十二話 奥底
目を覚ますと、雪が降っていた。予想よりも早かった。とりあえず体を起こし、手近にあった缶詰のフタを開けた。魚の臭いが車の中に広がった。時計は六時半を示していた。
朝食を済ませ、さて、今日は何をしようかと考える。そうだ、長老に話を聞こう。スイの家系に詳しそうだ。やることは決まったが、まだ早い時間だったので村の中を見て回ることにした。
村の中にはまあ確かに、これといって目を引くモノは無かった。畑があったが、とても村人全員を養えるほどの大きさではなかった。周囲の山々の紅葉ーー雪の中に佇む姿はなかなか幻想的であったーーには枯れてしまっているものも目立った。美しい村。初めそう思っていたが、ちょっと角度を変えてみただけでまるで違って見えてしまう。不思議なものだ。
村の奥へと進んだ。そこには祠のようなものがあった。入口に『立ち入り禁止!』と書いてある。奥からどこかで嗅いだことのある臭いが漂ってきた。はて、どこだったか。とりあえず入ってみることにした。「おい、何してる。お前。」おっと、人が居たようだ。見ると三十くらいの男が立っている。
「ああすまない。少し気になってね。」
「あそこにある立ち入り禁止の文字が見えないのか?」
私は今気づいたかのように大げさに驚いて見せた。
「おっと、そうだったのか。いやぁすまない。まだ寝ぼけているようでね。」
彼はそんな私を訝しげに見ていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「次から気を付けろよ。」
とだけ言った。
「ところでその奥には何があるんだい?」
「よそ者は知らなくて良いことだ。」
呆気なくそう言われた。そんな言い方では気になってしまう。そのうち研究の合間にでも見に行こうか。
「ああそうかい。じゃ、長老ってのはどこに居るんだい?話を聞きたくてね。」
「それなら良いぞ、教えてやる。ただし今は駄目だ。昼過ぎあたりにもう一度来い」
けっこう良い奴なのかもしれない。何か困ったことがあったらここに来よう。
「わかった。サンキュー、頼んだぜ?」
男は驚いた顔をしている。そこで人の気配があったので振り向くと、ハルがいた。手に食べ物を持っている。よく見ると胸にペンダントのようなものを着けている。
「おい、ハル!どうしてここに…」
「差し入れです。シギに。」
ハルは男の言葉を遮るように、それだけ言ってさっさと帰って行ってしまった。彼はその背中に
「ありがとうごさいます。ハル様。」
そう言って頭を下げていた。
ハルが去った後、男は何見てるんだという目で私を見てきた。私は気にしない。
「シギって誰だい?」
「俺だ。俺の名前。あんたは?」
「佐伯という。よろしくな。」
「なんで『ハル様』なんだ?」
「よそ者は知らなくても良いことだ。」
またそれかい。とは言えなかった。
「わかったよ。じゃあな。あ、長老の件忘れんなよ。」
そう言って車へと戻った。私は昼までどうやって時間をつぶそうか考えていた。




