王国の決断
帝国から発表された《ルメナ・エリキシル》――
その魔導薬品は、瞬く間に各国の情報網を駆け巡り、王国エルステリアに大きな衝撃を与えた。
「第一級支援薬品……? 帝国が、そんなものを……」
王宮の政務室。
宰相は震える手で報告書を机に叩きつけた。
王国が今なお“錬金術”を「貴族の趣味」程度としか扱っていない中で、あの“追放された令嬢”が、ついに実績を示してしまった。
否――“世界に影響を与える”段階にまで踏み込んでしまった。
「これでは、王国の技術力と思想そのものが時代遅れと笑われかねん。……レオナルド殿下、もはや静観は許されませんぞ!」
会議室に集う貴族たちは一様に焦燥を浮かべ、王太子に責任を求め始めていた。
「殿下が彼女を追放せず、王都で支援しておれば……!」
「そもそも、今さら戻れと頭を下げたところで、彼女が帰ってくるとでも?」
「我々の威信はどこへ向かえばよいのか!」
口々に飛び交う非難、保身、焦り――
レオナルドは、ただ無言で拳を握りしめていた。
かつて愛した少女。けれど、それ以上に“自分の都合”で捨てた存在。
今や彼女は、帝国の王子さえ一目置く人物となり、王国が逆立ちしても作れなかった革新を生み出している。
(……このままでは終われない)
王太子として、次代の王として、自分の“過去の過ち”が未来を壊すなど、決して許されない。
数日後、王国議会はついに“公式の対応”を決定した。
王国より発表された声明――
「ミュリエ村の研究機関、およびエリス・フォン・ベルグランド嬢に対し、
王国はこれを“独立した友好研究機関”として認め、
技術的協力と学術交流の場を設ける意思があることをここに表明する」
事実上の敗北宣言だった。
かつて“追放”したはずの人物に対して、今度は“協力”と“交流”を求める立場になったのだ。
けれど、これが王国にとっての“最後の矜持”だった。
民衆はすでに、帝国とエリスが示す“成果”に目を向けており、王宮の対応ひとつで一気に信頼を失うことすらあり得た。
この声明は、即座にミュリエ村にも届いた。
研究棟の応接室で文書を読み終えたエリスは、静かに微笑んだ。
「……ふふ。ようやく、“言葉”を選ぶようになったのね。あの人たちも」
マリーが驚きつつ訊ねる。
「……王国から正式に認められるって、すごいことですよね? でも……どうして笑ってるんですか?」
「だって……この文章、“謝罪”はどこにも書いてないでしょう?」
その通りだった。
あくまで“協力”という名の下で、過去の非礼に対する言及は一切なかった。
だがエリスの笑みには、もはや怒りも悔しさもなかった。
あるのはただ、“自分を貫いて得た結果”への、小さな自信と誇りだけ。
やがて、クラウスが部屋に入ってくる。
「見たかい? 王国がようやく“白旗”を挙げたようだ」
「うん。でも、これは始まりよ。私たちが“敵視されなくなった”だけで、まだ“信頼された”わけじゃない」
「その違いを理解している君なら、大丈夫だ」
クラウスは書類を机に置いた。
「帝国の方でも、共同研究計画の第二段階が承認された。
《ルメナ・エリキシル》の改良型と、次世代の魔導補助具――
いよいよ、“技術輸出”が視野に入る」
「つまり……ミュリエ村の技術が、世界に“売られる”ってことね」
エリスの表情が引き締まる。
「責任が増える。けれど、それは“意志を通した者”にしか得られない重みだと思う」
「その通り。そしてその重みを背負って立てる者が、真の指導者だ」
夜。研究棟の屋上。
エリスはひとり、王都から届いた文書の写しを火にくべた。
かつて自分を否定し、切り捨てた世界。
その世界が今、自分に“協力を願っている”。
「……これで過去に区切りをつけられる」
風が吹き、灰が舞う。
けれど彼女の背筋は真っ直ぐに伸びていた。
「私はもう、“戻る理由”がない。だから、前を見て歩くの」
その先にあるものが、どれほど困難でも――
自分の意志で選んだ“未来”なら、きっと乗り越えていける。




