33 誤解
「え…」
私は何が起きたか分からず、思わず間抜けな声を漏らす。
数秒の沈黙の中で、私は何が起きたのかようやく頭で理解できた。
「な、何してんだニネ」
私の言葉にニネから強い歯ぎしりの音がした。 ニネが強く拳を握りしめ、震える声で口を開いた。
「なんで…。なんで、私じゃダメなの…」
ニネの言ってる意味が分からず、何と答えれば良いのか分からなかった。
その意味を図ろうと、視線を彷徨わせ、フレノラで止まった。ニネが、フレノラを浮気相手だと勘違いした事に思い至る。
「彼女はニネの護衛にしようと思って連れてきたんだ」
私の言葉にニネが分かりやすく反応する。浮気相手だと勘違いしたのは間違いなさそうだ。ニネは顔を上げると、私を見て口を開く。
「…分からない」
ニネから出た言葉に、護衛をつける説明をしてなかった為、なんで護衛が必要かという疑問だろうと考える。その疑問に応えようとする前に、ニネが次の言葉を口にする。
「魔王の心が分からない」
「私の心…?」
またもニネから意味を図りかねる言葉を聞く。だが、今回はニネがすぐにその意味するところを教えてくれる。
「分かんないの!だって全然私の事好きって言ってくれないじゃん!」
ニネはダムが決壊したように、その思いを溢れ出させる。
「私は好きって言ったのに!魔王から私に触れないし、そういう事もしてくれないじゃん!本当は!本当は、私の事好きでも何でもないんでしょ!」
ああ、私はやはり他人との繋がりが苦手なのだと再認識する。彼女の不安も想いも、何も理解できていなかった。
ニネに好意を寄せられ、魔王としての決意を固めた私が、彼女と共に生きるという事を受け入れただけで満足してしまっていた。
そう言えば彼女に一度も好きと伝えていなかった。他人の気持ちに鈍感な私は、自分の気持ちにも鈍感だ。どうなればその感情を好きと呼んで良いのか、そんな不確実な状況で、その言葉を口にすることに酷く抵抗感があったのだ。
だが、ニネからすれば一緒に居るだけで、私から何も反応がなく、行き場のない想いが、心の内に不安として蓄積していたのだろう。
いつの間にか涙を流していたニネを優しく抱きしめた。
「言葉にしてなくてごめん。私もニネの事が好きだ」
私はニネを抱きしめる腕に力を込める。そうすると私の腕を掴んだニネの手にも力が籠る。
「私と違い死んだら終わる君を守る事に必死で、君を不安にさせた」
私の胸の中でニネが頷くのが分かった。
「それと、魔王は食事や睡眠と同じで性欲もないから、そういうのは考えもしてなかった」
私の言葉にニネが胸の中で顔を上に向ける。
「でも、食事してたじゃん。そういう事をできるんでしょ?」
「…まぁ、多分」
食事もできたから、寝ることも、そういう事も、やろうとすればできるとは思う。
「私はそういう事…したいから」
私の胸の中で、上目遣いでそう言ったニネに、少しドキッとしてしまった。何か気まずい空気が流れたような気がして、私は抱擁を解く。
身体が離れたところで、フレノラの存在を思い出す。
「あ、そうだ!フレノラ、大丈夫か?」
部屋を出て、壁に寄りかかるように気絶しているフレノラに駆け寄った。
「ごめんなさい、私本気で殴っちゃって…」
ニネも後ろから駆け寄ってくる。
ニネは冒険者ではなく魔物を狩るような事はしていない為、恐らくステータス上はニネよりもフレノラの方が数値が高いはずだ。だが、ニネが操気術を使えば、フレノラの数値を実質的に超えた力になる。フレノラを一撃でのしてしまう程に。
私は特級回復ポーションを生成すると、フレノラに遠慮なく飲ませる。多少口から溢れつつも、うまくポーションを飲ませる事ができた。
フレノラの歪んだ顔はみるみる元どおりに回復する。
「おい、フレノラ!大丈夫か?」
優しく肩を揺らすと、フレノラが目を覚ます。
「…シード、様?」
「ああ、そうだ。気を失ってたんだ、大丈夫か?」
まだ、意識がはっきりしないようで、目がトロンとしている。
フレノラが手を伸ばして自分の口周りを触る。手を離せば鼻から流れていた血が、ベットリと手のひらに着いた。フレノラは赤くなった手を見ると、静かに手をおろした。
「血は流れてたが、さっき回復させた問題ない」
そう声かける私を、トロンとした目でフレノラが見つめる。そして、フレノラがゆっくりと口を開いた。
「シード様…」
「なんだ?」
「…お慕いしております」
フレノラから突如飛び出した言葉に、私の後ろから殺気が起こる。
「は?」
とにかくまずい事だけが分かった。瞬時に私は包武で自身とフレノラを気で纏う。
そして、後ろを振り返れば、そこには奇形の魔人がいた。
「絶対ダメ、絶対許さない!魔王は、魔王は!私と居るの!」
魔人の腕がフレノラに伸びる。私はフレノラを庇うように身体で隠す。
魔人の腕が到達する瞬間、ファンタスクが現れ、私を掴むと瞬間移動する。連れてこられたのは、瞬間移動した先は私の部屋だった。
「ファンタスク、助かった!」
「魔王様のピンチかと思い、勝手ながら参じました」
危機一髪だったが、ファンタスクに助けられた。私はフレノラを抱き上げると、寝た事は無いがゴロゴロする用に出していた自身のベッドへと寝かせる。
さて、取り敢えずニネを止めないとだな。私は部屋出ると、既にニネが魔人を連れて部屋の前に居た。
「やっぱりあの女は敵!魔王退いてよ!」
ニネはどうしてしまったのだろうか。フレノラをいきなり殴った時も思ったが、普段私に接してくれているニネの姿からは、想像できない激情に彼女が駆り立てられるように動いている。
迫ってきたニネの両腕を掴み、壁へと押し付ける。
ニネを抑え込むように、包武で体に纏った気を、彼女の身体全体を壁に押し付けるように、押し出した。
ニネのステータスの数値は高くない。そして、彼女の気の性質は感覚放出系であり、錬身は苦手である。レベルを上げて高いステータスとなっている私が、錬身と包武を使えば、ニネの力では押し付けられた壁から抜け出せない。
「私を見ろ!他の者なんて気にするな!」
私の言葉でもニネの目に宿る炎が消えない。
私はあの時ニネがしてくれたように、今度は私から彼女に唇を重ねる。驚きと共に、彼女の目に宿った炎と、背後に居た魔人が消えていく。
ゆっくりと重ねた唇を離す。そして壁に押し付けていた力を解放する。
「私はニネを愛してる」
私の言葉にニネの頬に涙が伝う。
「他の者など気にするな。私が君を愛する…それ以外に必要か?」
私の言葉にニネが首を振る。
「要らない…。私は魔王が居て、魔王が私を愛してくれるなら…何も要らない」
ニネの涙を拭う。
「私は君が死ぬその瞬間まで。いや、私が生き続ける間君を愛することを誓うよ」
「私も魔王が死ぬまで愛してます」
私の事実上の永久の愛にニネも応える。
「もし不安になったら、私にぶつけて良い。だから、周りの人にあたってはいけないよ」
「分かった、ごめんなさい」
こうしてニネと互いの気持ちを再確認する事ができたのだった。




