12 第四皇女のちょっとした研究。
あの後、私の研究部屋にやって来たジネットが、水浸し、もとい、ポーションで濡れた床をぶつぶつ言いながらも、綺麗に掃除してくれました。
この後、掃除のお礼の焼き菓子を調理場に居るメラニーに頼みに行かなくっちゃ!
◇ ◇ ◇
あれからポーション研究は進んで、私は『はじめてのポーション作り 〜誰でも簡単! これ一冊であなたもポーションマスター!〜』に書かれていたポーションはひととおり作ってしまったの。
ちなみに、効果効能に関しては、お祖父様が『あの “傷薬” を試してみて大丈夫だったんだから、たぶん他のも大丈夫だろう!』って仰って、他のポーションの臨床は済んでいません。
手近に、ポーションが必要な病人も居ないしね。
そんなわけで、ポーション研究も一段してしまった私。
使う予定のないポーションをこれ以上作っても仕方がないし、ポーションを保存するための瓶の在庫もあまり持っていないので、今は、新たなる研究課題に取り組んでいます!
だって、お祖父様に折角研究部屋を整えて頂いたんだし、頑張って使わないとでしょう?
ということで、今取り組んでいるのは “内緒話専用インク” です。
どういう物か知りたい?
これは、お手紙を勝手に誰かに読まれてしまうことを防ぐための秘密道具なのですよ。
えっ? 意味がちっとも分からないって?
じゃあ、もうちょっと詳しく説明するわね。
お手紙をやり取りする場合、封筒に印璽っていって、差出人の家系や個人を表すシンボルマークのようなものを押すのよ。
やり方としては、まず、棒状の蝋を火で炙って溶かして、それを封筒の封をした上にポタポタ垂らすの。その蝋が固まる前に、グイっと印璽を押し付ける。
時間が経つと蝋が固まって、シンボルマークが浮き上がる。それでOK。
開封すれば、どうしたって封蝋は割れるでしょ。そうすると、誰かが勝手にお手紙を開けちゃったこととかが分かるの。
でもね。
私に届くお手紙って、だいたい先に中身を確認されちゃうのよ。お父様とかお母様に……。
つまり、封蝋はなんの意味も成さないってことよ。
私だって、お友だちと内緒のやり取りをしたいわ。
そんな時に、本人にしか見ることのできないインクがあったら良いと思うわけ。
例えば、パッと見ただけでは普通のお手紙にしか見えないけれど、裏側に秘密の内容が、特定の人物にしか見えないインクで書かれている、とか。
まあ、今のところ私にはお手紙交換をするようなお友だちは一人も居ないのだけど……。てへ。
まあ、だいたいそんな感じです。
私の得意分野は、明らかにこの “緑の手” を使って植物を育てること。
今は、畑でインクに加工できる植物をいろいろと育てているんだけど、これが意外と大変。
何が大変かと言うと、研究用の植物が育ち過ぎて、成分の分析が間に合わないの!
部屋が植物で溢れちゃう前に、なんとかしないと。
「ルイーズ! 部屋の中に居るのかな?」
「はーい。ルイーズは部屋の中にちゃんと居ますよー!」
あの声は、ラファエルお兄様です!
「あー。これは、ちょっと……。散らかし過ぎなんじゃ無いのかな? この辺、全部どかさないとルイーズの声がするところまで辿り着ける気がしないんだけど……」
しばらく待っていると、声だけでなく、お兄様ご本人が現れました。
「いくらなんでも、これは酷すぎる! ほら、遠心分離用の機材を持って来たから、先にここにある植物の分析をしてしまった方が良いよ。新しい種を蒔くのは、ここが片付いた後にしなさい!」
「はーい」
「それで? 何か新しい発見はあったの?」
ラファエルお兄様は、私が “緑の手” だけで無く “白の手” の持ち主でもあることを唯一知っている人物です。
今までは、何かあると私はラファエルお兄様に相談して来たのだけれど、これからはそうも行かなくなる。
2年間だけとは言え、お兄様は留学のためこの国を離れてしてしまうのだから。
もう相談できる時間も僅かです。
ラファエルお兄様は、多方面に渡りとても優秀なんだけど、その中でも特に魔力操作がお得意。
一方私は、魔力量は多いけど、それを植物以外に対して使うのは、然程上手くない。
「なるほどね。だったら、ここをこうして。こっちはこう。それから……」
私が今抱えている問題点をちょこっとお兄様に相談してみたら、あちこちの器具を使って、私の部屋中に溢れかえっていた植物をあれよあれよという間に解析していく。
「ルイーズは、最終的にどういうインクを目指しているの?」
「最終的に、ですか?」
「そう。例えば、特殊な光を当てると見えるとか、時間が経つと浮き出てくるとか。そうだな、後は、個人の魔力に反応するとか……」
「それ! それが良いです!」
「えっと、どれ?」
「魔力のです! 内緒話をしたい人とあらかじめインクを交換しておいて、手紙を送るときは相手の魔力でできたインクで手紙を書くんです。それで、手紙を受け取ると……」
「受け取った方は自分の魔力ってことだから、魔力反応を起こして書かれた内容が読める! そういうこと?」
「はい!」
「ああ、それなら……。うん、そうだな、できるかもしれない」
「本当ですか?」
「ほら、これを見てごらん」
ラファエルお兄様が指差した容器に入っていた液体は、お兄様が手を近付けると少し光を発した。手を遠ざけると元のただの液体にしか見えない。
何これ? 面白い!
「この液体は、そこに置かれていた植物から今さっき抽出したんだけど。こうして僕が魔力を加えると、ほら、発光するんだ」
「ああ、これ。ムワンガ草です」
「ムワンガ草か。これをベースに、こっちのを加えてみようかな。後、これとこれも」
その後、私の仕事は散らかったお部屋の片付けになりました。
お部屋がすっかり綺麗に片付いた頃、ラファエルお兄様の従者が息を切らしてやって来たの。
「ラファエル殿下。こちらにいらっしゃったのですね! 席を外されるなら、行き先を近くに居る者に伝えて下さいと何度も申し上げて……。ああ、ルイーズ様もこちらにいらっしゃったのですね」
「まあ、ここはお祖父様がルイーズのために用意した研究室だからね。そりゃ、本人は居るよ」
「そうでしたか。それは、失礼致しました」
「で? 僕に何か急ぎの用だった?」
「はい。それが……」
お兄様の従者のその人は、そう言いかけて私にチラリと視線を投げた。つまり、私は聞かないほうが良いお話ってことよね。
私は、こう見えて結構気遣いのできる11歳なのですよ。
「ラファエルお兄様。私、お片付けが終わったので、図書室に本を返しに行って来ます。後で戻って参りますので、お部屋の鍵は開けっ放しで大丈夫ですからね」
「分かったよ。図書室には、一人で行くの?」
「いいえ。外に誰か居る筈ですから、ご心配には及びません」
「そう? なら良いけど。……じゃあ、僕は適当に切り上げて部屋に戻るよ。これ、僕の部屋に持って帰っても良いかな? もう少し調べたい」
「はい。お願いします」
お兄様の助力があれば、きっと “内緒話専用インク” の完成も近いわね!
◇ ◇ ◇
お兄様は、その後数日の間、お城にはいらっしゃらないみたいだった。
私が図書室から研究室に戻った時には、作りかけの材料の殆どが無くなっていたわ。
ラファエルお兄様は私以上に何かにのめり込むタイプなので、私の研究材料は、全てお兄様のお部屋に移動してしまったと思われるわけ。
そうなると、私は別の楽しい何かを探した方が良さそうね。
アデルお姉様の結婚式も近いし、何かお祝いの品でも作ってみようかしら。
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