揺らぎを共に歩く者たち
翌朝、ミュリエの農耕区画では、水路再整備のための準備が始まっていた。
あの事故から数日。
崩れた台車の残骸は片付けられ、今は新たな水路の“分岐制御板”を組み直す作業が進められていた。
そこに、ふたりの姿があった。
リュミエと、レオン。
リュミエは魔導具の調整補助を、レオンは流路の測定作業を任されていた。
ふたりは並んで作業をしていたが、口数は少ない。
それでも、どこか穏やかな沈黙が流れていた。
「……昨日、ありがとうな」
レオンが唐突に呟いた。
リュミエは触感板を持ち上げ、淡く文字を浮かべた。
「ボクモ アリガトウ」
レオンはくすぐったそうに笑って、持っていた水準盤をリュミエに渡した。
「使ってみる? 簡単だよ。ほら、こうやってレバー押して、泡の位置を見るだけ」
リュミエは少しだけ首を傾げたが、素直に受け取り、レバーを押す。
泡がゆっくりと中央に寄っていく。
リュミエの視線が真剣になる。
「……あ、ちゃんとできてる。すげぇな、お前、センスあるかも」
リュミエの触感板に、光が滲む。
「ホメラレタ ハジメテ」
レオンが目を丸くする。
「マジ? ……じゃあ、俺が一番最初に言ったんだな。へへっ、悪くないかも」
その言葉に、リュミエの肩がふるりと揺れる。
それは、明確な“照れ”の反応だった。
作業のあいま、ふたりは何度か言葉を交わした。
手渡し、確認、笑い合い。
わずかなやりとりだったが、そこには確かに――心の往復があった。
昼すぎ、ふたりは一度木陰に腰を下ろした。
汗を拭いながら、レオンがぽつりと口にした。
「……なあ、リュミエ。お前って、なんであの日、俺を助けたんだ?」
リュミエはしばらく考えてから、触感板に記した。
「ワカラナイ。デモ アシ ウゴイタ」
「タスケナキャ ナラナイ ト オモッタ」
「……理由とかじゃないのか」
レオンは小さく笑った。
「じゃあ俺もさ、今度そうなったら、“足が動く”ようになりたいな。
お前みたいに」
リュミエが板に記す。
「イッショニ マエニ ススメル」
ふたりの肩が、ほんの少し近づく。
それは特別な絆でもない。
けれど、同じ“揺らぎ”を知る者同士の、確かな結びつきだった。
その日の終わり、エリスはふたりの報告を受けながら、静かに日誌に記す。
「恐怖は消えない。けれど、共に歩く者がいれば、
一歩は前に進める。揺らぎを抱える命たちは、それでも手を取り合う」




