39 第四皇女と竜国の使者再び。
「待って、待って、ジネット! いったいどういうこと? また竜国の使者がお父様のところに? 飛竜に乗ってってこと?」
「竜国の使者様ですから、馬車では来られないと思いますが……」
「今回も、ええと、誰だったかしら? 前に言っていたあのジネットのお友だちからの情報なの?」
「もしかしてイレーヌのことですか? いいえ、違います。今回はイレーヌから得た情報ではありませんよ。先程、他の使用人たちが廊下で話しているのを小耳に挟んだだけです」
イレーヌというのはジネットの幼馴染で、ジネット同様このお城に侍女として勤めている女性なの。確か彼女の仕事は、このお城に来た人たちの案内係だったはずよ。
前に竜騎士がこのお城に来た時には、イレーヌから情報を得たジネットが走ってそのことを私に教えに来てくれたの。だから私も竜を見ることができたのよ。
後からそのことを知ったジョルジュが「僕も竜を見たかったのにっ!」ってかなり悔しがっていたわ。
でも、どうやら今回の情報源はイレーヌではないらしいわね。
「ルイーズ様、お待ち下さい! 今からまさか竜を見学に行くつもり、なんてことはないですわよね?」
「えっ。そうよ。見に行くに決まっているじゃない!」
「駄目ですわ! 絶対に! 今から採寸だと申し上げましたよね?」
「……ああ、そうね。でもすぐに戻って来るし、ちょっとくらいなら良いでしょ?」
「絶対に駄目です!」
前回。……あれは確か2年半ほど前よね。竜国の使者は、ヘンリエッタお姉様の加わった聖女の派遣団が魔獣の群れに襲われたのを助けて下さったザルツリンド王国の竜騎士だった筈。
救出時のおおよその状況と、グルノー皇国からの派遣団の人たちに重傷者は出なかったと報告するために、わざわざこのお城まで飛んで来て下さったのよね。
だったら……今回はどうしたのかしら?
お父様からは何も伺っていないけれど……。また何か問題でも起きているのかしら?
その時、私の部屋の扉をノックする音が聞こえたのよ。
ジネットが私に向かって「今回は絶対に駄目ですからね!」と念押ししながら扉の方へと急いで歩いて行ったわ。
確か前に竜を見学に行った時、人混みの後ろからでも竜が見えるようにと私を抱えてくれたメラニーの旦那さんが言ってた “注意事項” は……。えっと、何だったかしら?
「そうよ! 竜はヒラヒラした物や、キラキラした物を好むのだったわ! 私のこのふわふわの金色の髪の毛に竜が食い付いたら大変だって、あの時、そう料理長は言っていたわね」
今から採寸に向かう予定だから、私の髪は採寸の邪魔にならないようにと、きっちりまとめてもらってあるからふわふわじゃないわ。
それに、今着ているこの服は、普段よりもずっとヒラヒラでもキラキラでもないじゃない!
竜を見学に行くには、まさにお誂向きな装いよ!
「ルイーズ様。実は今、王妃様付きの侍女が来られて、王妃様からの言伝を受け取りました。って、いったい何をなさっているのです?」
「ん? この布を被れば、いい感じに金色の髪も隠れるかしら? と思って」
「なぜ、そのようなことを?」
「だって、料理長が金色は食い付かれるかもって言っていたじゃない? ところで、お母様からの言伝って何だったの?」
「食い付かれる? 料理長? いったい何のお話です?」
私が鏡の前に立って、黒っぽい色の布をぐるぐる頭に巻き付けていることに気付いたジネットが、戸惑った顔をして私に近付いて来た。
「ああ、そうでした、言伝! ええと、なんだか要領を得ないのですが、王妃様が急用でルイーズ様の採寸に付き添えなくなられたそうです。採寸は後日。日を改めて行うことにしたい、とのことですわ」
「そうなの? だったら行くわよ!」
「ですから、今日の採寸は中止ですわ。行く必要はなくなりました」
「違うわよ! 今から私たちが行くのは採寸じゃないわ! 今すぐ竜を見に行くのよ!」
◇ ◇ ◇
「おいおい、待ちなよ、あんたたち! この先は立ち入り禁止だよ!」
「ええ、存じております」
「知っているならさっさと戻ってくれ! しばらくの間、これより先には誰のことも進ませるわけにはいかないんだよ。まったく。今日の門兵は誰だよ? こんな妙な格好の奴らを城内に入れちまって……。ん? あれっ?」
警備をしていたその人が “妙な格好” と言っていたけど、それはかなり的確な表現だと私も思うわ。
だって実際、裏庭とは言え、こんな格好でお城の中をうろうろしている人間がいたら、私だって不審に思うもの。
くふふ。どんな格好か知りたい?
えっとね。私は薄い水色の、ボリュームのない、タイトなワンピース。袖にも襟にもヒラヒラもキラキラもないわよ。
本当はこのワンピースが地味な紺色とかだったらもっと良かったのでしょうけど、そういった色味の服は持っていないのだから仕方がないわよね。
水色が竜の好みにマッチしていると困るから、頭からすっぽり黒っぽい大きな布を被ったの。
これなら完璧よ! たぶん。
「貴女……。もしかして、ジネット様ではありませんか?」
「左様でございます」
警備をしていた人は、どうやらジネットの顔を知っていたみたい。
念のためジネットにも髪を隠す用の布を被って貰っていたのだけれど、ジネットは足止めされた段階ですぐに布を外したから、あっという間に正体がバレちゃった。
まあ、ジネットは私と違って変装はしていないしね。普段着ている侍女用の制服だから、お城の関係者同士なら一見して服装で所属は分かるものね。
それに、ジネットの髪は金色じゃないから、最初から布を被る必要はなかったかもしれないし。
警備の人、急に改まった口調に変わったわ。
もしかして、ジネットって私が知らないだけで、結構偉かったりするのかしら?
ん? 警備の人の視線が私の上に?
「まさか、こちらにいらっしゃるのは……第四皇女様? ルイーズ様、ですか?」
「ええ、そうよ! こんにちは! 見張りのお仕事ご苦労様ね」
「あわわわ。た、大変失礼致しました! ですが、皇女殿下であるルイーズ様が、どうしてそのような、変わった格好でこちらに?」
「私たち、竜を見に来たのよ。この格好は、竜が好きでなさそうな物を組み合わせたの。だって、竜に食い付かれたら困るでしょ?」
「竜の、好みですか?」
「そうよ! ねえ、竜は、この奥にいるのでしょう?」
ここへ来る前に、私とジネットは案内係のイレーヌのところへ立ち寄って、竜がどこにいるかを確かめてきたからね。ちゃんと知っているのよ!
「た、確かに竜はこの先にいますが……。見張りの竜騎士が一緒に居ないので、何かあっては困るから誰も竜に近付かせないようにと、きつく申しつかっているんです」
「そうなの?」
「はい」
「竜は何頭? どこにいるの?」
「2頭です。この先の頑丈な木に繋がれています。かなりしっかり繋いであるのは私もこの目で確認しましたが、竜にどのくらいの力があるか分からないので、近付いて見に行くことは絶対にやめた方が良いと思います」
「……そうなのね」
「ルイーズ様。今回は諦めて、このままお部屋へ戻りましょう」
「そうねぇ……。ねえ、だったら、あそこの茂みに隠れてこっそりと見学するのはどうかしら?」
ちょっと右の方に行ったところに植栽があるわ。あそこからなら、竜が繋がれているというその木もきっと見える筈よ!
「ルイーズ様。今彼が言ったことを聞いておられなかったのですか? この先は立ち入り禁止だそうです!」
「ええ、そうね。ちゃんと聞いていたわ! でも見て! あそこはこの先じゃないわよ。ここから右横に進むのも、やっぱり駄目なの?」
2023/06/04 ジネットの幼馴染の名前を(皇妃と同名ではややこしいとのご指摘を頂き)ジャンヌからイレーヌに変更しました。
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