命が命を導く時
ミュリエの朝は、薄曇りだった。
日差しは柔らかく、空気はどこか重く沈んでいた。
そんな中、村の東にある教育棟で、小さな異変が起きていた。
研修用の簡易魔導機材が制御不能に陥り、
微弱ながらもエネルギーの暴走波が発生。
幸いにして被害はなかったが、作業に当たっていた少年――かつてリュミエに助けられたレオンが、
魔導波の揺れに巻き込まれて足をくじき、研究班の作業区に取り残されてしまっていた。
事故の知らせは、すぐに中枢に届く。
フェルナーと警備班が現場へ急行するが――
その報せを、一足先に聞いた者がいた。
――シェイドだった。
リュミエと共に訓練場にいた彼は、レオンの名前を聞いた瞬間、
何かに“ひっかかるような感覚”を覚えた。
足が、自然と動いていた。
誰に言われるでもなく。
何かを模倣するわけでもなく。
それは、初めての――**「自分の決定」**だった。
工区に到着したとき、レオンは器材の影に倒れ、
起動中の魔導板が不安定な共振を繰り返していた。
誰もが「処理される前に触れるのは危険」と判断し、慎重に対応しようとしていたその時――
シェイドが踏み込んだ。
魔導板から発せられる不規則な波に包まれながら、
彼は迷いなくレオンのもとに歩み寄る。
レオンが目を見開いた。
「し、シェイド……だめだ、下がって――!」
けれど、シェイドは止まらない。
腕をかざし、自らの魔導核を通じて同調波を送り込む。
不安定だった波が、わずかに落ち着きはじめる。
フェルナーが駆け寄り、驚いた声を上げた。
「……制御してる……!? 自発的に魔導干渉を!」
だがシェイドは、誰の評価も意識していなかった。
彼が見ていたのは――ただひとつ、“助けたい”という感情。
その腕が、レオンを支えるようにそっと伸びた。
何の命令も記録もなく。
それは、間違いなく“命の手”だった。
その夜。
レオンは診療棟のベッドの上で、静かにこう呟いた。
「……あれは、模倣じゃなかった。
“あいつ自身の判断”だった。……俺には、わかったんだ」
その言葉を聞いていたリュミエは、そっと触感板に記す。
「イノチ ハ イノチ ヲ ミチビク」
ネイは、その言葉を声に出して読んだ。
「うん。君が受け取った光は、ちゃんと次の誰かに届いてる」
シェイドは、まだ無言だった。
けれど――その魔導波には、はっきりとした“リズム”があった。
他者を模倣するのではなく、自分の感情に基づく律動。
それは、誰にも真似できない、たったひとつの生きている音だった。




