001 異世界強制就職はお断りです。~チートをくれた神様が、お前たちの悪事を全部バラしてた~
「おお、勇者様!我が世界に来ていただき有難うございます!」
耳を劈くような歓声と、大仰なパイプオルガンの音。
意識が浮上した俺の目に飛び込んできたのは、無駄に広い石造りの大ホールと、足元で不気味に明滅する巨大な魔法陣だった。
(……あー、これ、ラノベで100回は見た「召喚の間」ってやつか)
目の前には、金糸の刺繍が施された豪華すぎる神官服を着た、胡散臭い笑顔のジジイ。
そして、その隣には、純白のドレスを身に纏い、聖女のような満面の笑みを浮かべた綺麗で可愛い女の子。
「私は勇者教の教主、レン・レンロードと申します」
「私はこの国ミヤキザの王女、ナナミ・ミヤキザです。歓迎いたします、救世主様!」
向けられる、熱烈な視線と、計算し尽くされた完璧な笑顔。
だが、俺の心は冷え切っていた。
「ふ~ん……」
名前も名乗らず、値踏みするように二人をジロリと見下ろす。
中学で苛められ、引きこもりになり、通信制の高校を這うように卒業した俺だ。人の「裏の顔」と「悪意」の匂いには、狂犬並みに敏感なんだよ。
「……貴様、その不遜な態度は何だ!」
「王女殿下の御前であるぞ!」
二人の後ろに並ぶ騎士達が、一斉に顔を顰め、腰の剣に手を伸ばす。金属の擦れる嫌な音が響いた。
俺の名前は佐藤拓海。
世間一般で言う、引きこもりのコミュ症だ。
働く勇気も出ず、自分の部屋でオンラインゲームとラノベの海に溺れることだけが生き甲斐だった。完全に親の脛を齧って生きてきた自覚はある。クズと言われればそれまでだ。
だが、ある日。オンラインゲーム中に寝落ちして、起きたら『神様』の領域に呼ばれていた。
普通、ラノベならトラックに轢かれて死んでから転生するもんだろ。
なのに俺は、生きている状態で無理やりこの世界へ引っ張られた。
まあ、元の世界での将来に希望なんて1ミリも無かったから、それ自体は別にいい。問題は、その「裏事情」だ。
教主のレンが、何やら一所懸命に「世界がどれだけ危機か」「選ばれし勇者がいかに尊いか」を熱弁している。だが、俺の耳には右から左だった。
「――と言うわけで、どうかその大いなる力で、魔王を倒して欲しいのです!」
演説の締めくくり。待ち望んだセリフがホールの天井に響き渡る。
「断る」
間髪入れずに、言い放った。
空気が、凍りつく。
「はぁっ!?……あ、失礼。ちゃんと聞いておられましたか? 魔王を倒さなければ、あなたは元の世界に帰れないのですよ!?」
教主のレンが、俺が話を聞いていなかったことを見抜いて、怒りを隠そうともせずに声を荒らげる。聖職者のメッキが剥がれかけてるぞ、ジジイ。
「え? 嘘おっしゃい。魔王を倒したところで、俺を元の世界に帰す気なんてサラサラないでしょ?」
くすっと笑ってやると、教主の顔が劇的に強張った。
「な、何を言っているのだ、貴様は……!」
「教主様の言う通りですよ! 私たちは嘘など――」
隣の王女ナナミの、お人形のようだった笑顔が引き攣る。
「誘拐同然でこの世界に無理矢理呼びつけてさ。都合よく騙して魔王を討伐させた後、用済みになった俺を『英雄のまま』殺す計画なんだろ? 国の権力を脅かす不確定要素は、生かしておけないもんなぁ」
「そ、そんな生臭い話があるわけがないでしょう! 邪推も甚だしい!」
教主は顔を真っ赤にして必死に否定する。だが、目が泳ぎまくっている。
「勇者様、誤解です!『誘拐』などと人聞きが悪い……! 本来この召喚は、元の世界で不慮の死を遂げた魂を救い、勇者として第二の生を与える奇跡なのです! 寧ろ、新しい生を貰ったことに感謝されるべきではありませんか!?」
王女ナナミが、今度は憐れむような「したり顔」で説得を始めた。
上から目線の聖女ごっこ。吐き気がする。
「ああ、それね。確かに『今までの勇者』はそうだったみたいだね。でもさ、俺については神様がミスっちゃったんだって。同姓同名の人と間違えて、まだピンピン生きてた俺の魂を引っこ抜いちゃったんだよ。これ、定義的にも完全に『誘拐』だよね?」
「え……?」
王女は完全に目を見開き、言葉を失って呆然とした。
「それでさ、神様にはめちゃくちゃ平謝りされたよ。『本当にすまん、お詫びにあんたがネット小説で見たような最強のチートスキルを何個もあげるから許して!』ってさ。だから、俺は《神様のことは》許したんだ」
一歩、前へ踏み出す。
足元の魔法陣が、俺の魔力に反応して、禍々しいほどの漆黒の光を放ち始めた。ホール全体が、経験したことのない重圧で激しく震える。
「だけど、あんた達クズを許す気は、1ミリも無い」
「ひっ……!?」
教主と王女が、その圧倒的な威圧感に気圧され、揃って数歩後ずさった。騎士たちは恐怖で剣すら抜けない。
「召喚した歴代の勇者を騙して、魔王討伐後に暗殺してたこと。神様も全部知ってたぞ。『結果的に世界は救われてるから……』って今までは目をつぶってたみたいだけど、ずっと心を痛めてたんだってさ」
「……あ、相、談を……神、様と……?」
教主の顔から、完全に血の気が引いていく。
「お前らが他力本願で、自分たちのケツも拭けない無能だから。他の世界から生贄を召喚なんてするから、こういう『神様のミス』が起きるんだよ。神様からの伝言を教えてやるよ。《いい加減、自分たちの力で魔王を倒せば?》ってさ」
俺は冷たい笑みを浮かべ、絶望に震える王女と教主を見下ろした。
さあ、ブラック企業の強制就職、ここからどうやって辞退してやろうか。




