裏路地での出会い
「パン、盗んでごめんなさい。これ、返します」
ずっ、と私の胸にパンが叩きつけられる。その目はなおも怯えていて、手も震えていた。
叱られる、とでも思っているのだろうか。確かに盗みは良くないことだ。だけど、ひもじい思いも、誰かから奪わなければ自分が死んでしまうという思いにも、覚えがある。
「いいよ、これはあなたが食べて」
私はパンを突き返した。
少女の胸に抱かせるように大事に。えっ、と少女は困惑した顔をした。
「私にも、あなたくらいの時、こうした事があるの。お腹空くと辛いよね、寒いし……だから、これあなたにあげる」
だから食べて、と言うと少女は俯き、そして小さくありがとうと言った。
そのまま、パンにかぶりつく。無我夢中、とはこの事だろう。行儀とかそんなものは無視して、パンくずをボロボロと零しながら、全て完食した。
「あっ……えっと、ありがとう、ございます……」
少しお腹が膨れたのか、大人しくなった少女はあたまを下げた。
「いいえ。あなたの名前は? 私、ハル シオン」
ちらり、とロイさんを見る。本名はもちろん言えないが、私が紹介するのは違う気がした。
その意味を汲み取ったロイさんは、ロイだ、と名乗る。
「私は、ホウ コウエイ」
「コウエイちゃんね、よろしく」
お互い手を握り会い、握手を交わすとやっとぎこちなくも笑ってくれた。
カサついた小さな手は、痛々しほど細い。
恐らく余り物を食べられていないのだろう、体の線は細そうだ。
「お姉ちゃんたち、どうしてここに居るの?」
「えっ、まぁ……ここに流れ着いたって感じかな。居場所を探して、辿り着いたの」
あながち、嘘では無い。
小さな子に、本当を言えないのは心苦しいが何時どこで正体がバレるか分からない。
あまりペラペラと喋ることは出来ない。
「そう、なんだ……」
何を考えているのだろう、再び俯いたと思ったらばっと、コウエイは顔を上げる。
「シオン、ここから離れた方がいいかもしれない」
どうやらロイさんも何かを感じとったらしく、私の腕を取った。
「どうやら囲まれてるな……」
確かに、姿は見えないが誰かに見られている気がする。その視線はいくつも重なり、私たちを睨みつけている。
「こっち!」
それをみるやいなや、コウエイは走り出した。
弾かれたように私たちも後を追う。
ここの住人でなければ迷ってしまう細い裏路地を抜け、もう既に私はどこにいるのか分からない状態だった。
「どこへ行くつもりだっ……!?」
「いいから黙って付いてきて!早く、ここにっ!!」
コウエイが小さな体で開いたのは、ゴミ箱だった。
と言っても人ひとりが横たわれる位の大きさ。
中身も詰まっていて、三人隠れられそうにない。
それでもいいから!と私とロイさんを押し込めると、ゴミ袋が下に落ちた。
体が一回転し、背中に強い衝撃が走る。バタン! と扉が閉まる音がしてやっと私は目を開いた。




