新たなる影
世界中の視線がミュリエ村に集まりつつあったころ――
その熱とは裏腹に、ある“闇”もまた静かに形を取り始めていた。
舞台は北方、ヴィグルド連合王国の地下会議室。
ここには各国の“対抗技術情報局”に属する者たちが密かに集まっていた。
帝国が誇る魔導薬品技術、そしてそれを開発した存在――エリス・フォン・ベルグランド。
「彼女の存在はもはや“人材”ではない。“要注意国家資源”と位置付けるべきだ」
「正面から潰すには影響が大きすぎる。むしろ、世論を使って“信頼を崩す”べきだ」
「加えて、技術の根幹を盗む。倫理コードをねじ曲げれば、戦力化も夢ではない」
誰も彼女の人格や意志を論じる者はいなかった。
ただ“影響力”という数値と、“制御可能か”という視点で語られていた。
そして、その会議の末尾で名が呼ばれた。
「――ナンバー・ゼロ。貴様に任務を与える」
場にいた全員が息を飲んだ。
それは、“直接介入”が決定されたことを意味する。
「目標は接触・偽装・崩壊。破壊工作ではなく、“彼女自身の足元を崩せ”」
一方、ミュリエ村。
エリスは多国との協議に追われながらも、研究の手を止めてはいなかった。
「改良型ルメナ、第二試作の副作用は……やっぱり個体差が大きいわね。次は鎮静剤成分を強化して……」
「でも、十分すごいですよエリス様! 王都だったら“奇跡”って言われてると思います!」
マリーの声に、エリスは微笑んだ。
「奇跡じゃない。努力と知識の積み重ねよ」
その言葉に、クラウスが加わる。
「だが、その積み重ねが世界を動かしてしまった。
それを面白く思わない者も当然、現れるだろう」
「ええ。だからこそ、私たちが“見せ続ける”必要があるの。これは誰の支配でもなく、誰かを傷つけるものでもないってことを」
そんな中、ミュリエ村にひとりの“来訪者”が現れる。
名は――アリア・レーヴェント。
東の山岳都市出身の医療研究者を名乗る女性で、帝都大学の推薦状も携えていた。
落ち着いた物腰に柔らかい微笑。村の子どもたちともすぐに打ち解ける彼女は、誰の目にも“善良な協力者”に映った。
「研究内容に深く共鳴しました。どうか、お手伝いをさせてください」
そう言って差し出された手を、エリスは一度躊躇い――
それでも、取った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。力を貸してもらえるなら、心強いです」
その手のひらは温かかった。
けれど、その奥底にある“冷たい計算”を、まだ誰も知らない。
数日後。
研究室でアリアと並んで作業するエリスは、ふと彼女の手さばきに目を留めた。
(……手付きが正確すぎる。しかも“王国系”でも“帝国系”でもない)
だが、それ以上の疑念を抱くには、まだ決定的な証拠が足りなかった。
その夜。
アリアは宿舎で一人、魔導記録石に小さく囁く。
「潜入完了。彼女の警戒心は薄くはないが、まだ信頼獲得段階。次段階へ移行可」
無感情な声。その瞳に浮かぶのは、ただ“任務”という一点のみ。
こうして、エリスの足元に“新たなる影”が忍び寄る。
それは刃ではなく、毒でもない。
――信頼という名を騙り、彼女自身の心を揺さぶる“仮面の刺客”だった。




