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40 第四皇女と竜と竜騎士。

「見て、ジネット!」

「ルイーズ様、あまり顔をお出しになってはなりません。竜に気付かれてしまいます」



私は見張りをしていた人に「もし誰かに怒られそうになったら、貴方はちゃんと職務を全うしていたと私が証言するから!」とどうにか説得して、あの場所から前には進まずに、右側にある植栽のところまで行ったの。

実際には、右横だけじゃなくて、前方にも少し? は進んでいるけど……。そこはね、気付かなかったことにしたわ。


ジネットは「竜に気付かれないように」って言っているけれど、もう絶対とっくに気付かれていると思うのよ。

だって私、2頭いるうちの片方の、白い竜ともう目が合っているし……。



「ギュウゥーー」

「うわぁ。恐ろしい……。あの手綱で木に括り付けているだけで、本当に大丈夫なのでしょうか? 襲ってきたりしませんよね?」

「大丈夫よ。今の鳴き声だって、全然怒っている感じはしないし」

「そ、そうですか? ルイーズ様がそう仰るなら、きっとそうなのでしょうけど……」



私は小さい頃から動物の感情がなんとなく分かるの。

とは言っても、小鳥とか野兎とかリスとかよ。後は、たまにお城に入り込んでくる猫とか犬とか、小さい動物だけなのだけどね。

少なくとも、あの2頭の竜からも “敵意” は感じないわ。



「思っていたよりも竜って大きいのですね。それに、羽? 翼かしら? 凄く立派です……」

「そうね。人をあの背に乗せて大空を飛べるのだから、近くで見たら、きっともっと素晴らしいと思うわ!」

「ルイーズ様、絶対にこれ以上近付くのは駄目ですからね! 私はこの距離でこうして覗いているだけでも恐ろしいのですから……」

「分かっているわ。もうこれ以上は近付かないわよ、安心して!」



それにしても、竜って本当に綺麗ね!

本当のことを言えば、もっと近くで見たいし、なんなら触ってみたいわ。

でも、ここにジネットを1人で置いていくわけにもいかないし、それにもし万が一私に何かあったら、ジネットとさっきの見張りの人がお父様に処分されてしまうわ。

それだけは絶対に駄目よ!



「ギュウゥーー。ギュウゥーー」


突然、こっちに向かって、竜が嬉しそうにまるで呼びかけるように鳴いたわ。

違う! 私たちに向かってじゃないわ!



「おやおや、あれだけ誰も近付かせないようにと、何度も念押しした筈なのに。困ったものですね……」

「まあ、そう言うな」



えっ、いつの間に?

その声が聞こえるまで、茂みのすぐ近くまで人が近付いて来ていたことに、私は全然気付かなかったわ。気配を、隠していたってこと?



「君たちは、竜を見に来たの?」

「お嬢様、私の後へ! どうかそれ以上は近寄らないで下さい!」



そう言いながらジネットは握った右手前にぐっと突き出し、左手で私を自分の背後へと押し込んだ。

見たこともない人間から、私を必死に守ろうとしてくれているのだ。ジネットの左手が小刻みに震えている。

ジネットが私の前に立ちはだかってくれているのではっきりとは見えないけれど、さっきの感じからして……相手は男の人。2人ね。



「私たちはあの竜の(あるじ)です。貴女方に危害を加える意思はありません」

「竜には絶対に近付かないようにと、言っておいた筈なんですがね! あの男、まったく役立たずじゃないか!」

「あの人は悪くないわ! 私がどうしてもって言ったのよ!」



私は一歩前に進み出たわ。いつまでもジネットの背後に隠れているわけにもいかないもの!



「お、お嬢様……」



ジネットは普段、私のことを「お嬢様」なんて呼ばない。

さっきから2度も「お嬢様」って言うってことは……。つまり私の正体を相手に()()()()()()()()()()とジネットが考えているってことよね?



「彼は、ちゃんと『ここより先は立ち入り禁止』って言ったわ。だから、私たちは先には進まずに、横に進んだのよ! まあ、ちょっとは前にも進んではいるけど……」

「なんだ、その下手な言い訳……」

「よせ」

「はい、はい」



頭からすっぽり布を被っているからよく見えないけど、前に立っている2人は凄く背が高くて、いかにも騎士様っぽい服装をしている。“竜の主” って言っていたから “竜騎士” ってことよね?



「勝手に覗き見たことは謝るわ。でも、あの人は悪くないの。だからお父様に、えっと、お城の偉い人に、彼を罰するように言うのはやめて!」

「……ああ、そうだね。言わないよ」



なんだか、ちょっと間があったような気がするけど……。告げ口はされそうにないから、良かったわ。私のせいであの人が処罰されるのは困るもの。



「ねえ、竜を見に来たの?」

「そ、そうよ」

「君は、あの竜が、怖くはないの?」

「怖い? どうして?」

「だって、普通は……。ほら、君の隣のご婦人のように、大抵は竜を怖がるからね」

「そうなの? あんなに綺麗な動物なのに?」



竜のどこが怖いのか、私にはちっとも理解できないわ。特にあの白い竜なんて、日差しを受けてキラキラと輝いていて、本当に綺麗!

でも、確かにジネットは竜を怖がっているみたいね。



「もっと近くで見てみるかい?」

「良いの?」

「ル……。お嬢様、絶対に駄目です! 危険ですわ!」

「主である僕が一緒なら大丈夫だよ。もっとも、怖いのなら、無理することないけれど」

「行くわ! 全然怖くなんてないし、近くで見たいもの!」

「お、お嬢様……」

「ジネットはここに居て良いのよ! 私1人でも大丈夫だから!」

「そう言うわけには……」

「絶対に貴女の大事なお嬢様に怪我を負わせるようなことはありませんのでご安心下さい。竜騎士の名にかけてお約束致しましょう!」

「ですが……」

「さあ、行こう!」



竜騎士様が私にすっと左手を差し出すので、思わずその手を取ってしまったけど……。

もしかして私、小さい子どもと勘違いされている?

それとも、手を繋いでいた方が主の仲間だと竜に思わせることができるとか?

さっきからずっと口の悪いもう1人の竜騎士様も、文句を言いつつ少し離れて私たちの後ろを歩いて来ている。



「お待たせ、ヴァイス。君に会いたいって子を連れて来たよ」

「ギュウゥーー」

「ヴァイス? この竜の名前?」

「そうだよ」

「あなた、白い竜だからヴァイスなのね?」

「ギュウゥーー」

「あはは。凄いな、君!『そうだよ!』ってヴァイスが返事をしてる。もしかして、リーガ語が話せるのかな?」

「ええ。本を読むためにリーガ語を学んだの。“ヴァイス” って “白” ってことよね?」

「ああ、そうだよ!」

「素敵な名前ね。あなたにピッタリよ」

「ギュウゥゥーー」

「もしかして、今のは、ありがとうって、そう言った?」

「あはははは。当たりだ! 本当に凄いな! ところで、薄手の生地とはいえ、どうしてそんな布を頭からすっぽり被っているんだい? 暑いだろうに」



竜騎士様は右手で私の頭の布を少し持ち上げた。

左手は……。相変わらず繋いだままなのよね。



「これはね、髪を隠しているの。だって、竜ってキラキラとか、ヒラヒラとかが好きだって聞いたから……。それにふわふわも。私の髪、今はきっちり結っているからふわふわはしていないけれど、長い金髪だからキラキラを隠そうと思って」

「確かに竜はそういった物が好きだけど、だからって君の頭に食い付いたり、ましてや髪をむしり取ったりは絶対にしないよ」

「そうなの?」

「試してみる?」

「でも……」



私が駄目って言う前に、竜騎士様は私の頭の布をさっと外してしまったの。

丁度少し強い風が吹いて、黒い布はふわりと宙を舞った。



「ほら、大丈夫だろう?」



そう言って私に微笑みかけた竜騎士様の瞳は凄く綺麗な緑色で、まるでお祖父様とお祖母様から頂いたティアラの宝石みたいにキラキラ輝いていたわ。

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