ、旧知だ、と」


 あの場にいたものの中で、あの竜と対話できたのはこの『星』だけだった。会話の内容も、自分たちには『星』の返答しか聞こえてこないため、判然としないままだ。第一部隊の聴取で報告書を作るときも、『星』は竜との会話の内容は全て秘匿していた。自ら王に報告する、とのことだった。


「……そういえば」


 ふと、思い出す。


「最後に、何やら幸せにする、と言っていた気がするが」


 びくり、と『星』の肩が跳ねる。竜との会話内容にかかわることだ。やはり聞いてはまずいことだったのだろうか。

 それ以上言葉を続けずに様子を窺っていると、ほんのりと頬を染めて少女が囁くように答える。


「……言いました」

 答えてくれたのをいいことに、問いを重ねる。

「…………、誰を、と聞いても?」


 竜と誰の話をして、そんな回答になったのか。ただの興味本位だったのだが、少女はますます体を小さくして震えていた。


「『星』?」

「……、…………」

「無理なら、答えずとも、」



「っあなたさまです!」



 言い放たれた言葉に唖然とする。


 自分。

 ――――自分?


 まさかあの竜に自分を話題にされていたとは思わず、虚をつかれた。


「――俺?」

「はい」

「俺を、幸せにする、と、誓ったのか?」

「はい」

「あなたが、あの竜に?」

「はい」


 頷きだけが淡々と返ってくるが、話が全く見えてこなかった。



「…………、…………、な、なぜ?」



 少女が問われて静かに顔を上げた。真っ赤に染まった頬。紅色の瞳は僅かに潤み、恥ずかしそうに揺れている。はくはくと、数度唇が空回り、――――かなりの沈黙の後、意を決したように告げられた。


「お、……お似合いだと、言われましたので…………」


 夜風に攫われそうなその小さな声を聴き逃しはしなかったが、――きちんとは理解できないまま。じわじわと上がる熱と鼓動だけが先走り、持て余すままに視線を伏せた。






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