第49話 貴族と将軍家の確執は根深いものがある
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第49話 貴族と将軍家の確執は根深いものがある
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昔は立派だったと思われる帝城に登城した。
皇帝の御座所でありながら、焼け落ちた城壁がそのままだったり、郭に朽ち果てた建物があったりと酷い状態だ。
「これが帝室の現状よ。騎士たちは御料所まで横領しておる。今はわずかに残った御料所や、献上されたものでなんとか維持している。大将軍家も内情は変らぬ」
御料所とは帝室の領地のことで、全国に多くの飛び地があった。騎士はそういった御料所まで横領してしまっているのだ。
大将軍家というのは、騎士家でありながら皇帝の代わりに政治を行っているルグラン家になる。
政治といっても、ルグラン家にこのシュリンダール帝国全域を治める力はない。
もしルグラン家に力があれば、各地で戦など起きてないということだ。
ちなみに、大将軍というのは役職の略称になる。
正式名称は帝国鎮守征討大将軍であり、本来は皇帝に変わって反乱勢力を討伐する軍の指揮官だったものだ。
それが騎士政権に正当性を持たせるために使われたらしい。
帝国鎮守征討大将軍の職位は七位とそれほど高くはないが、過去には二位まで上った大将軍もいる。
「大将軍家も、ですか?」
「大将軍家も御料所を全国に持っておったが、それさえも騎士が独立などして横領されておる。それを討伐する力が大将軍家にはないのだ」
なんとも情けない話だが、それがこの国の実情ということだ。
全国各地で勢力拡大や、より肥沃な土地を狙って争いが行われる。
この国は末期なのかもしれない。
皇帝との謁見は、大将軍とその大将軍府の重臣たちも出席した中で行われた。
現在の大将軍は五位・帝国鎮守征討大将軍兼内都督であるフェルディア・ルグランだ。
内都督とは内都督省の長官職で、帝城がある内都の治安維持などを司っている。
もっとも、大将軍職が全国の政治を司っているので、この国の全ての治安に責任があるんだけどね。
「臣ヘッテンジール・シュラード・嫡・内侍大尉・ノイスと申します。皇帝陛下の御尊顔を拝謁する栄誉を賜り、この上なき慶びにございます」
面倒な名乗りを上げる。
最初の「臣ヘッテンジール」は私はヘッテンジール家の血筋ですよ、という意味になる。平民の俺には、まったく繋がっている覚えのない血筋だが、シュラード家の本家という意味もあるので、正式な名乗りに使わないといけない。
次の「シュラード・嫡」はシュラード家の嫡子だよ、という意味だ。
最後に「内侍大尉・ノイス」は現在の役職と名前の名乗りになる。
正式な場ではこのような長ったらしい名乗りをあげるのが正しい作法なんだ。
まったくもって面倒くさいことである。
「よくぞ登城した。内侍太尉よ、ジール州の冬は厳しいと聞いたが、どれほどの雪が降るのだ? 直答を許す」
「内侍太尉、陛下が直答をお許しになられた。お答えするがいい」
偉そうな―――実際にお偉いさんの左太師が間に入って直答が許可された。
大臣職に相当するのが太師職で、他に右太師、内太師、権太師、中師、小師がある。本来はこの役職の人たちが国の政治を行っていたが、今は大将軍家が行っている。
騎士政権が樹立されてから形骸化した際たる役職だ。
「お答えいたします。私が暮らしている地では、私の背丈よりも高く雪が積もります」
「そんなに積もるものなのか。帝都では考えられぬことよ」
皇帝は六十八歳の老人だ。
在位はなんと五十年にもなる。
もうそろそろ退位して後進に道を譲ってもいいと思うかもしれないが、退位と即位にはお金がかかる。
その経費が莫迦にならないことから、退位もできずにいると聞いている。
その横には皇太子が座っておられるが、皇太子も四十九歳になると聞いている。
この皇太子が皇帝を継いでも、すぐにお亡くなりになりそうだ……。
そのほうが費用がかかるかもしれない。ご利用は計画的に、だな。
皇帝との謁見はすんなり終わった。
終わったはいいが、その後なんと大将軍に呼び止められた。
俺じゃなく、養父がね。
「内侍太尉殿は内侍司殿と血縁はないとか?」
大将軍は五十五歳でこちらも皇帝と似たような在位だ。
なんでも七歳で大将軍に就任したらしく、とにかく長い年月を大将軍の座に座り続けているわけだ。
「うむ。儂の血は入っておらぬな。それが何か?」
「いくら田舎に引きこもったとはいえ、清涼家という高い家格のシュラード家をどこの馬の骨とも知れぬ者に継がせるのはいかがと思いましてな」
「ハハハ。それを言えば、そこら中にそんな話は転がっておるわ。そんな些細なことを気にするとは、大公殿(大将軍のこと)は余程お暇なようだ。ハハハ」
嫌味には嫌味で返す。
帝城では腕ではなく口で戦うのだ、と養父が言っていたことを思い出した。
一触即発の雰囲気になったところに、右太師カヌブ・ヘッテンジール(四十二歳)が現れた。
「ホホホ。こんなところで立ち話しですかな」
このとぼけたおっちゃんは、我がシュラードの本家であるヘッテンジール家の当主である。
三位・右太師と非常に高い職位・役職の人物である。
そして、家格としては、この国で随一と言っても過言ではない人物だ。
「右太師殿は血の繋がらぬ者をシュラード家の嫡子としてよろしいのか?」
「ホホホ。この国の民は全て始尊皇帝陛下の子であれば、皆血は繋がっておる。そのように目くじらを立てずともよかろうて」
「それは詭弁であろう!」
「詭弁? ホホホ。詭弁の何が悪いのであるかな? もしかして、大公は大将軍職も詭弁であると知らぬのか?」
「なっ!?」
大将軍が顔を真っ赤にして怒った。
政治は本来貴族が行っていた。
それを騎士が武力でもぎ取っていったわけで、騎士が政治を行うこと自体が無理矢理こじつけた詭弁と言える。
詭弁が悪いと言うことは、大将軍が国を統治する正当性を自分で認めないと言っているようなものだ。
この大将軍は自尊心は高いが、頭はそれほど回る人ではないようだ。
こんな感じで大将軍家と貴族はあまり仲がよくはない。
そりゃー、貴族の領地の代官ごときの騎士が、大きな顔をしているのだから貴族としては気に食わないことこの上ないだろう。
貴族たちは騎士の統治を認めてはいるが、大きな顔をしていることは気に入らない。
しかも、大将軍家の統治が脆弱なために、自分の領地から税収が届かないのだ。貴族としては、役にも立たないのに大きな顔をしている大将軍に、不満が溜まっていることだろう。




