☆1-1 ファーストキスは剣の味
もうすぐ夏も終わるかという晩夏の頃だった。
近所の神社で縁日が開かれる。毎年恒例の行事だ。なんだかんだ昔からやっているらしく、老若男女様々な人が集まる。
そこまで大きな縁日ではないが、近所の住人が集まるには充分だった。
誰かに誘われるでもなく、誰かを誘うでもなく、僕はただ1人夜の縁日に来ていた。長期休業開けの教室や、都会の喧騒とも違った、独特な雰囲気がある。
縁日は誘惑が多い。当たっても取れない射的。どう考えても原価より高い焼きそば。そうとわかっていてもつい買ってしまう。これだから縁日は怖い。
雰囲気を楽しむものだ、と自分に言い聞かせなければこんなもの、と思ってしまうが、それはこの場所においてタブーなのである。
縁日に来たはいいものの、財布にあまり金がない事に気がついた。別に盗られた訳じゃない。最初からないのだ。
高校生は金がない。
◇◇◇
屋台の出ているエリアがもうすぐ終わるかというところで声をかけられた。
「良かったら、一緒にまわりませんか?」
後ろから声をかけられた。簡単に例えるなら、黒髪の美女、と言ったところだろうか。
ついにモテ期が来たらしい。
しかも相手は美少女だ。
なんてこった。こんなことなら「恋が叶う!胸キュン♡マル秘テクニック」を妹に借りて読んでおけば良かった。もっともそんな本があるのか定かではないが。
とにかく、夏祭りにぼっちで来るような高校生男子にとっては、またとない好機である。二つ返事でオッケーした。
何か飲み物でも、と思ったが、財布が軽かったので諦めた。
しかし彼女には何か目的があるようで、どこかにぐいぐい進んで行く。ついてきているのが心配なのか、時々振り向く姿がまた愛らしい。
そんなわけで、何となく彼女の後ろを歩いていく。
歳は多分同じくらい。うちの学校の子かもしれない。
赤い花があしらわれた黒い浴衣に、腰ほどあるストレートの黒髪がよく似合っていた。それに整った顔立ち。もしかしたらハーフとかかもしれない。
彼女について行くと、だんだん人気がなくなってきた。
通行止めになっていた屋台エリアを抜けて、神社の方に向かう道に出た。無駄に長い階段がある。
彼女は淡々と階段を登っていく。浴衣って歩きづらそうだけど、意外とそうでもないのだろうか。
一番上まで来ると、彼女は階段に腰を下ろした。
僕も彼女の隣に座った。
彼女は、階段の上から参道を眺めている。
「私、お祭りって大好きなの。人間の欲が溢れていて。あなたは、どう?」
なんだか哲学的なことをいう人だ。
「お祭り、僕も好きですよ」
「でも私、お祭りよりも好きなものがあるの。それはね…」
彼女の唇が迫ってくる。
いくら何でも展開早すぎではないだろうか。僕はまだ名前も知らないのに。
ああ、でもこの子、近くで見ると余計可愛いなぁ。
ここまで来たらキスくらいしないと男が廃る気がする。
よし、ここは腹をくくるしかないだろう。
僕は目をつむった。
◇◇◇
ファーストキスの味はさくらんぼの味がすると言ったのは誰だっただろうか。
僕のファーストキスは、なんだか固くて冷たくて、鉄の味がした。
いやまてよ。これはキスじゃない。
目をあけると、模様の入った金属が見えた。
金属、というか、剣だった。アニメとか漫画とかでよく見るような、あれである。
僕と彼女の間には、一振りの剣が差し出されていた。
そして、その剣を持っていたのは、またしても美少女だった。