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 戦局は一方的なものである。剣や弓など盗賊である者たちは当然武装している。それに対しその戦いの場に訪れたルフェは無手、普通ならばその乱入者を見て何を無謀なことをしているのかと思うことだろう。しかし実態はその予想を裏切りルフェが一方的に盗賊を屠っている。剣を折り、矢を弾き、鎧を穿ち、腕を、足を、首をへし折る。腹を穿つ一撃は貫通するかしなくとも内臓に衝撃を伝えその機能を奪い、顎を打ち払う一撃はそのまま首を折ることに繋がり、腕や足を狙う一撃はそれをへし折るか場合によっては千切れ飛んでいる。

 惨状、そういうのがふさわしい。ルフェは容赦がない。神に鍛えられたためか、それとももともとそういう精神性だったか人を殺すことに対する躊躇はない。本来そういったことに慣れない人間は悪者を殺してしまうことが許されることであるとわかっていても躊躇があるものだが、ルフェにはない。ゆえにそれだけの惨状を生み出すことに何の痛痒もない。せいぜいが血で汚れることが不快なくらいだろう。

 ただそれを傍から見ている馬車の持ち主、および遠くから見守っているアイネは違う。アイネはまだルフェがしているから、と死と血の乱舞に嫌悪を抱きながらもそれを見届ける、受け入れることができる。ただやはりそれを自分からルフェに望むことは絶対にしない、させないようにすると心の中で思っているが。しかし側にいる馬車の持ち主はどう考えただろうか。それだけの力を発揮し盗賊を血祭りにあげ惨状を生み出した張本人にどう思うか。

 盗賊の何人かは逃げだし、多くの死体とわずかな辛うじて生きている盗賊が残る。ルフェも流石に逃げ出した相手は追わない。ルフェの目的は殺戮でも壊滅でもなく馬車とそこにいる者の守護である。戦闘を終え、ルフェは大きく息を吐く。そんなルフェに馬車から声がかかる。


「……やあ、助かったよ」

「そっちは大丈夫ですか?」

「ああ」


 馬車から出てきたのは若い年齢の男性である。若いと言っても二十代の後半に差し掛かるくらいのルフェよりも年上の男性だ。


「いやあ、助かったよ。虎の子の魔術道具を使わざるを得ないくらいだったんだ」

「他に人はいないんですか?」

「途中で逃げちゃってね」


 戦闘と言ってもルフェが見た時点では一人二人が残っていたのだが、戦況不利と見たためかルフェが近づく前に逃げ出したようだ。若い馬車の中の商人は持っていた魔術道具を用い盗賊に対処していた、そこにルフェが訪れ現在の状態と言うことである。


「それはまた大変ですね」

「確かにね……彼らに支払う予定だった報酬を別に回せるけどそれじゃ補填には足りないんだよね」

「そうですか」


 ルフェが話を切る形になり一旦その場に無言が訪れる。しかしすぐに商人がルフェに一つの提案をする。


「君、腕は立つんだろう?」

「はい。まあ、まだまだですが」

「ずいぶん謙遜をするんだね。ここの状況を見れば君の実力は相当なものだと思うよ? 怖いくらいね。それだけの実力があれば、なにが来ても安心だと思っていいだろう。馬車を守ることを引き受けてくれないかい? 報酬は弾むよ」


 商人の提案は馬車に乗り馬車を守る役目をルフェが引き受けること。報酬は弾むと言っているがルフェには正しい報酬がどのような物であるかは知らないため、騙されていても気付くことはないだろう。もっともルフェには相手の言葉や雰囲気、視線などである程度それが真実か嘘かわかるのだが。本人にとってはどちらでもいいだろう。報酬がもらえる、馬車に乗って移動できる、その二点だけでルフェ側には損がない。


「……受けてもいいけど、実は一人連れがいるんです。彼女を馬車に乗せてもいいですか?」

「全く問題はないよ。どうせ他に誰もいないから空いてるしね」

「なら受けてもいいです。ちょっと呼んできますね」


 そう言ってルフェはアイネを連れてくるため彼女を待たせている場所に向かう。


「……末恐ろしいねえ」


 商人は少しだけルフェに対する恐怖が存在する。あの惨状を起こした人間に恐怖するなと言う方が無理だろう。しかしそれ以上にあれだけの力はこれからに役立つ。現在馬車の守りはなく盗賊のような相手は当然だが魔物や野生動物の脅威もある。街はそこまで遠くないが、かといって安全とは言えない。


「お、戻ってきた。あれか、恋人かな?」


 ルフェが戻ってきて、アイネを紹介する。商人の軽い揶揄い交じりの質問にアイネが赤くなって否定し、ルフェが苦笑しながら事情を話す形となりそのまま流れで二人が馬車に乗って馬車が動き出す。







 馬車に乗って移動する旅は快適……と言うには揺れや音がひどいが、アイネとルフェのしてきた歩きでの旅よりははるかに楽だ。馬の取り扱いは商人、アイネとルフェにはベイズと名乗った馬車の持ち主である彼が扱っているためアイネとルフェにはやることがない。ルフェは馬車に何かあればすぐに動くのだが、気配や音で何かが近づいてくることが感知できるためいつでも動くことができる。もちろんベイズはそれが本当かどうかは心配に思っているが、まあ何かあればその時分かるだろうと少々楽観気味だ。ルフェの実力はあまりに高いためそれくらいできるかもという考えが楽観の原因である。

 ところで盗賊に関してはまだ息のある者は止めを刺しておいた。こういう時は盗賊を連れていくものかもしれないが、馬車に乗せるにも広さが足りず、そもそも乗せて安全を図るのも難しい。荷として運ぶわけにもいかず、ルフェの攻撃により負った怪我を治す当てもない。その場で殺すのが最大の優しさだろう。放っておいても獣に襲われ食われるか、死ぬまで苦しむくらいだ。殺した後、死体を放っておくわけにもいかないということで穴を掘って埋めるか焼くかするのだが、それはルフェが一突きで大穴を開けそこに放り込み埋める結果となった。

 そんなことをしてから馬車での旅となっている。それもある程度進んだところで暗くなってきた。そうして今は馬車を停め休む形となっている。


「ずいぶん疲れていたみたいだね」

「……そうみたいですね」


 アイネはすでに就寝中。先日大きく休む機会があってもやはり疲れが全部抜けたわけでもなく、馬車に乗るという自分で歩く必要がなくなった状態で疲れが一気に来て早く眠る形となったのだろう。


「しかし……本当に君たちは村から出てきたばかりなんだね。路銀も少なく、旅の道具も少なく、食料も心許ない。それで旅をするなんてかなり無謀だよ」

「……もっと早くつくかな、と思っていたので」


 村から出た時はここまで時間がかかるものとは思っていなかったようだ。そもそもルフェだけならばまだしもアイネもいる状態では少々その楽観は厳しいだろう。そうでなくとも路銀や食料はそこまで長い間旅ができる量ではなかったのだが。


「ちょっと楽観視しすぎだね。物事は用心に用心を重ねてしかるべきだよ……まあ、僕も言えるほど徹底しているわけじゃないけどね」


 昼間の盗賊相手の自身の状況を思い出しベイズは苦笑いしながら言う。


「……ところで君たちは街に行ってどうするつもりかな?」

「……? どうって言うのは?」

「仕事だよ。村から出てきたばかりってことは何か街の仕事をしているわけじゃないんだろう? 何をするつもりなのかな?」


 ルフェはベイズの言っていることの意味が分からなかった。そもそもルフェ達には仕事をするということは問題ないが街での仕事内容などを知っているわけではない。村育ちである彼らは仕事は自分から進んでやるものではなく村で与えられた役割をこなすものという意識が強い。ルフェが特に何か言葉を返すわけでもなく、ベイズはルフェ達が仕事について何も知らない、考えていないことを理解し眉をしかめる。


「もしかして全く街の仕事について知らないのかい?」

「……村とは違うんですか?」

「はあ……全然ちがうよ」


 そしてルフェはベイズから街の仕事に関しての話を聞く。街では村のように仕事が与えられるのではなく、自分で能力を示し仕事探さなければならない。当然だが能力がなければ仕事をしたくともできず、宿や食料を得るお金に困ることになるとも。村で過ごしていたときのように周りとの助け合いも旅人である彼らにはない。金がすべての生命線である。


「うわ、どうするかなー」

「君くらいの腕前なら狩猟組合に行くといいよ」

「……狩猟組合?」


 ルフェが訊ねたためベイズが狩猟組合について話しだす。狩猟組合はそのまま狩猟を行うことを生業にする人間をまとめている組織である。昨今では魔物が活発化し、街の近くに出没したり旅をする商人の馬車などを襲うこともある。また魔物以外にも盗賊なども存在し、それらから守るための人員も必要だろう。そういった狩りや護衛を仕事として斡旋するのが狩猟組合である。また単純に狩った獲物の持ち込みも受け付けており、解体所が併設されている。組合に所属し頼まれた魔物を狩ってくればその報酬を貰えることもある。


「君なら魔物を狩るくらい朝飯前だろう?」

「まあ、そうですね」


 ルフェの実力であれば魔物相手に苦戦せず楽にその肉体を得ることができる。生け捕りだって容易にできるだろう。しかも一人で。得られる報酬は全額ルフェの物、丸儲けだ。また通常の狩人では手を出せないような魔物や動物も狩りに行けるだろう。そういった魔物は値千金のものだ。その報酬を得られればお金に苦労することはない。


「他にやりたいことがあるならば別にいいけどね。そうでなければ楽に仕事ができるほうがいいだろう」

「…………考えておきます」

「うん、それがいい。さて……そろそろ寝るとしよう。しかし本当に見張りは必要ないのかい?」

「はい。俺が見張りをやりますから」

「それならいいんだけど……」


 ルフェだけに見張りを任せることにベイズは罪悪感を抱いている。報酬を払う以上それはルフェの仕事なのだがあまりに押し付け過ぎなのは少々心配してしまうことだろう。ルフェの体の問題、およびベイズの安全の問題の二つの意味で。もっともそれを心配する必要はない。ルフェの異常な能力、武術の力さえあれば馬車の中であろうとも気配を探り近づくものを判別できる。ただの獣であればその気配の操作だけで追い払うことができる。魔物や盗賊の場合ルフェが動かなければならないが、それはそれで気配の範囲に入ればわかる。問題はない。

 そうして一夜を平穏に過ごし、彼等は馬車で移動しその日の夕方近くに街にたどり着いたのであった。

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