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「おい、大丈夫か?」
「っ……ここは」
先ほどまで学人の見ていた光景ではない景色、普段自分の勤めている職場の景色。
「……戻ってきたのか」
思わず学人はつぶやく。
「おいおい……お前が寝てるなんて珍しいな。疲れてるんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ」
同僚をあしらいつつ、先ほどまで自分がいた場所の事、共に歩んだ仲間のことを学人は思う。もしかしたら夢なのではないかと思ってしまうようなそれは夢ではないとはっきり言えるくらいに鮮明で強烈な経験だった。戦いの事、見てきた物の事、気味の悪い生き物たちの事、聞いた話の事、そして一緒に歩んだ仲間の事。異常だった世界であったがその場所で出会った人々のことに思いを馳せる。
「……探してみるか」
犯罪者である黒井魔人はともかく、他の面々、アルバート・ガンジスや麻帆原鵺夜、照月瑠奈。もしこの世界に彼らがいるのであれば探して一度会ってみるのもいいかもしれないと学人は思った。彼らにとっては今回の出来事の記憶は悪夢に近いかもしれないが。
「……ここは?」
公園のベンチの上で照月瑠奈は目覚める。服装も変わりなく、自分の傘も側にある。しかし彼女はそんなふうにベンチの上に座るようなことなんてない。特に今来ている彼女の服装で座ることはあり得ない」
「っ!」
急いで立ち上がり服装のチェックをする。汚れや破損がないか。そうして自分の状態を確認しているとようやく記憶と状況の整理が彼女の中でつく。それまで彼女の経験していたそれも。
「……そっか、いないんだ」
服を掴んでいた手。自分の体を寄せることのできた、信頼できるぬくもり。その相手はこの世界にはいない。
「…………」
少女は傘を差し、帰路につく。地獄のような恐ろしくもあった経験、それは彼女の中で一時の夢として処理される。そうしなければならない。そうでなければ、もう手の届かない所に彼女の寄る辺が行ってしまったことを思わなければならないから。
「おや」
アルバート・ガンジスは車の中で目を覚ます。運転席に座っており、コンビニでの買い物はすでに済ませた状態であるようだ。それはまるで運転する前にぐっすりと眠ってしまったかのように見えなくもない。袋の中をアルバートは覗く。よくあるコンビニのおにぎりと飲み物。
「これは私の好みじゃないですね。アフターケアが雑です」
おにぎりの具材。彼の好みである具材ではなくコンビニで買うようなことのないものだ。しかし袋の中にはそれが入っている。一つだけ。普段二つを購入する彼には一つでは足りない。であれば、これは恐らく誰かがコンビニで購入して戻ってきたかのように見せるために置いたものであるということである。それはある事実を示す。
「あの出来事は夢ではないですか。それはまた恐ろしい話です」
異世界での出来事。彼にとってはちょっと死にかけたくらいの出来事という認識である。もちろん命が助かったからこそ言えることであるし、彼は戦いにまともに参加したわけでもない。ある意味傍観者に近い立場だったからこその感想だろう。もしくは単に楽観的か危機感がなかったからか。
「まあ、何でもいいです。既に終わったこと。私は戻り、他の人も戻った。それだけです」
アルバートは車の中を確認する。移動中だったのだから移動先に行かなければならない。持っていた工具はどうしたのか。そういったことのチェックが必要だ。無くなっていたらただ事では済まない。幸い持ち物に無くなっている物はなかったようだ。ほっと安堵のため息を漏らし、アルバートは車を発進させ目的地へと向かう。
「……ここは」
学校の屋上に麻帆原鵺夜はいた。当然自分がこんな場所にいるはずはない。学校の屋上は基本的に立ち入り禁止、施錠はされていないものの人の出入りを禁止するように机が置かれている。当然時々サボりなどで侵入する人間はいるものの、鵺夜はそういうタイプの学生ではない。本来なら来ることもない場所に何故か鵺夜はいるが、それに関してきちんと鵺夜は理解している。あの悪夢のような光景と経験を。
「奇妙な出来事でしたね……死の危険さえなければ意外と楽しめたんですが」
武術を学んでいるとはいっても好んで死にたいわけでもない。結構あの場での経験に鵺夜は堪えた様子だ。まだまだ人生経験を伴っていない若い学生である以上そういう思いも当然のものだろう。
「……しかし、戻るのばれないといいな」
屋上の入り口にある机をどかしている間にばれると指導が入るかもしれない。どうせ戻すならせめて男子トイレあたりにしておいてくれればよかったのに、と思いつつ慎重に誰かいないかを確かめつつ鵺夜は屋上から脱出を画策する。
「…………はっ!」
どうやら寝ていたみたい……って、そんなはずはない。あれが夢であってたまるものかと言いたくなる。最後に会ったあの人物……いや、神様か。無貌の神、混沌。まさか本物がいるとは思わなかった……こんな一般人の遊びに手を出さずもっと大きなところに行けばいいのにと思わざるを得ない。
「未遊! 起きて! 幸也! 起きなさい! 直人も!」
三人を起こそうとして……もう一人いるのに気づく。そう、あちらに行っている間は最初に殺されたため全然一緒にいられなかったけど、こっちだと……生きてる? 死んでる? どうなってる!?
「達樹! 達樹! ちょっと起きろー!」
ゆさゆさとゆらしたり大きな声を出しながら皆を起こす。その甲斐もあってなんとかみんなが起きる。
「……夜江か」
「夜江……あ、戻ってきたのね」
「助かったー」
三人は呑気な感想だったのだが、達樹だけは顔が真っ青だ。
「達樹? 大丈夫?」
「………………………………」
「達樹?」
「だ、大丈夫……」
真っ青な顔で震えながら言われても大丈夫には見えない。まあ、殺されている達樹がどういう状態だったのか、どう感じたのかは実際に死んでいない私達にはわからない。
「達樹死んでたけどー……大丈夫だったかしら?」
「ああ……まー、生き返れただけラッキーじゃないか?」
「夜江がなんとかしないと死んだままだったからな」
「そ、そうだったの? ありがとう夜江……」
「別にいいわよ。流石に死人が出たら問題だもの……どう死んでたかもわからないし」
もし銃創の存在する死体として置かれていればかなり問題となっていたはず。それにしても……皆夢とは思わないか。
「夢とは思わないわよね、皆」
「まあ、この状態だとな」
まあそうね……私達はあちらに行く前にTRPGをしていた。その状態がそのままだ。キャラクターシートが五枚、皆の様子を管理するゲームマスターの位置だろう場所には今回のシナリオの資料やダイス。もうここにいる五人以外の誰かがいたということだ。
「……おいていったのね。後で捨てておきましょうか」
「え? 保管しておこうぜ」
「止めておきましょうー。もし残してたらまた遭うかもしれないじゃない」
「未遊の言う通りよ。こういうやばそうなものは捨てて燃やすに限るわ」
「そういうもんかなぁ…………」
まあ、欲しいって言うなら持ってくのは止めない。何の役に立つかもわからないけど。
「はあ……しっかし大変だったな」
「そうねー」
「……夢だったと思いたいな」
「みんなは色々あったんだね」
「達樹は経験していないのよね……まあ、死んでたからしかたないだろうけど」
羨ましい……とは思わない。死んでいたときの記憶とかそういうものがあるのか。ちょっとだけやっぱりまだ達樹の顔は青い。まあ、これでもう一安心……だといいけど。私たちにとって本来あのゲーム、あの神様は架空のもの。今回その神様の干渉の結果であっちに連れていかれた。また同じ気まぐれを起こすかもしれない……不安はある。
「はあ……で、どうする? 誰か代わりに立って続きするか?」
「いや、直人? ちょっとまだ頭変になってるんじゃない? 流石に続きとかやってられないわよ?」
「そうねー。だいたい続きなんてしても、もう先のこと分かってるからつまらないでしょー」
「ツッコミどころそこじゃない気がするなあ……」
とりあえず言った場所を写そうということになり部屋を出ることになる。その前に部屋の片づけをしてそれぞれのキャラクターシートをまとめる。
「…………」
彼等と共に過ごした時間はあれど、世界は違う。恐らくもう二度と会うことのない彼らとの一期一会。せめて、これだけは残しておこう。




