第8録 異世界活動部、もとい学園生活向上部、もとい
「じゃあ、本格的に部員と顧問も揃ったことだし、活動を始めるわよ!」
あの事件から1週間。俺たち1年生のクラスがある3階の廊下だけがヒビやら穴やら空いているという状態ではあったが、みんなナツメの魔法で都合よく記憶が変換されたらしく、特に問題なく学校生活は続いていた。
レモンも事件当日は入院していたみたいだが、体力的に衰弱していただけで、『寝たら治った』と言って次の日には退院していたらしい。ただ、あの事件は斉藤くんではなくテロリストの仕業ということになってしまったため、事情聴取という形で何度か警察に呼ばれることとなり、やっと今日、学校に来れたということだ。
で、来たら来たですぐ、いつも通り胸の前で腕を組んで偉そうに、俺に向かって言い放ったのが、最初の言葉というわけで。
「お前な、あんなことがあってよくまだ異世界に行きたいなんて言えたもんだな」
時刻は放課後。何の間違いか学級委員とやらに選ばれてしまった佐藤は、初の顔合わせだか何だかで同じく学級委員に選ばれた女の子と一緒に別のクラスに行ってしまった。この1週間は毎日佐藤と下校していた俺は、どうしたものか、仕方ないから1人で帰るか、と考えていたところで、授業をまるごと休んでいたレモンが突然クラスに入ってきたものだから、教室に残っていた数人の生徒は少しざわついた。かくいう俺も想定していない事態だったので目を丸くしてしまったが、それ以上にレモンの発言に対する驚きが大きくて、レモン登場の驚きを凌駕してしまった。
もちろんテロリストの襲撃に巻き込まれたということになっていたところで、心にダメージはあるはずだし、不登校になってしまってもおかしくはない。しかし、ナツメの話では、レモンは覚えているはずなのだ。あの事件が斉藤くんによる爆破事件で、それは単なる爆破事件ではなく、魔法という異世界の概念が関わった事象だということに。そこでナツメが魔法を使ったことも。ついでに言うと、最初にレモンと会った夜、俺が魔法を使ったところもその目で見てしっかりと覚えているはずなのだ。それなのにこんな平気な顔で、未だに異世界活動部なんてものを作ろうとしているのは、何故なんだろうか。異世界人を自称することと何か関係あるのだろうか?
「私が異世界に行きたいと思う気持ちは常にブレないわ。それはさながら、ナックルボールのように」
たしかに無回転だが、その気持ちはランダムに落ちていくけれどいいのか?熱しやすく冷めやすいという意味で言っているのなら、なんとなく言いたいことはわからないでもないが、こいつは本気で上手いこと言ったと思っている節があるから手の施しようがない。もう言わせておこう。
「どうでもいいが、人数は足りないんじゃないか?レモン、ナツメ、佐藤、俺。部を作るには最低でも5人は必要なはずだ」
「はい、これ」
そう言ってレモンが俺の机の上に置いたのは入部届。名前の欄には『斉藤誠』と書いてあり、捺印もされていた。
「お前、これって」
「本人に了承は得たわ。私にした仕打ちはこれでチャラにしてあげるって言ったらすぐさま書いてたわよ。ただ、『こんなことでチャラにできたとは思ってない。いつか絶対何かの形で穴埋めをします』とか言ってたけど」
それもそうだろう。元々は大人しいはずの斉藤くんが、何かのきっかけで心が壊れかけていたところに、あいつ、ナツメの言うAが力を与えて暴走したのだ。正気に戻っている今、彼はとんでもない罪悪感に襲われているのではなかろうか。
「まぁでも、まるで穴埋めのために名前を貸すみたいに言ってたから、ちゃんと『アンタも部員になるんだから、学校に来られるようになったら部室に来なさい』って言ったら、なんか急に泣き出しちゃって。ずっと『ありがとう』って繰り返してたわ」
「……そうか」
ずっと居場所が欲しかった、孤独を恐れていた斉藤くんにとって、レモンのその言葉は本当に救われる一言だったんじゃないだろうか。彼の過去はわからないが、なんとなくそんな気がした。
「でね、部員に斉藤くんも入れるって話をしたら、厳島先生がずいぶん感動したのか泣いちゃって。『心に傷を負ったであろう斉藤が帰ってくる場のために部活を作ってやるなんて、沙本、お前はなんていいやつなんだ』って。それでまだ顧問が決まってないって話をしたら、『俺がその部の顧問になる!』って言い出してね!いやー、ラッキーだったわ!なんで斉藤くんも先生もあんなに泣いてたのかはよくわからないけど」
なんというか、こいつは本当に自分の思ったように行動しているんだろうな。レモンのヘラヘラしている顔を見ながら、厳島先生の気持ちを想像すると、なんとも遣る瀬無い気持ちになった。先生、その感動は勘違いですよ。
「なんにせよ、部員も顧問も決まったようでよかったよ。あとは部室だな」
「部室?」
「部活って言ったら部室が必要だろ?拠点となる教室的な」
「ここじゃダメなの?」
「ダメに決まってるだろ……」
一応個人の私物も置いたりする場所だ。空き教室を使えばいいのだろうが、どこでも良い訳もないし、その辺りはもう先生に聞くことにしよう。
というわけで、俺はレモンと連れ立って職員室へと向かった。職員室というのは、俺にとっては何度行っても慣れない場所で、独特の緊張感がある。意を決して俺は『失礼しまーす』と言って入るが、レモンは『し、失礼、しまっ』とまともに言えていなかった。
職員室をぐるりと見渡すと、入ってすぐのところにカウンターのようなものがあり、そこで生徒の空間と教師の空間が分かれているような気がして、教師の空間に妙な重圧感を感じてしまう。教師の空間ではもちろん、教師たちそれぞれの机が置いてあり、各自がパソコンや資料を見ながら仕事をしている様子だ。基本的にはオフィスカジュアルというのだろうか、スーツとまではいかないがかっちりとした格好をしていて、いかにも教師らしいが、時たま目に入るジャージ姿はおそらく体育教師だろう。その中に、1人見知った顔を見つけた。
「どうしたの?何か用?」
カウンター越しに声をかけてきたのは、眼鏡をかけて肩までの長さで整った黒髪が目を引く、綺麗な女性。俺を見てにこりと笑ったが、その隣にいるレモンを見て目を丸くした。
「あれ!?沙本さん!?今日お休みじゃなかったの?」
「あ、あはは……き、来ちゃいました」
相変わらず先生には弱いレモンは、頭をぽりぽり掻きながら苦笑いしている。というより、そうする以外何も出来ないという様子だった。
この女性は、城先生。俺とレモンのクラス担任で、そのルックスが故に男子生徒からの人気はとんでもない。彼氏がいるのか、いないのか、という論争がこの1週間でひっきりなしに行われており、勿論誰一人として真相を聞くことなど出来ないので結論は出ないまま、という男子高校生特有のアホらしい事態が起きているほどだ。
城先生は髪を眼鏡にかかった髪をかきあげて耳にかける。こんな何気ない仕草にもドキッとさせられるのだから、男子人気が出るのも仕方がない。
「まっ、元気ならオッケー!明日からはちゃんと朝から授業に出るのよ?」
「は、はい」
完全に縮こまって普段の三分の二ぐらいのサイズになってしまっているレモンは放っておいて、俺は再び城先生の方を向く。
「えーっと、厳島先生を呼んでいただいてもいいですか?」
「厳島先生ね。わかったわ、ちょっと待ってて」
そう言ってささっと奥の方へ歩いていくと、俺が先程見つけたジャージ姿の元へと城先生が近づいていく。デスクで不器用そうにパソコンを打っていた厳島先生は、城先生に話しかけられて驚いたのか、わかりやすく仰け反り、思わずそのまま後ろに倒れこみそうになったところを、なんとか耐えて照れ笑いしていた。……なんてわかりやすい人なんだ。
城先生と二言三言会話をすると、厳島先生はこちらを向いてあからさまに焦ったようなそぶりをして、小走りでカウンターの方まで近づいてきた。
カウンターの前で、大きく咳払いをする。
「お、おお。沙本に五月じゃないか。一体どうしたんだ?」
「新しい部活の部室の件なんですけど」
「ん?あぁ、『デタラメ団』の件だな。それなんだが」
「ん?え、今なんて言いました?」
「いや、だから『デタラメ団』の部室の件だろう?」
……なんだ?その世界征服を企むも主人公にあっけなくやられてしまいそうな集団名は?
俺はレモンを一瞥するが、何故か驚くほどのドヤ顔でこちらを見ていて、思わず辟易してしまう。
「えっと、すいません。その『デタラメ団』っていうのは一体?」
「なんだ、まだ沙本から聞いてないのか?『Destroy Tactics and Race and Measure』策略や競争、尺度なんて破壊して、みんながそれぞれ自分の良いところを活かせる学園を作る部活、それが、英語の頭文字二文字を取って『DeTaRaMe団』すなわち、『デタラメ団』だよ!な、沙本」
「あっ、はい!」
なんだそりゃ。そんな部活ありなのか?
「もちろん、正式には『学園生活向上部』として学校には申請する。ただ、『デタラメ団』って名前があった方が親しみやすいだろ?うちの学校には生徒会があるし、基本的に学園の治安維持や大きな制度改善に関しては生徒会や風紀委員会が執り行う。けれど、そこにはちょっと頼みづらいというか、気後れしてしまう生徒の駆け込み寺、それが『デタラメ団』ってわけだ!」
「駆け込み寺、ですか……」
「いいぞ、こういうのが青春なんだよ!生徒会には出来ない仕事を地味ながらコツコツと行なっていく日々。その時は何も感じないかもしれないが、10年後、きっとその日々は宝物に変わる!あぁ、早く10年後のお前らに会いたい!酒を酌み交わしたい!」
大丈夫か?この人。10年後じゃなくて今この瞬間の俺たちの青春を大事にしてくれないか?
なんて言えるはずもないので、とりあえず『なるほど』と言っておく。
思っていた以上に厳島先生は熱血青春系教師だったようで、異世界活動部、もとい学園生活向上部、もといデタラメ団は熱くて地味な部活になりそうだ。レモンも何か言いたそうだが言えるはずもなく、厳島先生の勢いに押されっぱなしである。
「あー、えっと。で、その学園生活向上部」
「デタラメ団!」
「デ、デタラメ団なんですけど。部室ってどうしたらいいですかね?」
「部室、部室か……あ、あそこがあったな。よし、着いてこい」
俺とレモンは厳島先生に着いて3階まで上る。職員室は1階にあるため上り下りだけで結構な体力の消費になるのだが、3年生と職員室が1階で1年生が3階というところになんとなく社会の縮図というか、年功序列制度の片鱗を感じてしまう。
俺がそうやって社会を憂いている間にすでに目的地に到着していたようで、厳島先生は立ち止まる。あれ?ここはたしか……
「ここは、どの部活も使っていないはずだ。ここを掃除して使うといい。申請とか諸々に関しては俺がやっておくよ」
「えっ、こんないいとこ使っていいの!?……いいんですか!?」
そこは、斉藤くんが暴れ始める直前、俺とナツメが2人で話し合っていた教室だった。空き教室みたいだと思っていたら、本当に空き教室だったんだな。
レモンが言った通り、俺たちが5人、現状4人で使うには十分過ぎるほど広々とした教室で、たしかに隅の方にホコリはたまっているものの、軽く掃除すれば問題なく使えるように思えた。
「ありがとうございます、厳島先生。何から何まで」
「いいよいいよ。これからお前らに青春が待ってると思うと、俺も滾ってきたぞ!」
「あ、あはは……」
ちょっと滾られても困るんだが、とりあえずこれで部活の創設に関しては一件落着ーー
「ちょっと待ったぁ!!!」
しなかった。
大きな声と共に扉を勢いよく開けて入ってきたのは、俺よりは身長が少し高いぐらいの男子生徒。頭にバンダナ、手に指ぬきグローブをしていること以外はいたって普通の格好なのだが、バンダナと指ぬきグローブというのがいかんせんインパクトが強すぎて変なやつにしか見えない。というか十中八九、変なやつだ。
「くっくっくっ……」
「この教室を使いたくば」
「俺たちぃぃぃっハァ!!!」
「カードゲーム研究会を」
「倒してからに、するんだな!!!」
な、なんだ?セリフとともに、順に変なやつが次々と出てきて、5人が横並びになって俺とレモン、厳島先生の前に立ち塞がる。
誰なんだ、お前ら。
なんでそんなにオーラばっかり凄そうなんだ?
そして面倒臭そうな香りしかしないぞ、この展開!