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「おはようございます、ルフェさん」

「おはようリルツェ」


 いつも通りの宿での生活。いつも通りの人付き合い。


「あ……リルツェ、おはよう」

「おはようございますアイネさん」


 そんな宿での生活、アイネとリルツェの関係性に微妙に変化が見える。具体的にはアイネがリルツェに対しどう対応すればいいか、どう話をすればいいのかわからない、そんな状態が最近の二人の関係状態である。

 この状態はルフェが王城へ向かって数日後から判明したことであり、具体的に何があったのかに関しては現状でルフェは把握していない。ルフェとしてもこのアイネとリルツェの関係を改善したいとは思うものの、女性二人の交友関係である以上男性であるルフェが迂闊に踏み込んでいいものかも不明であるし、ルフェがかかわったことで関係性の悪化という事態を招く可能性もあるので現状不干渉である。そもそもルフェにその手の人間関係の対処をするのがまず不可能なのだが。

 アイネにせめて事情くらいは訊ねようかとも思うのだが、そのことに関して聞こうとすると露骨に話をそらすため聞けない状態である。そういうアイネの反応もあるためルフェはそのあたりの事柄はアイネに任せることにしたようだ。別に二人の仲が悪いというわけでもない。

 その日もルフェは宿から街の外へと向かいいつも通りに狩りをしに行く。以前起きた王都への魔物の群れの襲撃事件からしばらくたち、ある程度動物の類は少しは戻ったもののまだ元に戻ったと言えるほどではない。そのためルフェはそこそこ遠くまで狩りに行く。

 そんな毎日。いつも通りの日々。魔王が生まれ魔族が支配され、魔物が群れをつくり人間と戦争関係にあるとは思えないような平和な日々。しかしその実態は少し違い、王宮に魔族が侵入していたりもしていた。ルフェの村も、王都も魔物の襲撃を受け、村が滅んだ報告もいくらもある。ルフェの見える平和な風景の裏側では色々と各地で戦いが起きている。

 そんな、毎日。






「それで、クラヴァよ。どうなっている?」

「………………王宮に侵入できていた魔族から連絡が取れない状態となっております」


 笑い声がその場に響き渡る。王宮に魔族を侵入させることの提案をしていたのはクラヴァである。部下の失敗は上司の失敗、それもその提案をしたのがその上司。その成果が失敗という形になれば当然その責任者に責を負わせることができる。今回であれば魔王に重用されているクラヴァをその立ち位置から引きずりおろすことができる可能性があるだろう。

 彼ら自身はあまり魔王に取り入るとか知的な戦いというものに興味はなく、ただ人間と戦い相手を滅ぼせればいい、そんな程度の考えがほとんどだろう。そんな者たちが魔王に意見を申し立てるようになれば、戦いはより激化するだろう。それはそれで構わないことかもしれないが、しかし魔王としては確実に勝ちを狙いたい、拾いたい、そんな思いがあるからこそ今まで行われなかったさまざまなクラヴァ提案の知略を行っているのである。

 クラヴァを責める声、クラヴァの作戦が失敗したことに対する嘲笑がその場に満ちる。クラヴァは苦々しい表情をしている。彼が失敗したことは一応事実であるのだから。

 しかしそんな中、魔王だけは無表情でいる。そして声が大きくなるその場でただ一言を放つ。


「黙れ」


 その魔王の言葉でその場にいたクラヴァを責める者たちは黙り込む。魔王はなんだかんだで魔王、彼らの中で一番強く魔族に対する命令権を持つ絶対の上位者である。それぞれ魔王よりも優れた能力を持っていても、魔王の方がはるかに強い。全員で襲い掛かれば勝てるかもしれないが、それをする意味もないだろう。そもそも彼らが積極的に行動できるのであれば魔王というまとめ役は必要ではなく、この場にもっと魔族が集まっていることだろう。この場の集まりが悪いことが魔族の自己中心的な思考を示している。


「確かに今回、人間の国の王宮に送り込んだ魔族が失われるという事態が起きた。これは失敗と言えるだろう。しかしそれは笑うことか?」

「…………」

「楽しくも、嬉しくもないことだ。失敗したことを反省し未来へつなげるのならばともかく、ただ可笑しく笑いものにするのは違う。それでは失敗は何の意味もない。我々の仲間が死んだことが楽しいか? 我々が失敗したことが嬉しいか? 人間が良くなることが喜ばしいか? そうではない。我々は何故そうなったか、人間がどういう行動をとったか、この先どうすればいいのか。それを考えるべきだ」


 そう魔王は魔族に向けて言う。魔族たちは神妙な顔をするものの、納得のいっていない物や理解できていない物の方が多いだろう。根本的に彼らはその本能故に協調性というものに欠けていることが多い。それでも理性がある故に協力し合うこともできるが、やはりその本能故の独自性、自己性が強すぎるためすぐにそれらの協力関係は途切れてしまう。魔王がいて初めてここまでの協力関係を持てるのである。

 それゆえに魔王がいない限りは人間と魔族の戦争となるまで戦いが発展しない。魔王がいない場合魔族は独自の行動をしており魔物を群れとして従えることもほとんどない。人間にとっては魔王という存在は諸悪の根源だろう。


「さて、クラヴァよ。わかったことはそれだけか?」

「いえ。同じように人間に変化させた魔族を用いて王都の人間から情報収集を行いました」

「おいおい、人間頼りってか? 魔族らしくねえなぁ」


 嘲た言い方で魔族の一体がクラヴァに言う。クラヴァは眉をしかめるが、その言葉を無視する。散々クラヴァの行動が魔族らしくない、愚かしいなどとその結果に関わらず文句を言われるのである。いちいちそれを聞き入れていれば仕方がない。

 クラヴァとしても今回のことは苦肉の方法だったのである。今回王宮の魔族を見つけ出した方法は? 魔物の群れを殲滅した方法は? 本来それらの情報を送ってくるべき魔族が情報をクラヴァへと来る前にその正体が判明し討たれた。それゆえに何もわかっていない状態で魔族を送り出す。そうした場合また同じことがおこりかねない。しかしそうせざるをえない。彼らが自分たちで得られる情報は見て聞いてくらいでそれで得られる見識には限度がある。人間のことは人間が一番知っている。ゆえに人間に化け人間から聞きその情報を得る。


「…………人間たちから情報を聞いた所、魔物の殲滅は騎士団が、王宮に侵入した騎士も王宮の騎士が討伐した、そういう話になっているそうです」

「なーんだ、それくらいなら何もわかってないってことでしょー」

「ちっ。やっぱ使えねえ」


 その話を聞いた魔族の一部はそう言って全く情報収集の意味がないと言い切る。しかし、そこそこ頭の良い魔族や魔王はその言い回しに気づく。


「そういう話になっている……というと、真実はどうなのだ?」

「はっ。真実……というよりは半ば噂のようなものですが、魔物の殲滅は一人の人間が行ったと、そういう話であるそうです」

「はあ? 人間一人で魔物の殲滅とかできるわけねえだろ」

「…………それで王宮の方はどういう話に?」


 それが真実かどうか、傍から聞けばどう考えても嘘なのだが、しかしその嘘が噂として流布されるものだろうか。流布されるのであればもう少しまともな噂であるべきだろう。しかし真実は不明、なので魔物の殲滅とは違うもう一方を聞くことにしたようである。


「そちらはその時活躍した一人の人間が王宮に呼ばれ、その時に騎士たちと魔族を見つけたと……そういうことであるそうです」

「……その信憑性は?」

「わかりません。それを見た人間の話を直接聞ければまだ確かめようもあるかもしれませんが、噂を聞く程度での情報収集ではどうしても……」

「ふむ……」


 どちらも同じ一人の人間が噂の対象となっている。そう考えると嘘と断じるには少々難しい所だろう。しかし一人の人間が魔物を殲滅し、その人間が人間に化けた魔族を発見した。あり得るかどうかで言うとあり得なくもないのだが、人間がそれだけの実力を得られるものか、仮に得られたとして今までその兆候もなかったのはなぜか、どのような強さを持つのか、様々な点で疑問ばかりである。


「その人間の強さはどうなっている? 英雄のようなもの。人間たちに話は広がっているのだろう?」

「…………曰く、素手で魔物を滅ぼしたと」

「はあっ!?」

「……流石にそれは俄かには信じがたいな」


 魔術、そうでなくとも武器を持って魔物と戦うのであればまだ理解はできる。しかし素手、というのは人間ではありえない。人間はその素の力で魔物に対抗できるものではないのだから。その話を聞き、魔族の多くは信じる価値なしと判断し、魔王のような噂をある程度信じるものもどの程度本当かと思っている。しかしそんな中、一人の魔族はその噂に興味を持った。


「ふうん。じゃ、私が調べてくるねそれ」


 そう言って一人の少女が立ち上がりその場を去る。その動きは速くその場にいるものが反応するのが遅れた。


「待て!」


 魔王が静止の言葉をかけるものの、その場からは既に消えた。


「行ってしまったか…………」

「あいつがぶっ殺して終わりだな、じゃ俺ももう行くか」

「私も行きます。なかなかおもしろい話でした」


 一人の少女が出て行ったのを皮切りに他の魔族ももう話は終わり、と言わんばかりに立ち上がり出ていく。魔族の行動は自分勝手なところが強く、一人が好きに行動すれば他の者も好きに動いてしまう。制御が難しい。


「……しかたない。クラヴァ、あの者の後を部下に追わせよ。どういう成果を出すにしても情報はいるだろう」

「はっ」


 先ほどの少女の行く先はわかっている。それゆえに監視をさせるのは容易い。そうクラヴァは判断し部下を送ることとなった。その行く先、それは王都である。


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