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第34話 味方の中にも敵がいるのかもしれない

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 第34話 味方の中にも敵がいるのかもしれない

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 開戦初日はこちらに被害がなく終わった。

 正門に攻め寄せたヒンドル陣営は、百人近い被害を出して撤退した。

 そのほとんどがソルバーン家の矢による被害である。


「ソルバーン殿! よくやってくれた! まさか貴殿のところにあのように精強な弓隊があるとは思っていなかったぞ!」


 当主候補のロベルトがトルク様の手を握り、大きな声で褒め称えた。


「これはロベルト様。当家の者を褒めていただき、ありがとうございます」

「あの弓は不思議な形をしているではないか。どういったものなのだ?」

「あれは練度に乏しいものでも扱えるように考えたものにございます」

「何、練度に乏しいものでも扱えるのか?」


 弓は扱いが難しい。

 刀は素人でも振れば相手を傷つけることができるが、弓は矢を飛ばすのが難しいのだ。

 そのような理由から弓は騎士の専売特許のような扱いになっている。


「触ってみてもいいか」

「どうぞ」


 兵士長のゴドランさんが恭しくクロスボウを差し出し、ロベルトが受け取った。


「これはクロスボウというものにございます」

「クロスボウか。このクロスボウはどうやって扱うのだ?」


 トルク様が矢をセットして見せる。


「なるほど、ただ矢を置くだけなのだな」

「はい。これなら素人でも少し扱い方を教えれば使えます」

「これは素晴らしい! この戦いが終わったら、当家もこのクロスボウを取り入れたいが、構わぬか?」

「構いませんが、クロスボウは扱いやすい分、弓に劣る部分が多々あります」

「何が劣るというのか?」

「まず、矢が届く距離にございます。弓より短いのです」

「ふむ。それは仕方がないのぅ」

「次に連射ができません。クロスボウで二射する間に、熟練の騎士であれば五射はできるでしょう」

「ふむ。だが、素人でも扱えるのだな?」

「はい。弦を引き、矢を置いて、先を敵に向けるだけですから、少しの説明で扱えるようになります」

「ならばよし。弓兵を育てるのは大変だからな。今回はソルバーン家の奮闘に期待する!」

「はっ。全身全霊を持って敵を蹴散らしてみせます」


 ロベルト様は笑い声を残して去っていった。

 まだ若いから、柔軟な考え方ができる人のようだ。このままその柔軟性を持ち続けてくれたらいいな、と思う。


 その日の夕食はロベルト様の配慮で、比較的豪華な食事を用意してもらえた。

 まるで勝ったかのような浮かれようだ。


「ロッガ。敵に動きはあるか?」

「特にないな」

「俺なら夜襲をかける。すまないが、小まめに確認をしてくれ」

「了解」


 その日は夜襲をしてこず、警戒は空振りに終わった。

 だが、ここで気を許しては、足を掬われる。気を引き締めていこう。





 開戦から十日が過ぎた。

 ヒンドル陣営は毎日単発的な攻撃を繰り返している。

 攻めあぐんでいると言えばそうなのだが、何か狙いがあるように思えて仕方がない。


「ヒンドル陣営にはグラードン殿がいるからな」

「グラードン?」

「名将と名高い戦上手な御仁だ」

「そんな人がいるのですか? でも、そんな人がいてなんで昨年の戦で大敗したのですか?」

「グラードン殿は昨年の戦いには参戦しておられぬ。たしか今年で七十と高齢だったことで、留守居を命じられていたはずだ」

「そうなんですね。他に注意すべき方はいますか?」

「剛雷のゲキハ殿は、要注意人物だな」

「剛雷? なんですか、その中二のような名前は?」

「チュウニ……が何か分からんが、ゲキハ殿の武勇は家中随一と言われているな」

「家中随一の武勇ですか。戦いたくないですね」


 どうやら有名な人には二つ名がつくらしい。

 剛雷のゲキハは雷を巨斧に纏わせて敵を粉砕する剛撃の武人らしい。

 また、先程話に出たグラードンは詭道きどうのグラードンと言われているのだとか。

 詭道というのは、人を欺くという意味になる。

 それだけ駆け引きに長けた人物のようだ。


「ロベルト様の陣営にはそういった二つ名を持った人はいないのですか?」

「ダルバーヌ家中で二つ名を持っているのは、今挙げた二名だけだよ」

「その二名が敵になっているわけですね。はぁ、前途多難ですね」

「本当にな」





 さらに二日が過ぎ、開戦から十二日目。

 昼の攻撃は今まで通りだったが、その日の夕方前の時間帯は敵陣から昇る炊煙すいえんが多く立ち上っていた。

 炊煙というのは、食事を作る際の煮炊きの湯気や煙のことだ。

 これが多いということは、兵に鱈腹食わせて力を出させようという意図を感じる。


「トルク様。今夜、夜襲がある可能性が高いです」

「なんだって? どうして夜襲があると思うんだい?」

「見てください。敵の炊煙が今までより多いです。夜に動く気なのでしょう」

「……なるほど。たしかに、言われてみればそう思えるな。さっそくロベルト様に言上してみよう」

「はい。お願いします」


 トルク様がロベルト様のところへ向かったのを見届け、俺はロッガに今夜は特に敵の動きに気をつけてほしいと頼んだ。


「あいよ」


 夜襲があるとして、どこを攻める?

 軍を侵入させるには、正門を破るしかない。

 そうすると、身軽な者に防壁を登らせ正門を中から開けるのが一番可能性が高いか。


 他の可能性は……。俺ならどうする?

 俺ならロベルト様を暗殺するな。

 だが、それなら軍を動かす必要はないはずだ。

 軍を動かす前提なら……東門か。


 東門は非常に狭い山の尾根を進む必要がある。

 夜間に両側が崖になっているあの尾根を進むのは、それだけで自殺行為だ。

 だから効果的なのかもしれない。

 誰も夜間に東門を攻めないと思っているからこそ油断がある。


 トルク様が帰ってきた。表情が暗い。


「ロベルト様は夜襲の可能性を否定しなかったが、一門のラドン・バーダン殿をはじめ、多くの方が否定されたのだ」


 警戒はいつも通りでいい。そうなった。

 これは油断なのか?

 可能性を否定する根拠はないはず。

 なのにラドン・バーダンはなぜ否定したんだ?

 まさか敵に内通しているのか?

 可能性はある。味方も信用したらいけないということか。


「仕方ないですね。うちだけでも警戒しておきましょう。何も起きなければ、それに越したことはありませんし」

「そうだな」



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