国境なき未来へ
数日後、ミュリエ村。
緊張と混乱に揺れた会議は、ついに最終日を迎えていた。
ゼロによる破壊工作未遂は各国に衝撃を与えたが、同時にエリスたちの対応の的確さと覚悟を強く印象づける結果となった。
その日、ミュリエの仮設ホールには、前日までの鋭さを帯びた空気はもうなかった。
代わりにあったのは、どこか清々しい、そして未来を見据えるような空気だった。
「最終提案に入る。――《ミュリエ独立研究連盟》、本日付けで正式発足とする」
クラウスの宣言に、場内から小さなどよめきが起こる。
王国・帝国・海洋都市連盟をはじめとする12カ国が、これに調印することを発表した。
今後、《ルメナ・エリキシル》を中心とした医療・魔導技術の知識は、
この中立機関を通じて公開・流通され、軍事的転用を防ぐための国際規範も同時に整備されていく。
エリスは壇上に立ち、調印者ひとりひとりに丁寧に頭を下げた。
そして、最後にこう付け加える。
「……私は、この連盟が“世界の全てを変える力”を持っているとは思っていません。
でも、“誰かの命が無意味に消える未来”を、少しでも減らせるなら――この場所に立った意味はあると信じています」
その言葉に、いくつもの拍手が続いた。
会議後の控室。
アリアが椅子に深く腰掛けながら、窓の外の陽光を見つめていた。
「終わったんですね……いえ、始まった、のかな」
「うん。“私たちの世界”が、ね」
エリスが隣に座り、小さく笑う。
どこか晴れやかな、けれど少し疲れのにじんだ顔。
「少し……眠ったら?」
「そうしたいけど、まだやることいっぱいあるから……」
「……じゃあ、私が代わりに見てます」
「え?」
「あなたが倒れたら、世界が困ります。だから、少しぐらい誰かに預けてもいい」
エリスは目を丸くして、それから笑った。
「頼もしいね、アリア」
「ふふ。やっと言わせた」
その日、夕暮れ。
村の高台に、エリス、クラウス、アリア、リーナ、フェルナー、マリー――
そして新たに加わった多国籍の研究員たちが並び、小さな旗を掲げた。
それは、まだ見ぬ未来への象徴。
争いのためではなく、命のために掲げられる旗。
《国境なき知の連盟》。
その中に、確かに“悪役令嬢”と呼ばれた少女の姿はあった。
かつて何も守れなかった彼女は、今、自分の力で“誰かの未来”を支えていた。
「エリスさん、これから世界は、どうなると思います?」
マリーがたずねた。
「……たぶん、まだまだ混乱するよ。
でもね――私たちがここにいたことだけは、絶対に消えない。
どんな風に進もうと、“この村から始まった”っていう事実は、変わらないんだ」
エリス・フォン・ベルグランド。
かつて王宮から追われた“悪役”は、いまや“希望”の名で世界に刻まれようとしていた。




