森の中で
辺りが朝焼けに染った頃、私は目を覚ました。
いつも通りに起きた自分に、少し驚く。昨日は、ハンナと夜を過ごし、いつの間にか時間を気にせず眠ってしまった。
起きる時間はいつもと変わらなかったけど……。
んー、と一つ伸びをして起き上がると、少し寝ぼけた様子のハンナがこちらを見ていた。
「ご飯の用意、するね」
私は最後になるであろう、ハンナの世話に取り掛かった。干し草を与え、水を取り替えて、丹念にブラッシング。
その頃には、日が完全に昇り初め明るくなってきた。
「さてと……そろそろ出発しようかな」
ハンナを運動場へ出し、私はそのまま柵をくぐる。
すると、ハンナも付いてきたそうに私を見つめてきた。
「ダメだよ、ハンナ。一緒に行けないの。許してね。その代わり、王都に着いたら、ローレル様にハンナのこと相談するから」
頭を撫でていると、別れが名残惜しくなる。
ずっとこうしていたいけど、そうはいかない。
「元気でね 」
またね、とは言えず私はそっと、その場を離れる。
何度か振り返る度、ハンナはこちらをずっと見つめていた。
私の姿が見えなくなるまで、ずっと。
森の中の舗装されていない白い道を歩く。
この道を進めば王都―フロルへとたどり着く。
ただ、ここからフロルへはかなり長い道のりになる。
普通は馬車や馬を走らせてフロルへ向かう人がほとんどなのだが、あいにく私にはそんなお金の余裕は無い。
残された選択肢はと言うと、歩きだ。
自分の足でフロルへとたどり着くしかない。
「まぁ、ゆっくりでもいいもんね」
一人になったことで、私は少し自分のことを考えることが出来る。
不安がない訳では無いけれど、気持ちは晴れ晴れとしていたとしていた。
それに、森の中にいると故郷の姚国を思い出す。土の匂い、木々のざわめき。それに、川の流れる音。
どれもが故郷を連想させる。
故郷もこんな感じだった。
「今、は……」
きっと今は、雪に閉ざされた滅びを迎えた国になっているに違いない。
お父さんとこの国に来る時には、もう誰も住めない国になってしまった。
私たちは、最後の住人だっただろう。
だからこそ、ここはとても落ち着く。
辺りを眺めながら歩いていると、ふと自分の足音と別の足音に気がついた。
そして、突き刺さる違和感。
誰か、見てる……?
ここで軽率に振り返らない。
相手に私が気づいたことを気取られてはいけない、とお父さんに教えを思い出した。
それを察知されてしまえば、相手は早急に何かしらしかけてくる。それを防がなくてはいけないよ、と。
まずは自分の周囲を見渡し、どう動くべきか安全策を見つける方が先だ。
ここは森の中、身を隠す場所は多いけど相手も同じ。
こちらは一人。だけど、あっちは複数いそう。
分かりきっていることだけど、分が悪い。
戦う、と言うよりもどうやって逃げ切るか、の方が大事かもしれない。
慌てず騒がず、相手との距離を測りながら前へ進む。
少しづつ脇に逸れながら、背の高い草むらへ。
小柄な私は直ぐに草むらに埋もれる。
相手からしたら私を見失いそうになるだろう。案の定、相手がザワついたのを感じた。
足音がバタバタと音が大きくなる。
近い。
そう感じた時には相手はすぐそこに居た。
大柄な男が数名。身なりは綺麗とは言えず、薄汚れている。どうやらこの当たりを根城にしているゴロツキのようだ。
相手に自分の居場所を悟られないように、その場に屈んで息を潜め……、そして。
「今だっ!!」
元に張っている蔓科の植物を引っ張った。
「うぉっ!?」
「うげっ!?」
ピン、と張られた蔓にタイミングよくひっかかり、大男達が情けない声を上げた。
私は直ぐにその場から走って逃げる。
少しは足止めになる。
あとは逃げるだけだ。
背後から、待てっ!!! という怒号が聞こえるが、止まるわけが無い。止まれるわけが無い。
一心不乱に、息を切らしながら前だけを見て走った。