第13話 衝撃の裏切り
荒れ果てた廃村、霧深き湖畔、静寂に沈む山奥――。
それだけに留まらず、東の都へ向かう道中で一行は数え切れないほどの妖との激闘をくぐり抜けてきた。
予言の言葉通り、歩みを進めるごとに妖たちは強さを増していったが、五人はそのたびに固い絆で結ばれ、すべての死闘を乗り越えてきたのだった。
しかし、肝心の「金」の手掛かりだけは、最後まで一切掴めぬまま――。
――そして、一行はついに都へと足を踏み入れた。
立ち並ぶ朱塗りの楼閣、行き交う煌びやかな着物姿の人々、そして威勢よく響き渡る行商たちの声――。
色とりどりの暖簾がたなびき、芳しい香木や香ばしい甘味の匂いが風に乗って漂ってくる。
それは眩しいほどの華やかさと、熱気に満ちた世界だった。
――だが、その賑わいは次の瞬間、異様な静けさによって根こそぎ塗り潰された。
「……ん? なんか、空気が重くなったぞ」
コマが耳を立てて身構えると、身軽に跳ねて錬の肩へと飛び乗る。
「なんだか嫌な気配がするな……」
次の瞬間、都のあちこちから人々の悲鳴が上がった。
「嘘だろ……? 魔法が……魔法が使えないっ!」
「火がつかない! 水が出ないぞ……っ!」
あちこちで慌てふためく声が聞こえた。この国の人々にとって生活の一部であった「魔法」が、一瞬にしてすべて消失したのだ。
それだけではない。都の中心部から、天を突くほどの禍々しい巨大な漆黒の柱が凄まじい勢いで立ち上った。
「霊力が……この柱に吸い上げられていく……!?」
渚が青ざめた顔で自身の両手を握りしめる。
灯も楓も、魔法を維持できずに膝をつきかけた。
「体が……重い……!」
圭が歯をくいしばる。
魔法の力が根こそぎ奪われる中、魔法が使えない錬と、妖のコマだけが、普段どおりの軽い足取りのまま周囲を見回した。
「みんな、大丈夫か……!?」
「錬さん……この黒い柱……尋常じゃありません」
足元から這い上がるような凄まじい地鳴りと共に、大通りの突き当たりから、幕府の一団が現れた。
先頭に立つのは、月形景時だった。その後ろには、武装した大勢の側近たちが冷徹な面持ちで従え、周囲の人々を鋭く見張り、誰も近づかせないように固めていた。
「月形さん……っ!」
灯や渚たちはハッと顔を上げる。
「これは一体……」
錬が近づこうとしたその時、景時はピタリと足を止め、優しかったはずの目を冷酷に細めた。
「驚いたか?これは黒龍の柱だ……」
そして、静かに手を振るうと、次の瞬間、凄まじい衝撃波を伴う爆発が起こった。
――ドォンッ!!
「きゃああっ!?」
「ぐっ……!?」
猛烈な暴風により、一番前にいた灯と楓が激しく吹き飛ばされ、硬い地面に叩きつけられた。
「……灯……っ! 楓……っ!」
激しい衝撃のなか、錬は我を忘れて仲間の名を叫び、無我夢中でその場へと走り出した。
「大丈夫かっ!?」
「うっ、……どうにか……」
「……僅かに防御の魔法を張っていましたので、致命傷は避けられましたわ……」
錬は信じられないものを見る目で景時を見据えた。
「月形さん……?……どうしてこんなことを……!」
景時は穏やかな微笑みを崩さないまま、静かに、そして残酷な声音で告げた。
「助けに来たのだよ。……君たちから、その不完全で危険な『魔力』をすべて回収するためにね」
「何を言ってるんだ……!あなたは、いつも見守ってくれて、いつでも頼れって……!」
「見守っていたのではない……利用していたのだ……。
しかし、感謝しているよ、錬くん。君の持つ特異な体質――周囲の魔法を増幅させる『結の力』は、実に素晴らしかった」
その時、錬は胸元の黒い石から異様な光が漏れ出していることに気づき、懐から取り出した。
錬の手のひらで石が禍々しい光を放ったその瞬間、景時の姿が陽炎のように揺らいでかき消えた。
「いまのは……瞬間移動……! 戦国時代の忍びの者だけが使えるという伝説の術ですわ!」
楓の叫びが響いた時には、すでに景時は錬のすぐ目の前に立っていた。
「錬くん、大きくなったね。相変わらず良い顔をしている。
そして、あの時の半紙……いや、コマか」
錬が不審に目を細めた瞬間、景時は凍てつくような冷徹な笑みを浮かべ、一瞬で、錬が手にしていた黒い石を鮮やかに奪い取る。
抵抗する隙すら与えられず、次の瞬間には、景時は音もなく元の位置へと影のように舞い戻っていた。
「君たちが各地の怪異を鎮める度に、その偉大な魔力を、この黒石を通じて都へと集めさせてもらった。
おかげで、私の長年の悲願であるこの『黒龍の柱』が完成した。これで人々の魔法を封じることができる」
「そんな……俺たちを利用していたっていうのか……!?人々を救うためじゃなかったのかよ……!」
その時、周囲の側近たちには一切聞こえない、錬と少女たちの頭の中だけに直接、景時の穏やかな声が響いてきた。
――『愚かな。この国にあるすべての魔法は、人の争いと混乱の種でしかない。
……私は、はるか昔の戦国時代に忍びとして生きていた。だが、突然、時空の歪みによって、この時代へと飛ばされてきたのだ』
「「「なんだってっ……!?」」」
冷徹な声とともに、錬たちの脳裏に遥か遠い戦国の世の光景が鮮明に映し出された。
それは、暴走した魔法の炎によって美しい城も大地も瞬く間に焼き尽くされていく、地獄のような戦国の世の景色――。
制御を失った強大な力が世界を崩壊させていく、あまりに無残な光景だった。
――『私には、忘れたくとも忘れられぬ過去がある。あのような悲劇の連鎖を、この平和な時代に二度と繰り返すわけにはいかないのだ』
景色が一瞬にして切り替わる。
時を越えてこの都へとたどり着いた十五歳の景時が、その卓越した知略と忍びの技を武器に、時の将軍へと巧みに取り入っていく姿。
そして、わずか三年で幕府の中枢へと食い込み、すべての力を管理する「参謀」として君臨するまでの鮮烈な足跡が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
――『どれほど正しく生きようとも、強大な力を持つ者はいつか必ず狂い、世界を焼き尽くす。
だからこそ、私がすべての魔法を吸い取り、世の理を我が手で管理する。
……ところで、錬くん、私と手を組まないか?
すべては世の平穏のためだ。君だけには特別な力を残そう』
脳裏に直接流れ込んできた凄まじい過去の記憶と、歪んだ正義を掲げる男の執念。
錬は唇を噛み締め、怒りに震える拳を強く握りしめた。
「……ふざけるなっ!」
思わず口をついて出た錬の言葉に、周囲の側近たちはざわめいたが、景時は冷徹な微笑みを崩さない。
「どんなに辛い過去があったとしても、すべての魔法を我が物にして人々を縛り上げるなんて、そんなの正義でも何でもないっ……!」
「……実に惜しいが、話は決裂のようだな。さあ、錬くん。君の体内に眠る「星結の力」も、そろそろ回収させてもらおうか」
景時が冷酷に手を掲げると、側近たちが一斉に放った黒魔法の鎖がうねりながら、容赦なく襲いかかる。
「錬ちゃん、危ない……っ!」
圭が素早く飛び出し、腰の刀で鎖を斬り払おうとした。しかし、魔法を奪われた虚弱な体では思うように力が入らず、為すすべなく鎖に弾き飛ばされてしまう。
「圭っ!」
「錬さん、早く逃げて……っ! あなただけでも……!」
黒魔法の鎖に激しく打ち据えられ、あちこちに傷を負いながらも、渚、灯、楓、そして圭の四人は、錬をかばうために、その身を盾にして錬の前に立ちはだかった。
一歩も引かない彼女たちの背中から、強い決意の光が放たれている。
「錬は……私たちが絶対に守るんだから!」
大切な仲間たちが傷つきながらも自分の前に立ち塞がる姿に、錬はぐっと拳を握りしめた。
魔法が使えない自分は、何もできないのか――。
胸の奥で、悔しさとどうしようもない無力感が激しく渦巻いていく。
第十三話をお読みいただきありがとうございます。
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