21.夫婦喧嘩
次の日。
悠斗は小学校に向かっていた。
途中で、同じクラスの春流と出くわす。
「おはよ~春流」
「あ、おはよ……」
「どした?元気ねーじゃん」
春流は曖昧に笑った。悠斗はその大人びた仕草に引っかかりを覚える。
「さては春流、なんか隠してることあるだろ?」
「……誰にも言わないでくれる?」
「もちろん」
「昨日、パパとママがすっごいケンカしてさ」
悠斗はそれを笑い飛ばした。
「そんなことで?うちなんか、二人とも毎日大騒ぎのケンカしてるぜ!」
「でも、そのケンカの原因、僕なんだ」
「……?」
「僕を中学受験させるってパパが言ったら、ママがブチギレちゃって」
悠斗は不思議に思った。
「何で?ママは受験させたくないってこと?」
「うん。なんか……パパのこと、〝今決めるのは無神経だ〟って怒ってた」
「あー、勝手に決めんなってこと?」
「多分」
悠斗は春流の肩をがしっと掴んだ。
「分かるわ~!親って勝手に俺たちのゴールを決めつけて、勝手にあれこれやるんだよな!」
「悠斗んちもそうなの?」
「そう!で、いつの間にか勝手に俺に用事を作って来ちゃうの!イヤんなるよな~」
その言葉で春流の気が少し晴れた。
「僕も受験するの嫌だな。中学は、悠斗と同じ学校がいい」
「春流も、黙ってないで声に出して言った方がいいよ。黙ってると親って勝手ばかりするから」
二人で歩いていると、目の前にいつもの交差点が迫って来た。
交通当番の父母が立っている。
そこには春流の母、玲の姿があった。
悠斗は彼女の姿を見て、少し嫌な予感がした。
玲の肌は青白く、頬はこけ、着るものも上下スウェットになり、明らかに様子がおかしい。
「あッ、ママ~!」
春流はいつも一緒に住んでいるので、異変に気づいていないのだろう。
二人は玲に手を振りながら横断歩道を渡った。
玲はこちらを見ていない。
悠斗の胸が、どくどくと嫌な音を立てた。
「なあ、春流」
「んー?」
「春流のママ、ずいぶん痩せたな」
すると春流はこともなげに答えた。
「離婚するんだって」
「……え?」
「だからママ、元気ないんだ」
「そりゃ元気出ないな。じゃあそうなったら春流は受験しないで別の場所に引っ越すの?」
「……えっ?」
「だって、パパと別れたら、ママは別の場所に住むんじゃ……」
春流は、そこまで思い至っていないようだった。
「そ、そうなのかな?」
「春流はパパとこの街に住むの?ママとはお別れ?」
「……!」
「春流のママが怒ってる理由が分かるな。こんな時にそれを決めるのかっていう」
すると、春流は急に嗚咽し始めた。
「おいっ、泣くなよ」
「うええ……」
「大丈夫?学校行けそう?」
「学校、行く……家ヤダ」
「春流……」
周囲の色とりどりのランドセルをしょった子どもたちが、それを見逃すわけもなくわらわらと集まって来る。
「どうしたどうした?」
「保健室?」
「こらっ、大城!」
「家帰る~?」
春流は泣きながらも、せいいっぱい歩いた。悠斗はそんな友達のあとを、追って行くことしか出来ない。
春流を保健室に送りとどけて、悠斗はいつもの教室に入った。
無論、陣は休みだ。
悠斗は教室を見渡す。今日は、何だか急に別世界に押し込まれたような気分だった。
(離婚……)
もしも自分の親がそうなったら、悠斗は生きていける気がしない。
(やべえな)
今の春流にかかっているストレスは、悠斗の想像の範疇を超えているであろう。
二時間目になると、春流は教室へと戻って来た。目は腫れているが、顔はすっきりしている。
悠斗はいたたまれず友達に声をかけた。
「おい、大丈夫だった?」
春流は声も出さず頷いた。ショックが大きそうだ。
悠斗は親友に、何とか気を紛らわし、この世界を楽しんで欲しいと考えた。
悠斗はうんうん唸ってから──いいことを思いついた。
「そうだ!今日、五時間目で終わるだろ?」
「うん」
「第二公園に、いつも田中陣が遊びに来てるって知ってる?」
春流の目が瞬時に光を取り戻した。
「田中ってあの、不登校の?」
「うん。でも、遊びには出られるらしいぜ」
「へー。最近見てないし、見てみたいな」
「一緒に帰るついでに見に行こうよ、田中を」
彼らにとっては悪気なく、珍しい人間を見ることは数少ない娯楽のひとつなのだった。
春流はわくわくし始める。
「田中って何の話をするんだろう?」
「さあね。こればかりは実際会ってみないとな」
「俺、初めて話すかも」
「あ、そうなの。へー」
こうして二人は、帰りに陣を見に行くことにしたのだった。




