【書籍発売記念SS】弟とは
書籍発売を記念して、短いお話をいくつか。
今回は弟ズのうち、オーブリーとリントの話。
弟とは?
自分より年下の兄弟のこと。
俺は生まれた瞬間から弟で、俺たち以外に両親に子は生まれなかったから、兄になることはなかった。
「なあ、リントー」
「くっ!! ……はい? 何スか、オーブリー様っ……っとぉ!!」
リンデルト侯爵家本邸の鍛錬場で、俺は兄の婚姻相手の弟であるリント・バーリエと訓練中だ。
二十五歳の俺とは十違いの少年は、現在王立学院高等部騎士科一年生。
学院の寮に入っているのだが、週末の休みには姉のいるリンデルト侯爵家本邸で過ごしていて、俺の非番のときにはこうして剣の稽古をつけている。自称・剣の師匠だからな、俺。
リントは剣を握るようになってからまだ五年ちょっと、そのわりには筋はいい方だと思う。
魔法はあまり得意ではないそうだが、ちょっと教えたら身体強化魔法はそれなりに使えるようになったから魔法の才能も皆無じゃない。
まあ、攻撃魔法や防御魔法のセンスは、残念ながらあんまりなかったけど。
「俺、思ったんだけどさぁ」
「……ふっ! だから、何すかさっきからっ……!!」
「俺のこと、お兄ちゃんって、呼んでみない?」
「はぁ!?!? ……うぎっ!」
「はい、一本~~~~」
隙をついた俺の打ち込みを剣で受け流そうとしていなしきれず自分の剣を取り落したリントは、手の痛みをこらえながら恨めしそうにこちらを見た。
「いきなり変な話して隙を作るなんて卑怯っすよ!?」
「え、そんな変かな? 真面目な話なんだけど」
「鍛錬中にする話じゃないでしょ!?」
「まあ、それはそう」
目くじらを立ててキャンキャン文句を言ってくるリントは、彼の双子の兄フォルツに比べ口は悪いけど素直な性格だと思う。
逆にフォルツは一拍置いて考えてから言葉にする傾向があり、少年らしからぬ落ち着きがリントよりは貴族家の後継者に向いている気がする。
兄弟かつ双子でもこんなに性格が違うもんなのか。
まあ、俺たち兄弟も正反対の性格をしてるから人のことは言えない。両親から見た俺たち兄弟も、こんな風に映ってたんだろうかなんて、妙な感慨も湧いて来る。
「で、何なんです? その“お兄ちゃん”って」
「いやさ、お前は義姉上の弟だろ?」
「そーですけど?」
「で、俺は義姉上の義理の弟」
「? そーっすね」
「だから、俺はお前の義理の兄ってことになんない?」
「いや、なんないでしょ」
呆れを通り越し、ちょっと小馬鹿にしたような顔でリントが即答する。師匠に対しその顔は普通に失礼だぞリント。まあ別にいいけど。
「そもそもの話、姉はバーリエ家からリンデルト家に嫁いでますからオーブリー様から見たら義理の姉にはなりましたけど、俺はリンデルト家に入ったわけじゃないですから。
まあ、こうしてご厚意に甘えて週末ごとに寄らせていただいてるのは感謝しかないですけど」
「前みたいに侯爵邸から学院に通えばいいのに」
「そんなわけにもいかないでしょ?」
実際、いろいろあって一度入寮手続きをしたものの、また本邸に戻ってはどうかと提案はしてみたんだ。
フォルツが中等部を卒業すると同時にバーリエ領に戻ったから、今学院にはリント一人だから。
でも、兄上は「彼の意思を尊重したい」とおっしゃった。
『自分達で決めて、バイトで寮費や学費を貯めたのだろう? それに、兄もいない、一人きりの状態での寮生活を経験するのも自立心が育っていいだろう。
私もお前も、学院の寮生活で学んだことも多かったし。
当時の俺達に比べたら双子はずっとしっかりしてるから、社会勉強って意味じゃもう十分経験済みかもしれんがな。
侯爵邸には、週末や長期の休みの時に帰って来てくれればいいさ』
ただ、そんなことを言いつつも、リントの性格からして自分から侯爵邸に来たりしないだろうからと学院の週末にわざわざ迎えの馬車まで手配する兄上は、結構な兄馬鹿だと思う。
「兄上は、フォルツもリントも大事な義弟だって言ってるよ?」
「義弟といえば確かにそうだし、ありがたいと思ってますけど」
「なら、俺もお兄ちゃんでいいじゃん」
「いやだからそれはまた別の話で……」
「俺だけのけものっぽくてなんかヤダ。それに俺も“お兄ちゃん”になりたい」
「まあ……俺も弟だからその気持ちは分かりますけど」
「だろ!?」
ずっと、兄になることに憧れてた、ってのは嘘じゃない。
自称だけど剣の師匠だから“師匠”呼びもありかなと考えたけど。
ただ、こうして一緒に居ることが増えた少年の、もっと近しい存在になりたい、っていうのがホントのところだ。
俺の期待を込めた顔を見ながらしばらくうーーんと唸っていたリントだったが────
「“お兄ちゃん”呼びはさすがにハードル高いんで……オーブリー兄、とかじゃ、だめっすか?」
上目遣いにぽそりと提案してきた。
何処か照れくさそうな少年の顔に、自分で思った以上に喜びがこみあげて来た。
「っ! わかった、それでいいよ! ついでに敬語も取っ払っちゃえ!」
「いや、さすがにそれは……」
少年のさらりとした金髪をわしゃわしゃと撫で繰り回す。
「止めてくださいよ」と言いながらも嬉しそうに見えるのは、きっと勘違いじゃない。
それを境に、リントは俺のことを“オーブリー兄”と呼ぶようになった。
後日、「未だ私のことは“侯爵様”呼びなのに」と兄上が拗ねてみせてリントが慌てたのは、また別のお話。




