1.5
◇◆フレデリク◇◆
今回、世界に最初の澱みが現れたのは、十年以上前といわれている。
二~三百年に一度現れるという澱みは、徐々に大陸中に広がっていった。
大陸の西よりにある我が国には、六年ほど前から確認され報告されている。
増え続ける澱みと、そこから生まれ続ける魔獣に、騎士や兵士、民間の冒険者や自衛団までも疲弊していった。
倒さなければやられる。けれど倒しても倒しても戦う日々は終わらない。逃げる場所もない。世界中に澱みがあるからだ。
弱小国では魔獣に飲み込まれたところもある。
魔獣だけじゃない、世界は祖国を失う恐怖にも苦しめられていた。
このまま我々は滅びるのか。絶望しかなかった。
澱みと共に語られる聖女様。
澱みを浄化し、安寧をもたらす聖女様。
聖女様、どうかお救いください!
世界中が聖女様を求めていた。
そうして、世界に澱みが現れ始めて十年。
人々の願いが叶い、聖女様がご降臨された!
聖女様がご降臨された事はすぐにわかった。
世界の空気が変わったからだ。
どこだ!どこの国が聖女様の召喚に成功したのだ!
情報は必要不可欠だ。こんな状況といえど、世界中に各国の間諜が散っている。
十日ほどのうちに、それは隣国ウィリディスであるとわかった。
急速になくなる澱みと魔獣。聖女様の祈りは絶大だった。
聖女様の祈りは澱みを浄化し、ウィリディスは息を吹き返した。
欲しい。
どうにかして聖女様を我が国に迎えられないか…。
どの国も喉から手が出るほど聖女様を欲していただろう。
そんな願いは思いがけず叶えられる事になる。
聖女様が祈りにお出でくださるというのだ。
報酬は大金だったが、金で済む事ならばいくらでも払おう。国がなくなれば金も必要なくなるのだ。
それよりも、聖女様の祈りに報酬…?
どういう事か理解できなかった。今でもできていない。
理解はできないが、それよりも!
聖女様が向かわれる国の候補はいくつかあったようだが、その権利を我が国がもぎとったのだ!
これで安心だ。我が国は救われた。
そうして今日、聖女様のお迎えにあがったという次第だ。
聖女様の乗る馬車が我が国に入られた瞬間、周囲の空気は一変した。
これが聖女様!
間近に感じる聖女様のお力に震える思いがする。
逸る気持ちを抑えて、ウィリディス国のアルベルト王子に挨拶をし、聖女様への謁見を願い出る。
アルベルト殿に共されて聖女様の馬車に歩み寄ると、第二騎士団副団長が開けたドアから、その手を借りた聖女様が降りてこられた。
初めてお目にかかった聖女様は、この上なく美しいお方だった。
神々しいお姿に、自然と膝をつく。
あまりの緊張に、どう口上を述べたのかも憶えていないほどだ。
どうにか天幕までご案内して、しばしの休憩をとっていただく。
その間にこれからの事もお話しさせてもらおう。
簡易なテーブルをはさんで、向かいには聖女様がお座りになる。
改めて聖女様を見る。
夢にまで見た聖女様だ。
日を遮られた天幕の中でも艶やかな黒髪と、何もかもを見通すような黒い瞳が、白い清楚なドレスと相まってとても神秘的だ。
直視ははばかられるが、美しすぎる。いつまでも見ていられる。
隣に座るはウィリディス王国第二王子アルベルト殿。ウィリディス王家特有の金髪碧眼の、スラリとした青年だ。
こんな席でも堂々としている。さすが、外交にも手腕を発揮していると聞いていたとおりだ。私より若い二十三歳との事だが大したものだ。
聖女様とアルベルト殿の後ろには三人の男が立っている。
漆黒のローブをまとい、顔も身体つきもよくわからないが、この人が大陸で当代一と言わしめる大魔法使い、エミル卿だろう。
かろうじてわかるのは身長くらいか。百七十センチくらいと、やや小柄に見受けられる。
この人の情報は極端に少ない。
聖女様の真後ろには、第二騎士団副団長のコンラード・オルセン卿が立っている。
先ほど聖女様が馬車から降りられるのをエスコートした騎士だ。燃えるような赤い髪は短く、意志の強そうな茶色の瞳をもつ、堂々たる体躯の持ち主だ。
その隣にはアルベルト殿の補佐官だろう、スヴェン・サーシュ卿が立つ。長い金茶髪は後ろで結んでいて、聡明そうな水色の瞳をしている。私の補佐をしているクラウスと似た雰囲気。文官はどこの国でも同じようなのかもしれない。騎士と違ってやや細身なのも似通っている。
問題は……。
私は天幕の外で整列している両国の騎士たちを眺めるふりをして、ウィリディス国側、前から三番目に立つ若い男を見る。
報告にあった、彼がロイ・アルダールだろう。
ウィリディス国の澱みをすべて浄化し終わった祝賀会で、聖女様をエスコートしたという、平の騎士。
浄化の旅にも同行したようだが、特に地位がある訳でもなく変哲もない姿。もちろん剣の腕はあるのだろうが…。彼が何故…?
意識を戻して、聖女様と向き合う。
まずはこれからの事を話し合わねば。
思わず見とれそうになる意識を強く持った。