傷だらけの灯火
戦いは、終わった。
《黒き輪》の侵攻部隊は、夜明けとともに撤退を開始。
リィナの迎撃式が核心部の制御中枢を焼き切り、クラウスとフェルナーによる斬撃部隊が前線を押し返した。
そして――ミュリエの砦は、“破られなかった”。
だが、代償は小さくなかった。
研究棟の北翼は、魔導爆雷によって半壊。
精神干渉波の影響で数名の研究員が長期回復処置を要する状態に。
何より、最前線に立っていたマリーが重傷を負い、意識不明となっていた。
彼女は、アリアの代わりに前線治療班を引き受け、崩落する瓦礫の中から負傷者を助け出していた。
――その手には、最後まで医療記録が握られていた。
診療棟の一室で、エリスはマリーの寝顔を見つめていた。
意識の戻らない彼女の枕元に、小さなランタンを置く。
中には、かつてマリーが夜勤のたびに灯していた“弱くて温かい火”。
「あなたが言ってたよね。
“希望っていうのは、派手じゃなくていい。誰かを照らすだけでいいんだ”って」
エリスは、そっと彼女の手を取る。
「……灯火は、まだ消えてないよ。ちゃんと、ここにある」
その頃、外ではクラウスが焼けた地面に腰を下ろしていた。
リィナが水筒を渡しながら、ぽつりと言う。
「結界の再展開に48時間。それまでに次が来たら、今度こそ……」
クラウスは肩で笑った。
「なら、それまでに立て直すだけさ。なあ、あのバカ連中、結構しぶといからな」
ふと、診療棟の上階から――ネイが、顔を出していた。
彼は新しい衣服を身につけていた。
医療服ではなく、“ミュリエの制服の簡易型”。
「……僕、ここにいたい」
その言葉は、誰に向けたわけでもなかった。
ただ、空に向かって放たれたその声は、確かに“今”を生きている証だった。
アリアが隣に現れ、言う。
「なら、私たちが“いたいと思える場所”を守らなきゃね。
次に来るのは、きっともっと強い。でも、もっと迷ってる。だから――」
彼女は振り返り、空に向かって叫んだ。
「聞こえてる? クロード・ヴェイル!
あんたが何度攻めてきたって、“ここに生きていい”って火は、消えないから!」
しばらくの静寂。
だが、彼女の声に応えるように、村のあちこちで小さな灯りが灯っていった。
それは、破壊された家屋に置かれたランタン。
倒壊しかけた研究棟の机の上に残されたキャンドル。
誰かが“希望を忘れないように”と火を入れた、小さな命の証。
そのすべてが、ミュリエという場所の意味を――照らしていた。
夜、エリスは再びマリーの枕元に戻る。
ランタンの火は、わずかに揺れながらも、まだ灯っていた。
「……あなたがくれた灯火は、もう“みんなのもの”になってる。
だから、安心して。ゆっくりでいい。戻ってきてね、マリー」
窓の外では、ネイがその光を見つめていた。
選ばれなかった命。器として作られた存在。
けれど――今、彼は間違いなく“選び直された者”だった。
そして、その灯火を“受け取った者”だった。
こうして、戦いの一夜を越えたミュリエは、再び立ち上がる。
傷だらけでも、火が消えそうでも――
それでも、“誰かがここにいてよかったと思える場所”を守るために。




