微睡みの中で
「だから、そんなに謝らないで。可愛い顔が台無しだわ。ほら、そんなに泣かないの」
そう言って、女将さんは乱雑に私の顔を袖でごしごしと擦った。
「ありがとう、ございます」
ゴシゴシ顔を擦られながら、私はお母さんみたいだと思った。泣いている私をなだめたり、その涙さえも掬い取っていくその姿に、ほとんど覚えていない母の姿を見た気がした。
父とは違い、母との記憶というものはほとんど無い。
父から聞いていたのは、物心つく頃にはもうこの世にはいなかった、言うことだけ。
だから、母のことは思い出せる記憶はなかった。
だから、女将さんの優しさに触れると何だかお母さんって気がしていたのだ。
「ほら、今日は疲れたでしょ。早く休みなさい」
「そうだな、僕も疲れたよ……」
淡い蝋燭の光の中、ローレル様は大の字になって寝転がる。
その姿に、はしたないよと女将さんが咎めるものの本気で怒っている訳じゃなさそうだ。
むしろ微笑ましそうにニコニコしている。
私も大の字とまでは行かないものの、床に寝そべる。
少しひんやりとした床が気持ちがいい。
「もう、ロイがやるからシオンちゃんも真似し始めたじゃない」
やれやれ、といった様子で頭を抱えながらも女将さんは奥の方から毛布を引っ張ってくる。
そして、私たちにそれをかけると背を向けて、後片付けをし始める。
私も、片付けをしないと……と起き上がろうとしたものの瞼が重く降りてくる。
なんだかこの空間自体が、私の気持ちを和らげてくれているようだった。
時折、女将さんの鼻歌が聞こえてくる。
それは、いつか聞いた子守唄に似ていて、ずっと聞いていたかった。
夢と現実に微睡みながら、暫く耳を傾けていたけれど、気がつけば夢の中へ誘われていた。




