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その9 山中の墓地  (体験採集地:古い街)

2005年夏に、創作仲間のサイトで行なわれた百物語企画に投稿し、同時に旧自サイト「よいこのためのアジト」で発表した「怪談十話」の第8話です。


旧自サイトで宣言したように、著作権を放棄します。改変、再使用はご自由に。

 僕は今までに随分山歩きをして、何度も危険な目や恐ろしい思いを経験した。もちろんぞっとする経験もある。


 確か3月末の墓参り日和だったと思う。

 彼岸になぜ墓参りをするかと言えば、野山に出掛けるのに丁度良い季節だからだそうだ。詳しい事は知らないが、考えてみれば、行事を決めるようなお偉いさん方の墓は、館やお城からちょっと離れた見晴しの良いところ立てられるってのが相場だ。とすれば、そこまでの山路を老人や婦人が行きやすい季節が、墓参りの時期として定着してもおかしくない。とすれば、寒過ぎず暑過ぎず、下草も少ない彼岸が一番だろう。ちなみに、日本ばかりなく、お隣の中国では、4月5日あたりの清明節が墓参りの季節になっているそうだ。


 春のお彼岸、つまり、僕にとっては山歩きに絶好の季節に、僕は土曜の午後から山へぶらぶら歩きに行った。大学3年か4年の頃だ。**山の**口から登り出して、とりあえず頂上まで行って、そのあとは気の向くままに歩くという、まあ一種の散歩だ。足には自信があったし、地図も昭文社のきちんとしたのを持っていたから、午後からの山歩きでも、危険な事は全然ない。いつもそんな山歩きをやっていたんだ。

 新緑の直前の、面倒な下草が無い時期で、しかも墓参り日和の柔らかい陽光の元、僕は気持ち良く山道を辿っていた。だから、遠回りのコースだったにもかかわらず、1時間ほどで頂上に着いた。30分ほど景色を楽しんでもまだ午後3時半だ。

 夕闇まで3時間以上もある。そのまま下山してしまっては面白くない。そもそも気まぐれに歩くのがその日の予定だったから、少し長めの縦走コースを降りる事にした。以前に登って来た事があるばかりで、降りた事のないコースだ。登った時が2時間ちょっとだから、下りなら1時間半かそれ以下の筈で、下山口から駅まで3キロの舗装道路だから、ゆうゆう明るいうちに帰り着く。まあ、今でも良いアイデアだったと思う。


 縦走路を軽快に歩いて、案の定、4時過ぎには最後の小ピークの手前の鞍部に着いた。鞍部と言っても尾根の低いところと言った感が強い。

 その時、ふと分かれ道に目についた。そこには小さな道標があって**寺と書いてある。実は、以前通った時にも、この分かれ道に気が付いていて、ちょっと気になっていた別れ路だ。**寺というのは有名な寺だし、僕は行った事が無かったから、そこへ降りるのも悪く無い。日没まで2時間近くある。そのうえ、一応は近道の筈だ。そう思って、そこを降り始めた。しょっちゅうやっている事なので、これをもって魔が刺したとは言えない。


 新しい路に踏み入れる時というのはいつも緊張する。注意深く人工林の山路を降りていくと、林の切れ目で寺の屋根が遠くから見えた。頭では位置関係が分かっていても、そして、あり余る時間を残しての下山だと分かっていても、実際に行き先をこの目で確認出来るとほっとするものだ。そこでようやく緊張を解いて、山椿や沈丁花のような風物を楽しみながら降りて行くった。

 しばらく降りると、山路は山腹を斜めに横切り始めた。山腹は結構な傾斜だから、九十九折りになるのは不思議じゃないが、その路はいつまでも斜めに降りて行く。しかも路の延びる先は、さっきまでの縦走路に対して逆走する方向で、当初の下山口から次第に遠ざかって向きだ。寺からも遠ざかっているような気がする。もしかして本道から外れたのかな、と思ったものの、路はしっかりしているし、確かに下っているのだから、僕は気にも止めなかった。寺と違う所に降り着くのもまた一興で、それこそ、今日の山散歩の目的にも合っているというものだろう。あとで考えると、この時もうちょっと注意しておけば良かったと思う。

 路は枝尾根をいくつか越えて、寺とは全然違う谷に入っていった。降りるにつれて下草が増えて、いつしか無縁仏と思われる苔むした墓が、現れては消え、消えては次の一群が現れるようになる。麓は近いらしい。そう思いつつ更に進むと、今度はちょろちょろとという水音と共に熊笹の薮となった。そうして、その沢を渡ってふたたび薮から抜けると、木々の間から、いきなり崖の下に墓地が見えた。墓が所狭しと並んでいる墓地だった。どうやら下山らしい。時計を見ると5時少し前。太陽は山の尾根に隠れ始めている。


 ところが、僕は不思議な事に気が付いた。彼岸だというのに人影が全く無く、線香の煙すら上がっていない。墓は不気味なほどに静まりかえっている。山陰に入る時刻だから墓参の人もいないのだろうと思いつつも、気持ちの悪いのは確かで、こんなところは早く抜けようとばかり、墓地の縁沿いに下った行ったのだが、そのとき、はっと見覚えのある感覚の襲われた。この墓地を遠い昔に見た事があるような、そんな感覚だ。来た事の無い場所の筈なのに。いや、正確には10年ほど前に一度だけこの街に来た事はある。でも、こんな所には来ていない筈だ。

 ぞっとして歩を早め、真正面に見える古い石段にたどりついた。記憶へのヒントがあるかも知れないと期待を込めて。しかし、そこは全く記憶にない場所で、ほんの10段ほどの階段の先は、再び狭い山路だった。樹木が茂って、家影らしきものは見えない。

 その山路は始めのうちこそ下っていたが、やがて再び登り始めて、10分ほど歩くとさっきよりお更に古ぼけた墓場に出た。そこにも人気は全くない。墓場の入口から全体を見渡すと、正面に出口が一つ見える。墓の真中を突っ切る形で……あたかもで冥界への入口かあるいが出口を歩いているような感覚……そんな気分で墓場を抜けて、正面の出口から更に歩き出したのだが、その細い路は小さな登りと下を繰り返して、一向に人家や寺に近付く気配が無い。


 ところで、山歩きを良くやっている人なら分かるだろうが、登りと下りとでは、登りの標高差の方が下りより少ないような錯角をする。その時の僕が正にそうだった。登り下りでキャンセルしている積もりが、実は登っていたらしい。そうして、いつしか熊笹に入ったかと思うや、下り始めた途端にいきなりT字の別れに出た。そこには無縁墓地らしきものが数基あり、緩やかな坂ながらも右に登り左に下っている。今までの山路が反時計回り気味だった事を考えれば右に行くべきだが、その路は真直ぐ山腹を登っているから、取りあえず左に進んだ。

 少し進むと、なんとなく見覚えのある景色のような気がした。不安に思った矢先に墓場が見えて来て、しかも、その墓場がさっき通った墓場であるらしいと分かった時、総身ぞっとした事を今でも覚えている。

 もちろん、冷静に考えれば、その墓場に別の出口があったのかも知れないし、あるいは2つの墓場を結ぶ路の何処かに、今と同じように下草に隠れて見えなくなった分かれ道があったのかも知れない。しかし、その時は、彼岸と言うのに静まり返った墓場と、その墓場への既視感、それに夕暮れが近いと言う不安が混ざって、とても、再びこの墓場に足を踏み入れる気がしないかった。


 時計を見ると5時10分。僕の足なら、さっきの尾根に一旦戻って、急いで正規コースを辿れば暗くなる前に下山出来る。一方、その場から見る限り墓場に他の出口は見当たらない。このままさっきのコースを辿っても、もう一度運悪く堂々回りをしてしまいそうな気がした。そうなっては、日没までに下山するチャンスを失ってしまう。

 次の瞬間僕は駆け出していた。息を切らせて尾根まで立ち戻り、縦走路の最後の小ピークに辿り着いたのが6時少し前。そこから、記憶ある下山路を降り始めて、やっと少し生き返った気持ちがしたが、夕闇の中、アスファルトの道路に降り着いたときは本当にほっとした。心身共にくたくたというのはこの事を言うのだろう。


 こうも気味の悪い思いをしては放っておけない。家に帰るや、2万5千分の1の地図を調べたが、それには載っていない。そもそも正確な場所が分からないから、墓場という情報だけでは何とも分からないのだ。

 週明けに地元出身の知り合いに、昨日のような墓場が、あの方面にあるか尋ねたが、誰も知らなかった。これはどうしても下から登ってかの墓場に辿りつかなければ落ち着かないだろう。いまだに機会を得ずにいる。それにしても、あの無気味な墓場の既視感はどうしてだったのか?


written 2005-8-6

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