帝国との共同戦線
夜の襲撃未遂から三日後。
ミュリエ村には、ひとつの“決断”が静かに芽吹いていた。
クラウス・フォン・アルヴィオンは、朝早くから屋敷の書斎で書面を整えていた。
傍らにはエリス・フォン・ベルグランドが静かに座り、文面の一つひとつに目を通していく。
「……本当に、ここまで踏み込んでしまってもいいんですか?」
エリスの問いに、クラウスはわずかに微笑んだ。
「王都は既に“牙”を剥いた。ならば、こちらも“盾”だけでは足りない。“剣”を掲げよう」
書面の表題には、こうあった。
――《帝国・ミュリエ共同薬草研究機構設立宣言》
それは、単なる錬金術研究所の話ではなかった。
王国の影に対抗する、帝国と村、そしてエリスとの「正式な連携の誓い」だった。
「これを公にすることで、王都は動かざるを得なくなりますね」
「逆に言えば、王都がこれ以上“隠れて”動くことは難しくなる。今後は、堂々と対話を求めるしかない。……もちろん、彼らが話し合いという手段を選べばの話ですが」
クラウスは書面に署名をし、重厚な帝国の封印を押した。
そしてエリスの方に視線を向ける。
「この誓いが、正式なものとなるには、貴女の意志が不可欠だ」
エリスは黙ってペンを取り、そこに名前を書く。
《エリス・フォン・ベルグランド》
かつて王都に断罪され、追放され、嘲笑されたその名が、今、帝国と並ぶ旗となった。
「……怖くないわけじゃない。でも、もう二度と、見ないふりはしない。私が守りたい人たちのために、“未来を掴むため”に」
宣言は、まず帝国の貴族通信網を通じて発表された。
クラウスの名が記された時点で、それは“帝国王家の意志”として瞬く間に広まり、王国の使節団にも伝えられることになる。
一方、王都では混乱が広がった。
「エリスが、帝国と……? あの女、どこまで……!」
王太子レオナルドの苛立ちは、もはや抑えきれぬほどだった。
王国の貴族たちの一部が、密かに“ミュリエ村の製品”を買い付けていたことも露見し始めており、王宮の権威は微かに崩れ始めていた。
(奴らに渡してはならん。帝国に、あの女を“正義”として認めさせてはならない)
レオナルドの中で、“排除”は“奪還”へと変わりつつあった。
だが、ミュリエ村はもはや無防備な辺境ではない。
クラウスの手配により、帝国からの監視網と警備隊が村の外周を警戒し、技術者たちは研究を加速させていた。
その中心に立つのは、変わらぬエリスの姿。
「マリー、この抽出は明日から“第二工程”に移行して。リーナは村の子供たちに新しい栽培方法を教えてくれる?」
「はい!」「了解です、エリス様!」
村が生きている。
誰かの命令ではなく、自らの意思で動き始めた人々の営みが、確かにこの地に根を張っていた。
そして、その“生きる場所”を守るために、エリスは立ち上がったのだ。
その夜。
エリスとクラウスは再び、応接室で向かい合っていた。
「……明日には、王都も正式に声明を受け取るでしょう」
「きっと、黙ってはいないわ」
「ええ。だが、彼らはもはや“敵”ではなくなる。貴女が真っ直ぐに立っていれば、それに共鳴する者が現れる。王国の中にも、必ず」
クラウスの言葉に、エリスは小さく頷いた。
「そう信じられるのは、あなたがいてくれるから。……ありがとう、クラウス」
「私も、貴女に出会えたことを誇りに思う」
ふたりの視線が重なる。
それは、権力でも、取引でもない。未来へと続く“共闘の証”だった。
かつて悪役令嬢と呼ばれた少女は、
いまや王国と帝国をつなぐ、新たな旗印となりつつあった――。




