嘘つき
その時、ノックなくドアが空いた。
「……リーク?」
食事の乗ったワゴンを引いてローレル様は戻ってきた。
が、中にいたリーク様と私を見て少したじろぐ。
「女性の部屋を尋ねる時はノックぐらいしてくださいね」
リーク様は呆れたように、やれやれと首を振った。
「え、あ……そうだね」
バツの悪そうに顔を伏せたローレル様の肩を、ぽんと叩いた。
「ではシオンさん、お大事に」
それだけ言うと、リーク様は去っていった。
その姿をローレル様は目で追う。
「あ、ありがとうございました」
私は何だか微妙な空気を感じたが、頭を下げてリーク様を見送った。
静かに閉まったドアを二人でしばらく眺めたあと、ローレル様はよし、と小さく呟いた。
「遅くなってごめん。これなら食べられるかと思って」
ワゴンに乗っていたお皿をベッド脇のテーブルに置いた。湯気が立つそれは、とても懐かしい匂いがする。
出汁の効いた汁で米を柔らかく煮た料理。よく体調を崩した時にお父さんが作ってくれたことを思い出した。
「これは……お粥?」
「まぁね。土鍋が無いから鍋で煮て、お皿に盛りつけるしかなかったんだけど」
「いいえ、まさかここで姚国で食べてた料理が出てくるとは思ってなかったので嬉しいです。お粥なんてよく知ってましたね」
この国ではあまり米は出回っていないはずだ。
おのずとお粥なんて珍しい料理になる。だからこそ、ここでお粥が出されたことにびっくりした。
それに醤油も出汁をとる材料も同様だ。さすがと言うべきだろう。
「まぁね、昔食べたことがあるんだ」
姚国の友人、だろうか。
リーク様が話していたローレル様の友のことが頭に浮かぶ。
「誰か、姚国のお友達でもいたのですか?」
「え、あ、いや……友人は、居ないよ。どっかで食べたことは覚えてるんだけど。それよりも冷めちゃうから早く食べて」
ほら、とお粥を勧められて私は口をつけた。
ローレル様はそんな私を見て微笑んでいる。それがなぜか痛々しくて目を伏せた。
ローレル様は咄嗟に嘘をついた。姚国に友がいるのに、いないと。
隠す理由は、ローレル様自身がその友を傷つけてしまったことを知られたくないからだろうか。
それとももっとべつの理由だろうか。
何にしてももう、ローレル様は口を割ってくれそうにない。ただ、にこにこと微笑むローレル様が無理をしているように見えた。
私はローレル様と会話を交わすことなく、お粥を食べきった。優しい味がするそれは、ローレル様の心そのものに思えた。優しい人。だけど、心の奥になにか秘めたものがある人。いつか、その秘めたる何かを教えて欲しい。優しい人が苦しむのは、見たくない。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「それは良かった」
こうして、優しい笑顔が曇りませんように。私も笑い返した。




