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第1話 魔法が使えない少年と水の魔法少女

この世界には、万物を巡る五つの理がある。

水、火、土、木、そしてすべてを結ぶ金。


散りばめられた理(ことわり)の絆を束ね――

蔑まれて生きてきた少年と魔法少女たちは、世界をどう塗り替えるのか。


挿絵(By みてみん)


   ◇ ◇ ◇


時は幕府の天下統一から百年余り。

戦乱の記憶は遠い過去の彼方へと退き、人々は平穏な日常を謳歌していた。


――もっとも、厄介な妖(あやかし)が世を脅かすようになるまでは。


   ◇ ◇ ◇


山あいを縫うように細く延びる街道。まだ冬の気配を引きずる早春の冷気が、旅人の頬をかすめる。

西に傾いた陽の光が、木々の梢をあめ色に染め上げていく。


旅装束に身を包んだ少年・錬(れん)は、背負った大きな鞄の重みを確かめるように姿勢を正し、小さく息をついた。


「まだまだ冷えるなあ……歩いても歩いても、次の町が見えてこない」


黒い短髪を夕風に揺らしながら、のんびりとした歩調で進む。鞄の中には、旅の途中で見聞きした景色や、胸に浮かんだ物語を気ままに書き留めた手帳が収められている。


錬には、幼い頃の記憶がない。

年は十七歳ほどだろうか……正確な年齢を知る者はいない。

両親の顔も知らず、物心ついた時から呉服屋で見習いとして働き、そののち、諸国を渡り歩きながら職を変え、ここまで生きてきた。


この国では、人々の暮らしに「魔法」が深く根づいている。

指先に小さな火を灯したり、植物の生長を早めたりする程度の小さな魔法は、日常のあちこちに溶け込んでいていた。


――だが、錬だけは違った。

どんなに願っても、指先一つ光らせることができない。魔法の才が完全に欠落した人間、それが錬だった。


しかし、本人はそれを特別に悲観してはいない。魔法が使えずとも、自分の足で歩き、己の手で働けば生きていけるのだから。


その時、さらさらと、涼やかな水の音が耳に届いた。


「お、川か。ちょうど喉が渇いていたところだ」


街道を離れ、草むらをかき分けて川辺へ歩み寄る。


清らかな水面が夕日を反射して輝くその岸辺に、一人の少女が佇んでいた。

淡い水色の着物に身を包み、黒髪を風に揺らしている。相当な美人である。


彼女は膝をつき、必死の様子で川底を覗き込んでいた。


「あの、どうかしたのか?」


錬が穏やかに声をかけると、少女は肩を跳ねさせ、弾かれたように振り返った。


「……っ!」


透き通った瞳が警戒の色に揺れるが、錬の人懐っこい目元を見ると、わずかに力を抜き、か細い声で答えた。


「あ、あの……髪飾りを、ここに落としてしまって……」


「そうか、それは大変だな。俺も一緒に探すよ」


「えっ、でも、見ず知らずの方にそんな……」


戸惑う少女をよそに、錬は鞄を木陰に置き、裾をまくって冷たい川の浅瀬へと足を踏み入れた。


「どのあたりで落としたんだ?」


錬の裏表のない笑顔に毒気を抜かれたのか、少女は小さく頷いた。


「あ……はい。あの平らな岩の、すぐ下あたりです」


少女の名は渚(なぎさ)というらしい。

錬と同い年くらい。この土地の水を守る一族の血筋なのだと、言葉を交わすうちに互いの緊張がほぐれていく。


――その時だった。

ズズズ……と、大地を揺るがす地鳴りが響いた。


「え……?」


渚が顔を上げた瞬間、川底の泥がまるで生き物のように激しく盛り上がった。


水飛沫が舞い散る中、姿を現したのは、枯れ枝とドス黒い泥が絡み合った、巨大な腕を持つ「妖」だった。

周囲の清らかな気が一瞬にして濁っていく。


「な、なんだアイツは……!」


妖は泥の腕を持ち上げ、渚めがけて容赦なく振り下ろした。


「危ない!」


錬の体が反射的に動いた。

渚の前に飛び出し、足元にあった太い枝を両手に構えて泥の腕を受け止める。


バキァンッ!


重厚な衝撃に耐えきれず、錬の体は後ろへと吹き飛ばされた。


「ガハッ……!」


「錬さん!」


「逃げろ、渚……!」


「ダメです! 私を庇って……逃げるなんてできません!」


渚は恐怖に震えながらも両手を掲げた。


「水よ、流れを束ねて、邪なるものを縛り上げなさい!」


渚の水の魔法に応じ、川の水が立ち昇り、妖の腕に絡みつく。


だが、妖の胸元で不気味な黒い紋章が明滅し、渚の魔法を容赦なく汚染していく。


「くっ……泥が重すぎる……!」


渚の顔から血の気が引いていく。


(このままでは、二人とも押し潰される……!)


錬は泥を払い除け、立ち上がった。

自分は魔法が使えない。しかし、目の前の人を守りたい。


「あの黒い紋章を……!」


引きつけられるように、錬は妖の足元へ踏み込み、妖の中心で脈打つ黒い紋章を狙って手を伸ばした。錬の腕に痛みが走る。


「錬さん、危険です!」


渚の制止をよそに、錬はそのおぞましい紋章を素手で鷲掴みにした。


――その瞬間だった。


錬の体内で血が熱く脈動し、手のひらから眩い黄金の光があふれ出した。


「な……に、これ……?」


その光は妖の邪気を浄化し、川の水を媒体にして渚の指先へと流れ込んだ。


渚は目を見開いた。錬から流れ込んだ気が自身の水の魔法と調和し、何倍もの威力へと膨れ上がっていく。


渚が放った水の帯は、巨大な水塊へと変貌を遂げた。


「お願い、押し流して――っ!!」


轟音とともに、水塊が妖の巨体に激突した。


挿絵(By みてみん)


ズドォォォンッ!


胸元の黒い紋章は圧倒的な水圧に耐えかね、粉々に砕け散った。


静寂が戻り、暴れていた妖はただの水と泥に還った。


「はぁ……はぁ……」


渚は膝をつき、自分の両手を見つめた。


「私の魔法が……あんなに……」


「おい、大丈夫か、渚?」


錬は痛む腕を押さえながら歩み寄る。

その笑顔は、命がけで戦った者とは思えないほど穏やかだった。


足元の川底には、青く輝く髪飾りが落ちていた。

渚はそれを大切に拾い上げ、涙をにじませながら頭を下げた。


「錬さん……本当に、ありがとうございました」


「いや、俺は何もしてないよ。渚の魔法がすっごくかっこよかった」


錬は照れくさそうに笑い、自分の手のひらをそっと見つめた。


「……俺、魔法が使えなくて……自分が情けないよ」


驚異的な魔法を放った渚のすごさを目の当たりにし、錬は肩を落とした。


すると渚は首を横に振り、まっすぐに錬を見つめた。


「そんなことありません。……錬さんは、私のために命をかけて守ってくれた。すごく、優しくて強い人です」


まっすぐな励ましの言葉に、錬は照れくさそうに笑った。


「……そっか。ありがとう、渚」


その真っ直ぐな笑顔に、渚は思わずぎゅっと裾を握りしめ、火照った頬をそっと両手で覆う。

胸の奥で波打つこの眩しい感情の正体はまだわからない。けれど、夕暮れの冷たい風の中で感じるその温もりは、やけに心地よかった。


その様子を、森の陰から一匹の白い影がじっと見つめていた。


   ◇  ◇  ◇


――そして遠く離れた都。


幕府の重臣の一人の男は、届いた書状に目を細めていた。


「……魔法が使えない少年と、水を操る少女、か……」


その男は静かな笑みを浮かべる。


「ついに動き出したか。実に興味深い。彼らの旅路を、もう少し見守るとしよう」

第一話をお読みいただきありがとうございます。

引き続き、どうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
錬と渚の出会いがドラマチック! 目の前の人を守るために迷わず飛び出す錬の真っ直ぐな優しさと男気がかっこいいです。 錬と渚のコンビネーションもとても鮮やかで素敵です。 戦いのあとの少し甘酸っぱい空…
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