3.「らしい」の呪縛。
「まあ、私も『らしい』って言葉好きじゃないわ。らしいって言われた瞬間「なに私の事分かった気でいるのよ! あんた如きに『分かったつもり』になられる程、私は浅くはないわよ!! 」って思うわ」
そう言って、からからと笑う高橋は、口調はともかく、爽やかな今風の若者だ。
口調に引っ張られて、女っぽいって思うけど、高橋は‥そうじゃない。
男っぽくもなく、女っぽくもない。
‥「ぽい」ってなんだ? って思うけど、
一般的に「この人、女らしいな」「男らしい」「女々しい」それらどんな言葉にも、高橋は当てはまらない。
顔は、綺麗な顔だちなんだけど、勿論化粧をしているわけでもないし、実は女顔でもない。
きっと、真剣な顔したら、‥ちょっと怖いって思ってしまうかもしれない。
普段だ、男だと意識していない楠だって、真顔で話しているのを見たら、緊張する。
桂は、自分が思ってきた以上に、同年代の男性に「苦手意識」を感じていることをここに来て初めて気付いた。
今まで、そう、と意識する程、男性と話したことがなかったから‥。
だけど、高橋は、‥そうでもない。
背もそんなに高くなくて、威圧感を感じないっていうのも、大きいと思う。
今はそうでもないんだけど、初めて会った時にあの話し方だったっていうのは、‥きっと桂にとって良かった。初めから、苦手意識をもってしまわずに済んだから。
高橋を同性だと思ったことは無い。
やっぱり、男だとは思う。
だけど、苦手じゃない。‥怖いって思わない。
高橋は高橋だ。
どんな表情をしていても、きっとどんな話し方をしていても。今では、そう言い切れる。
きっと、高橋は「私を害する男性」じゃない。
今は、そう思える。
桂は微笑んで、こっそり高橋を見た。
高橋は、現在、楠に絡んでいる。
「‥それって、僕に「なに、お前如きが人のこと分かった気でいるんだ」って言ってるんですかね」
楠だって、‥黙って「言われるがまま」に何てなってない。
でも
こうやって「食って掛かる」楠を見るのも、高橋に対してだけだ。
高橋は、ホントに不思議な人だ。
「あら。楠さんは誰の事分かった気で「らしい」なんて言ったの? 」
高橋がくすくす、意地の悪そうな笑みを浮かべて楠を揶揄う。
‥知ってるくせに。
「‥桂ちゃん」
ぶすっとした顔した楠からその言葉を引き出すと、更ににやにやした顔をして
「あら、図々しい。桂ちゃんのこと分かったつもりなんて‥」
わざとオーバーに驚いた振りをする。
「‥反省してるんだから、これ以上言わないで」
まったく。
と呟きながらようやく楠が‥
自動扉に近づく。
なんと、
この間全員まだ事務所に入っていなかったのだ!!
「あらあ、分かってないって認めるんですねぇ? 」
し~つ~こ~い~!!
楠は、いい加減、高橋に絡まれるのが嫌になって来た。
‥何なんだ? 今日に限って‥。
楠の、赤外線に社員証を認証させようとする手をさりげなく止め、高橋がいつもより低い声を出した。
「なに? 」
楠が高橋を見ると、
高橋は思いのほか真剣な顔をしていた。
小さく楠が息を吐きだしたのが、
でも、不思議と耳についた。
「‥認めるというか、直ぐに、「いい間違った」って反省した」
今までとは違う静寂が、そこにあった。
高橋の顔からも、さっきの様な微笑みは消えていた。
そう、
急に静かになったのは、高橋が微笑んでいないからだって、‥気付いた。
「一度口から出た言葉は消せないわ。‥ホントに、楠さんったら普段しっかりしてるのに、考えられない様な失敗するわね」
いつもと同じやわらかい話し口調なのに、
その、雰囲気は、いつものふわふわしたものとは違っていた。
‥なに?
どうしちゃったの‥?
「‥そんな大事じゃないです‥よ? 」
そのぴりぴりした雰囲気を感じ取った桂が、間にわって入った。
「ふふ、桂ちゃんも怒っていいのよ? 「らしい」って言葉で「こうあるべき」って自分の理想を押し付けて来る奴なんて」
桂ににっこりと微笑みかけた高橋は、楠に対して、あからさまに悪意のこもった視線を最後に寄こした。
「‥‥」
いつもの、「嫌がらせ」とちょっと‥違う‥。
それ程、
高橋さんに取って、このことばが、問題だったってこと‥。
‥高橋さんは、きっと今まで「らしい」って言葉で誰かに「こうあるべき」って理想を押し付けられてきたんだろう。
だけど、それは‥私だってそうだ‥。
「らしい、って言葉で「こうあるべき」って理想かあ。‥長女らしくない‥。長女なら、家に居るべき。女の子らしくない。女の子なら、お料理したり、可愛い服着たり。‥そうだねえ。らしいって、‥呪いだねぇ」
ぼそり、と気が付けば呟いていた。
ぴくり、と楠が桂を‥おそるおそる振り返り、
「そうよ! 男らしい仕事。男なら安定した仕事について、結婚して‥長男らしいところを見せろって! 男らしい口調で話せ! 男らしい服を着ろ! 」
桂に同調して、熱弁をふるう高橋を見た。
まあ、ね。
気持ちは‥分かるな。
「普通、って言葉も、‥そうだね」
ぼそり、と楠が呟くと
「「それ!! 」」
高橋と桂がそれに同意した。
「人並。特別じゃなくていい、普通でとか、何普通って!! 人並みって、何!? 基準になる人とかがいるわけ?? 」
ちょっと、頬を高揚させて普段より強い口調で桂が言うと、
「それよ!! 」
高橋がまたそれに同調する。
そして、二人で顔を見合わせて、自然と微笑みあった。
「その‥「らしく」から離れたところが、ここ、なんじゃない? 新しいものをつくるのって、人と一緒じゃ出来ないものね。だから、変な人が集まって、皆変で、皆が皆違ったものを持ってて、違ったものを見てて。それがここなんじゃない? 」
高橋が、ちょっとだけ、自分より低い桂に目線を合わせて、にっこりと微笑んだ。
桂が高橋を見る。
高橋が、細くってでも、骨ばった男の手で、桂の頭に手を置くと、そのまま自分の胸にふわりと抱き寄せた。
ふ‥っ
声を殺してなく桂を抱きしめて、高橋は楠に
「らしい。禁止ね」
と、静かな声で、でも、強い視線でもって
念を押した。




