13
時間は進み、七月も半ば頃。あと少しで中学生生活初の夏休みがやってくる。
「じゃあね、その……ゆ、ゆめきゅん。」
「うん!ひーちゃん、また明日っ!」
放課後の別れ道、恥ずかしがる姫菜。ニックネームで呼んでくれたこと、そして恥ずかしがり赤面する姫菜を見れ、夢華は、嬉しさ爆発だった。
仲良くなった証として、ニックネームをつけて欲しいと夢華に言われ、姫菜は百合の時同様につけた。それがゆめきゅん、であった。姫菜から呼ばれることに意味があったため、恥ずかしいともなんとも思わず了承。逆に姫菜が恥ずかしがることとなっていた。また、同時期から夢華も姫菜のことをニックネームで呼び始めた。それがひーちゃん、である。
四月に姫菜と夢華は、仲良くなると、そこからは早かった。互いに気になっていた者同士、初めは嬉し恥ずかし甘酸っぱい雰囲気であった。そして、夢華は、今では姫菜にベッタリで、学校にいる時は、授業中以外はほぼ全ての時間を姫菜と過ごしていた。
今では夢華はストーカーまがいなことを止め、堂々と一緒に帰宅していた。また、こうして帰宅してからも夢華は姫菜の自宅を度々訪れることもあった。ちなみに、姫菜は自宅の場所を教えたことはなかった。
「それで、今日は何しよっか?」
当たり前のように姫菜の部屋にいる夢華。そして、当たり前のように姫菜のベッドから枕を取り、愛おしげに抱きしめている。
「う、うん。そうだなぁ、トランプも、人生ゲームも、テレビゲームも大方やっちゃったもんね。」
苦笑いの姫菜。慣れとは怖い。目の前の夢華の姿を受け入れてしまっている気がしている。
結局この日は、夢華が帰宅する六時ごろまで学校での出来事を話し合っていた。しかし、大半の時間を共にしているため、姫菜が話すことも、夢華が話すことも、どちらも知っている話題であった。
「……少し疲れてる?」
翌日登校すると、真っ先にみさが言った言葉。
「う、うん……かも。」
姫菜は、苦笑いで頬をかく。目の周りには、薄っすらと目に隈が浮かび上がっている。
姫菜は、毎日風呂上がりに体重を確認することを日課にしていた。夢華と仲良くなってから、徐々に体重が落ち始めていったのだ。初めこそ喜んではいたが、いつまでも減り続けるため、怖くなっていた。理由は四六時中監視するようにべったりな夢華によるストレス、寝不足と、食欲不振だろう。
夢華はそんなつもりはないのかもしれないが、姫菜には、彼女が自分を監視しているのではないかと思うことがあった。授業中、入浴中、睡眠中以外の全てに夢華が干渉していたのだ。一度帰宅後、私服に着替えて遊びに来る。そしてその後、家に帰ると、今度は家の固定電話で話していたのだった。今何をしていたのか、これから何をするのかとにかく姫菜の行動を知りたがっていた。次第に姫菜の心にも負担が増していった。
流石に怖くなり、やんわりと回数と時間を減らしてほしいと頼んだ。そうすると、少しは落ち着いたが、それでも二日に一回は上記のような日があった。姫菜の目は輝きを次第に失っていき、今では死んだ魚のような目の時がしばしばある。
ふとした時に夢華を見ると、ジッと姫菜の方を見ていることがよくある。また、少し席を外すと、普段よく着ているお気に入りのTシャツがなくなっていることがあり、数日すると戻ってくるということがあった。疑いたくはなかったが、夢華が自宅を訪れた時になくなり、戻る時も夢華が自宅を訪れた時であったのだ。
「……保健室行く?」
「いや、止めとくよ。」
癒しが欲しい。頭を空にして休みたい。しかし、保健室へ行けば、必ず夢華もついてくるだろう。人目が少なく狭い保健室で夢華の近くにいるのは堪える。
「ポチに会いたい……。」
夢華と共に行動するようになると、ポチと会う日が減った。一度、夢華とともにポチに会いに行っくと、ポチがえらく不機嫌になった。そして、夢華を威嚇し、逃げ出すと、その日は姿を現さなかったのだ。それから夢華と帰宅する際は、寄り道をしなかった。また、姫菜が一人で帰宅する日も、夢華の匂いがついているのか、最近はあまり懐かなくなっていた。
「……どうしたの、ひーちゃん。なんか辛そう。」
放課後、帰宅している時に夢華が姫菜に言う。姫菜の手をしっかりと指が絡むつなぎ方、所謂恋人つなぎで手をつないでいた。
「う、うん……あはは、ちょっと寝不足で……。」
当の本人に行ってしまおうか。姫菜の脳裏に一瞬浮かぶが、横で心底心配そうに、悲しそうにしている夢華に言えるほどメンタルは強くなかった。
「今日は遊びに行かない方が良い?」
眉を垂らす夢華。目にはうっすら涙が浮かんでいて、心配していることが分かる。
「……い、いや、大丈夫だよ。」
こんな悲しげな夢華の姿を見てしまっては断れない。
「本当に大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。」
「分かった!ありがとう、ひーちゃん。帰ったらすぐ行くね。」
「あはは……うん。」
もう一踏ん張りだ。
「ただいまー。」
「あら、姫菜おかえり。……どうしたの、顔色悪いけど。」
姫菜が帰宅すると、玄関で今まさに出かけようとしている姫菜の母がいた。化粧もきっちり行い、服も普段着ているものと違う。どこか行くのだろう。
「あはは、大丈夫だよ。お母さんはどこか行くの?」
「そうなのよ、神崎さん……って言っても多分、分からないわね。姫菜が幼稚園に行ってたくらいに遊んでた子のお母さんとご飯に行くの。だから遅くなるけどお父さん早く帰ってくるから大丈夫よね?」
そう言う母の姿は少し楽しそうだった。同級生が自分のことを常に知りたがる少しストーカー気味な子で、もしかしたら、自分の服を定期的に無断で借用しているような子なのかもしれないとは、とても言える状況ではない。
「うん、大丈夫だよ。ご飯はどうすれば良い?」
「お父さんに行ってどこかに食べに行ってね。じゃあ、行くわ。行ってきます。」
「うん、いってらっしゃい。」
父が帰ってくるまで頑張るぞ。姫菜は自身の頬を叩きあと少ししたら来るであろう夢華に備えた。




