テウジをたつ
沈黙がしばらく食堂に流れる。
だが、その沈黙を破るように慌ただしくノックの音が飛び込んだ。
どうぞ、とリーク様が返事をするとすぐにドアが開く。
入ってきたのはリーク様に仕える近衛兵だ。肩で息を切らし、なにやらただならぬ雰囲気だ。
けれど、リーク様は慌てずいつもの調子で言う。
「どうしましたか、騒々しいですよ」
冷静なリーク様に、近衛兵はハッと我に返った。
どうやら冷静さを少し取り戻したらしい。
リーク様とローレル様を見て、ぴしっと姿勢を正すと数回息を整えた。そして。
「ご報告します。どうやら近隣の森には魔物およびその使役者はいないようです。ですが」
と、一度言葉を区切り告げる。
「どうやらフロルへと信仰している模様。目撃者多数とのことです」
「それは本当ですか」
はい、とうなづいた近衛兵。
「そして、魔物はどうやら一体だけでは無いとの報告もあがっています」
一瞬にして、場の空気が凍りつく。
魔物が、まだ沢山いる……?
ローレル様や近衛兵たちが囲んで退治しようとして難しかったのに、それがまだまだいる?
そんな報告にローレル様もリーク様も最悪の事態を想像にしたに違いない。二人の顔が青ざめていた。
「分かった。兵を集めておいてください。状況を確認後すぐにフロルにたちます」
はっ、と敬礼をした近衛兵は命令を遂行するため部屋を足早に出ていった。
残された私たちの間に、冷たく思い空気が流れる。
「フロルを落とされる訳には行かない……」
重く閉ざされた口から、ローレル様が言う。
「そうですね。私達も早々に準備しましょう。シオン、聞くまでもないですが一緒に来ますよね」
もちろんです、と強く頷く。
これも危険を重々承知でフロルへ行く。
ちゃんと同胞に会って話をしなければ。
フロルを襲うなんて、野蛮なこと止めさせなければ。
「なら、すぐに行きましょう。時間が惜しいです」
リーク様はさらに作戦をたてるため、近衛兵たちのもとへ向かった。
「ねぇ、シオン。一つだけ約束して」
なんでしょうか、とローレル様の目を見る。
その瞳は不安に揺れているようだった。迷子の子供のような目をして彷徨う視線が私を見ていた。
「無茶しないって、お願いだからあんなこともうしないって」
あんなこと、とはローレル様を庇ったことだろうか。
私は少し考え込んでしまう。考えたあと、出てきたのはそれは約束できない、だった。
多分、理性よりも気持ちが先走る気がする。痛い目に遭うとかその先の辛さなんて微塵も考えずに。
頭じゃなくて体が動くのだ。
だから、私はローレル様に頭を下げる。
「ごめんなさい、それは無理だと思います。どうしようも無いんです」
「……そう」
顔を上げると少し悲しそうな、でも優しい目をしていた。
「そう言うと思ったよ。シオンは優しいし、あの時も誰よりも早く駆け出してたから」
ははは、と笑うローレル様はふと表情を真剣な顔に戻した。
「そうならないよう、僕も気をつけることにするよ」
さて、とローレル様は息をホッとつき手を叩く。
話題を変えるため、ひとつ区切りを付ける。
「シオンはハンナの元で待ってて。直ぐに衛兵たちも馬を引取りに行くと思うから」
「分かりました。なら私はすぐ走れるように準備しています」
頼むよ、と言うローレル様に任せてください、と返す。
二人で部屋を出て、私は厩へローレル様はリーク様の後を追う。
私は外に出るとハンナたち馬の元へ走る。
すぐにフロルにたてるよう。そして、これ以上同胞に罪を犯させないために。
一時間もしないうちに、リーク様とローレル様たちがやって来て続々とテウジをあとにした。




