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裂けめに咲く花

 中立都市ベルクライン。

 その中心議事堂では今、世界の未来を揺るがす議題が審議されようとしていた。


 ――ミュリエ連盟の国際的立場の見直し。


 王国、帝国、海洋都市連合、東方連邦、南方貿易公社――

 五大勢力の代表が揃い、歴史上初めて、連盟と“対等な立場”で向き合う外交会議が開かれたのだ。


 


 壇上の最前列に、ひときわ目立つ存在があった。


 深紅のスーツに身を包み、威厳を宿した眼差しの女性――エリス・フォン・ベルグランド。

 その傍らにはアリアが控え、やや後方にはクラウス、リィナ、マリー、フェルナーが陣取っていた。


 


 開始の鐘が鳴る。


 まず発言したのは、王国の重鎮・ロートバルト侯爵だった。


「本会議は、近年急成長を遂げたミュリエ連盟に対し、国際的な“透明性”を求める場である。

 特に、“蒼光機関”の後継と目されるリィナ・カグヤ氏の関与、

 および先日の《赤の結晶核事件》への処理対応に、各国は明確な懸念を抱いている」


 


 会場がざわつく。

 リィナがわずかに肩を縮めたのを、アリアがそっと目で制した。


 


 続いて、帝国代表の灰髪の老人が発言する。


「ミュリエは理想を掲げるが、その実、軍事転用可能な高度技術を独自に管理している。

 “中立”とは、誰の視線にも開かれてこそ保たれるもの。

 我が帝国としては、“第三者による検証機関”の常駐を要求したい」


 


 海洋都市連合もまた、穏やかに口を開いた。


「我々の立場から言えば、ミュリエの研究姿勢は“情熱的過ぎる”きらいがある。

 だが同時に、確かな実績も上げている。

 我々としては――判断を保留したい。だが、一歩間違えば“理想は傲慢”に変わる」


 


 その言葉に、議場の空気がさらに引き締まる。


 そして――


 帝国代表の背後から、ひとりの男が音もなく歩み出た。


 


 黒の礼装、仮面の一部を外した冷徹な横顔。

 名札にはこう書かれている。


 《外交技術顧問:クロード・ヴェイル》


 


 エリスの瞳がわずかに揺れる。


 彼女はかつて、この男に一度だけ王都で会ったことがあった。

 当時から異様な論理構築と冷徹な皮肉を武器に、議会の論戦を荒らしたことで知られる人物。


 


「……皆さま、ミュリエが理想を語ることに違和感を覚えるのは当然です。

 それはあまりにも美しく、そして無垢すぎる」


 


 クロードの声は静かだったが、一本の針のように鋭く響いた。


「人が理想に酔ったとき、いくつの都市が灰となり、

 いくつの命が“光のために”奪われたか――歴史は、我々にもう教えているはずです」


 


 言葉に込められた“過去の犠牲”の影。

 それは、ミュリエにも確かに降りかかった十年前の《蒼の爆心事件》を想起させる。


 


 だが――エリスはゆっくりと席を立ち、マイクの前に進み出た。


 


「……確かに、私たちは間違えるかもしれません。

 技術を用いて誰かを救おうとして、別の誰かを傷つけてしまうかもしれない」


 


 その声は、震えていなかった。

 だが明らかに、重みを背負っていた。


 


「でも、それでも私は、理想を掲げることをやめません。

 それは、自分のためではありません。

 ――“誰かが、自分の命を選び取れる世界”を作りたいからです」


 


 沈黙。


 その言葉に、クラウスが、リィナが、アリアがわずかに頷いた。


 


「人が選べるようになるには、“選べる場”が必要です。

 それは力でも法でもなく、ただ、“信じてくれる誰か”によって守られる場所です」


 


 クロードが目を細め、微笑を浮かべる。


「……あなたは、強い。まるで花のようだ。

 咲く場所が裂け目であろうと、尚咲き誇ろうとする。だが、

 裂け目の風に吹かれ続ければ、いつかその根は断たれ、折れる」


 


「それでも、咲かせます」


 エリスは、まっすぐに返す。


「誰かがその花を見て、“生きていい”と思ってくれるのなら――私は何度でも咲かせる」


 


 その瞬間、議場の空気がわずかに動いた。

 一部の国代表が、席の姿勢を正す。

 ある者は目を伏せ、ある者は微かに拍手を送る。


 


 会議は、明確な結論を出さず、継続審議となった。

 だが、少なくとも“誰かの心”には、確かに何かが残った。


 


 夜。宿舎の屋上。


 エリスはひとり空を見上げていた。


 そこにアリアが静かに隣へ座る。


「……綺麗だったよ、エリス」


「……ありがとう。でもまだ、咲いたばかり」


 


 エリスの声は柔らかく、けれど芯が通っていた。


「私は、“花を咲かせる者”でいたい。たとえこの先、どんな嵐が来ても」


 


 その背後で、クラウスが苦笑しながら呟く。


「嵐どころか、もう台風レベルだな……まあ、乗り越えよう。みんなでな」


 


 静かな夜風が吹く中、小さな理想の火は消えずに灯り続けていた。


 ――そして、その花は、確かに“裂け目”に咲いていた。ない。

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